放恣クトゥルフ神話短編集

読了目安時間:8分

エピソード:40 / 99

黒い顔

 どうやら俺の家系は狐憑きの家系らしい。前時代的すぎて何が何やらさっぱりだ。狐、でもないらしいとも聞いているけど、その程度。何か獣のようなモノとは聞いたけれど、では狐と何が違うと言ったら婆さんに嫌な顔をされた。その婆さんもとっくに亡くなって、俺の両親はその話をどう感じているのか。聞いたことはないし、聞ける雰囲気でもない。  田舎のことだからだろうか。あの家は狐憑きだ、と噂されるだけでだめだった、先祖代々そう噂し続けているせいだと思う。現代になっても村八分だなんてな。  不愉快というよりは呆れる、かもしれない。そう強がっていないとやるせない、のかもしれない。俺は高校でも遠巻きにされるだけ。馬鹿馬鹿しい迷信に現代の高校生が囚われるなんてあり得るのか、嘲笑っても現に俺は友達といえる人間がいなかった。 「ふぅん、狐憑きねぇ」  最近になって、やっと一人。友達と言えるようになった奴がいる。夏休み明けに転校してきたばかりだった。 「正確には狐じゃないらしいけどな」 「わかんないんだ?」 「だって昔のことだぜ? 知るかそんなもん」 「覚えてないんだ。ふぅん」 「そんなもんだろ?」  どことなく揶揄するような、残念なような顔だった。他の同級生は親たちからあいつとは付き合うな、と言われているのに、転校してきたからか彼はあっさりと俺に馴染んだ。まるで幼馴染ででもあるかのように。  ――こいつがいなきゃ、俺はおかしくなってたかも。  そんな風にも思う。強がっていても生まれてこの方ずっと友達がいないのは寂しい。放課後になんか食べに行こうよ、と騒いでいる同級生たち。俺ひとりが入れなかった。いまは奴がいる。  転校してきて以来、ずっと一緒だった。奴は奴で俺の家系の噂を聞かされているらしい。それでも一緒にいてくれた。 「噂、気にしてる?」 「それお前が言うか?」 「憑き物筋って悪くないと思うけどなぁ」  さすがにその発言には笑った。耳にした同級生もいたのだろう。奴まで遠巻きになってしまったけれど、俺たちは特に気にすることもなかった。はじめての楽しい学校生活、というものを満喫していた。そのせいか。 「ちょっとさ、いいか?」  ファストフードで飲み食いしながらだった。彼は田舎のこんな店でも本当に楽しげに食べる。むしろ、興味深いといった方がいいのか。食べ慣れているだろうに不思議といつも面白そうに口許で笑っていた。 「好きな子がさ、できてさ。こんなのはじめてでさ」  ポテトを摘まんでちょいちょいと遊びながら言ったのは照れくさいせい。こんな話ができる日がくるなんて。まだ信じがたい。 「付き合っちゃえば?」 「それがさー。彼氏持ちなんだよな」 「そっか」  せっかく好きだと思える相手ができたのに、残念。そんなふりができただろうか。正直に言って相当には落ち込んでいたのだけれど。  彼はそんな俺と見抜いているようで、けれど高校生らしくないほんのりとした笑みを浮かべていた。それでいて俺の気晴らしに、と騒いでも見せる。いい奴だな、とつくづく感じて心の奥底がくすぐったい。  その翌日だった。突然のことに校内が騒めいている。何事だ、と聞き耳を立てれば、唖然とした。俺が好きだと言った子の彼氏が交通事故で死んだのだと。  ぽかんとするとはこのことか。俺の肩がぽん、と叩かれて振り返れば彼がいた。俺を励ますような笑顔。 「慰めにいってあげなよ」 「あ、あぁ……」  チャンスだ、と思ってしまったのはしょうがないと思う。動転していたし、彼に言われて諾々と従ってもしまったし。  彼女はただただ泣いていた。そりゃそうだろうと俺でも思う。そんなときに憑き物筋の男が慰めても、とは思ったのだけれど、案外と彼女はすんなり受け入れてくれた。つらかったのだと思う。  それから三人で遊ぶことが多くなった。気まずかったけれど、俺の気持ちを伝えれば彼女も受け取ってくれて、俺としてはいうことはないくらい。友達がいて、彼女がいて。 「なんかさ、あの人。気持ち悪い」  今日も一緒に喋った帰りだった。以前は俺の家までは奴と一緒に帰ったものだったけれど、彼女ができてからは遠慮してくれているらしい。気にしなくていいのに、とは思いつつその気持ちが嬉しい俺だったのに。 「なんでそんなこと言うんだよ?」  優しい男じゃないか。俺の恋を応援してくれて、なにからなにまで付き合ってくれて。掛け替えのない友達なのに。いくら彼女でもそんな風に言われるのは気分が悪い。 「だって……」 「だって何?」 「……あの人さ、目が笑ってない感じ、しない?」 「なんだよそれ」  どこがだ。奴はいつも楽しそうに朗らかだ。彼女の目が間違っている。むつりとした俺に「転校してきたときからなんかちょっと」と呟くような彼女だった。俺と付き合ってくれたのだから、色眼鏡なんかかけない子だと思ったのに。 「それって余所者だからってことだろ」 「そうじゃなくて、違くて」 「何が?」  問い詰める俺に彼女は答えられなかった。会話も途切れたまま、送り届ける。彼女の家族は俺を嫌っているのだろう、玄関先で彼女が叱られているのが耳に入った。 「なんかあった?」  翌日まで不快さは残ったまま。一晩寝てもまったく苛立ちは治まらない。俺の様子に彼は首をかしげて心配げ。とはいえ、彼女の愚痴だ、言いにくい。 「愚痴れって」  ぷ、と吹き出した奴だった。俺の考えなどわかっているから気にするなと笑う。明るい笑い声だった。それに触発されるよう俺はぽつぽつと昨日のことを語る。 「笑ってない、かぁ」 「そんなことないだろ。お前笑うじゃん。笑いすぎってくらい笑うじゃん」 「うーん」 「俺さ、お前のこと好きだよ。なんか変なこと言われたってさ、あいつら田舎もんが余所者嫌ってるだけだからさ」 「異分子は嫌われるよねぇ」 「ほんと自分以外ってのがイヤなんだよあいつら」  吐き出すような俺に彼はほんのりと笑う。唇だけで笑うようにも見えるけれど、俺には目までちゃんと笑っているように見えている。 「僕は君が好きって言ってくれれば充分だよ」 「待てよ」 「うん?」 「……なんか、照れるじゃん、もう」 「なんで? 僕だって君が好きだよ?」  屈託のない彼だった。子供のような、といっていい純粋さ。こんな男を嫌うなんて信じられない。本当に心の温かい奴なのに。俺の称賛の目に気づいたのだろう奴が照れて笑う。それを俺も笑う。高校の中庭だった。昼を食べながら愚痴っていたせいであちこちから視線を感じる。  ――狐憑きが。  ひそひそとした声。気にするなよ、彼は笑う。俺も笑い返す。その視界にふと入ったのは彼女だった。俺が見た途端ぷいと目をそむけて行ってしまったけれど。 「見てただろ?」  放課後、彼女を捕まえて問いただす。少しきつい口調になってしまったのは仕方ない。逃げるようだった彼女が不愉快だ。 「あいつ、笑ってただろ」 「目。目は笑ってない。笑ってなかったよ!」 「あいつの何が気に入らないんだよ!」  そんな風に言い募るだなんて。彼氏の友達だから好意を持ってくれとまでは言わないけれど、悪く言うことはないと思う。  彼女は何もわかってくれない。あいつのことも、俺がどんなに孤独だったかも。彼がいてくれてどれほどありがたいかも。そう思うたびに苛立ちが募った。 「それってさ、君が僕のことばっかり言うから焼きもちなんじゃないの?」  またも愚痴る羽目になった俺に悪戯っぽい奴だった。くすくすと笑う彼に俺は絶句する。それをまた笑われた。 「なんだよ、もう。てかさ、お前のよさがわかんないなんてさ、イヤなんだよ」 「ありがと」 「照れるからやめろよ!」  まともに礼なんて言われたらどうしていいのか。そっぽを向いた俺なのに奴はまだ楽しそうに笑っていた。こんなによく笑う奴なのに。彼女はなんで。  夜中だった。突然に電話が鳴る。寝起きで朦朧としたまま携帯に出たら怒鳴られた。お前のせいだ、お前がいたから娘は死んだ、殺された。叫ぶ声。またも突然に切れて俺が理解する暇もなかった。  詳細を知ったのは、やはり翌日だった。こんな田舎でそんな馬鹿な。彼女は通り魔に殺されていた。無惨極まりない遺体だったらしい。深夜の電話は錯乱した彼女の親なのだろう。 「どうしたの?」  教室でひとり、孤立していた。再燃する噂話。狐憑きと関係したから殺された、そう教室中から囁き声が聞こえる。気にしないふりをして、俺は傷ついていた。 「彼女、死んじゃった……」  もう全校集会が終わったあとだった。犯人は逃亡中につき、今日は授業は行われず、このまま帰宅するよう通達があったばかり。だから、奴も彼女が殺されたことは知っているはず。 「嫌なやつだったんでしょ?」  不意に教室の騒めきが遠くなる。同級生の声など聞こえなくなる。まるで俺と彼だけがここに存在しているかのように。 「……おい」  さすがにそれには声が波立った。確かに不快に感じてはいたけれど、だからといって死んで嬉しいとは思えない。ぼそぼそ言う俺に彼はにたぁと笑った。それでも優しい笑みだった。粘つくようでさらりとしていて。これは、なんだろう。  不思議に思いはしたけれど、だがそれだけ。奴に励まされて俺は家に帰る。もう彼女はいないのか。通り魔なんて、信じられないのに。まだ現実が飲み込めていなかった。  その俺を置き去りにして、狐憑きの話は加速していた。教室どころか学校中で俺の噂が。囁きかわされるそれがわずらわしい。 「やめなよ、そういうの。ね?」  ひときわ俺を悪く言っていた同級生を奴は注意してくれた。聞き入れられることはなかったけれど。 「忠告したんだけどね」  どういう意味か。質問する前に彼は優しく笑って去っていった。そのときには、なにか感じるものがあった。止めようとして、俺こそ止まった。  そして。通り魔は続く。ひとり、またひとり。殺されていく。俺の孤立は深まって、また人が死ぬ。 「なんでだよ!?」  こいつが何かをしているのか。まさか。ただの高校生に何が。気づけば震えていて、それすら止まって彼を見つめていた。いま何を言ったのかと。 「ヤなやつ死んだよ? それでよくない?」  ずるり、下がった。腰が砕けていて、這って逃げた。俺の友達は、何を言っているんだろう。 「好きなことして楽しく生きようよ?」  ふふっと笑って彼は俺に手を伸ばす。掴まれた手はひんやりと熱い。怖気立って見上げた奴の顔。逆光などではない、なのに、真っ黒だった。なのに唇だけが。それだけが笑っていた。

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