DEITY ディエティ1古代の動脈

読了目安時間:4分

エピソード:2 / 4

第1章 謎の漂流物

過去を想う苦悩

「俺は、どこまで貴様たちに痛め付けられようとも、王への忠誠を固く誓う」 洗脳装置である手術台から転げ落ちたその存在は、自分たちの側に寝返らせようとした技術者、指揮官たちを激しくねめつけた。 これが人間という種族のすることなのか………。しかし、それでもあの方は………。半ば絶望に近い失望感とわずかな希望の狭間を内心で行き来しつつ、強い電撃に必死に耐えてその存在がゆっくり立ち上がる。 「注射器を持ってこい」 冷たい声で部下に命じる一人の監督官が彼から目を離さずに指令を下す。奴は、動物頭の彼に向けて至極当然のように一瞥した。 「お前たちの種族は全員一人残らず、我々の主の側に改心する運命なのだよ。改心こそが主からの大いなる慈悲と情けだというのに、なぜお前はそこまであれに固執するのだ?あれの側につけば、世界は必ずお前を仕留めに来る。強大な力を持つテクノロジーの所有者だからだ。そのテクノロジーには人間たちに、強いて言えばその他一般市民たちにまともに受け入れてもらえるようなメリットなど有していない。そこまでして世界を敵に回す必要などないはずだ。そうだろう?」 奴の懐柔する声に憎しみに近い感情を覚えつつも、それでも彼はかつて王が教えさとしてくれた言葉を忘れなかった。目を閉じて彼の当時の言葉を回想する。 ―彼らにはあるべき、指し示すべき道しるべを持っていないのだ。それを知らずに育ってきたということは、本質的には迷走しているということ。その取るべき正しい規範を正しい形で正しい者が教えてあげられれば、この種族は必ず良い方向へと自ら歩み始める。そのような性質を生まれながらにして持っている。 彼らは迷っているんだ。迷い果てて困窮している者たちをさらに追い詰める理由など、一体どこに存在するというのだろう?その真価を本当に理解している我々だからこそ、彼らにしてあげられることがある。ルヴよ、決してそれを忘れるな。人類は本当の意味で我々を裏切ったりはしない。だから― ―人類を、信じろ― 彼は、王はそう言っていた。 だが、彼らには優しさという愛だけではわからないこともある。時として、厳しい現実、自らを立ち返らせるきっかけを作るための過酷な運命を味わなければならない時だって、ある。ルヴはそう感じていた。迷走から抜け出して彼らを最善の選択へと導くことは、この世界で最も寛大で最も慈悲深い王だからこそできたことなのかもしれない。だから功を奏した。しかし、どの種族にもそれぞれの立場や認識の違いというものがある。見識の相違からそれがうまく伝わることもあれば、どう頑張ったって伝わらないこともある。そんな時でも、自身の立場が絶対的に正しいと確信できるのであれば、抗弁ではなく、態度で示すしかない。わからない者にはアプローチを変えることで真理が見えてくることも、当然あるはずなのだ。厳しさも時には愛となり、生来の道へと回帰できる引き金となりうる。ルヴはそれを強く信じていた。 係の者が注射器を持って戻ってくる足音を聞き、彼は目を開けた。自分の信念を信じるならば、今がまさにその時。そこで断じて躊躇などしてはならない。この種族を真に信じきれる、それもかつてのあの王のように信じきれる時が来るまでは、己の立場を貫くべきなのだ。 先ほどの監督官の言葉の意味を咀嚼し、ルヴは口を開いた。その態度には毅然とした振る舞いが感じられた。 「世界が俺の敵に回るのなら、俺は俺なりの立場、そして信念を貫くだけだ!」 言い放った言下に疾走し、注射器を持っていた人間を突き飛ばした。 声もなく転倒する有り様を振り替えることなく、集まっていた人間たちの後ろにあった窓ガラスに向けて勢いよく突っ込んでいく。 「奴を………!」 捕獲しろ、と監督官が叫ぶと同時に鋭い亀裂の破壊音が炸裂し、ルヴは窓ガラスを突き破った。外はなんと、どこまでも下へ向かう絶壁だった。そのさらに下は、海だ。 衝撃からくる痛みに意識が朦朧としているのか、ルヴは空中でくるくると回転しながら、己の最期を受け入れた。 過去に勃発した戦争の時代から現在に至るまで、困難と苦渋の連続だけが彼の記憶に根強く浸透していた。だが、それでも、戦前のかつての平和な時代にあった我が種族と人類の温厚な共存を築いていた当時を思い出し、ルヴは感じた。 巨大な波しぶきと轟音を上げて、締め付けるような冷たい温度を感じながら、彼はその感情を静かに受け入れた。 激しい失意と絶望の底から沸き上がってきた感情、それは調和への回帰を願っても叶うことさえないという、諦めと深い悲しみだった。 その体をゆっくりと深部へと下降させていった時には、墜落する前にルヴの頬から伝った過去を想う温かい滴はすでに海水に溶けていた。それと共に彼の意識もまた、深層部へと下降していった。 誰一人としてその涙を知る日が来ることなど、二度と来ないという、最後の感情を抱きながら。

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