「拓海、またピアス増やしたのか? こんな場所に開けたら、痛かっただろ」 年末に向けたメンバー会議が始まる少し前、マネージャーの藤井さんに別室に呼び出された。昨日開けたばかりのピアスに早速気がついた藤井さんは、俺を見るなり軽く右耳を引っ張る。 デビューする少し前に右と左に一つずつ開けて、そこから徐々に穴を増やしてきた。 今では、左の耳たぶに二つ、耳上部のふちに二つ。それから右の耳たぶに三つ、耳上部のふちに二つ。左右合わせて、合計九個開けている。 「痛いのはわりと好きなので」 「……拓海」 「冗談です。そこまで痛くなかったですよ」 「何でお前はそんなにピアスを開けるんだよ。何か悩みでもあるのか?」 「ただのファッションです。 耳以外の場所には開けてないし、墨も入れてない。約束は守ってます」 平然とそう言ってのけると、藤井さんは軽く息をつく。 両耳に一つずつならメンバーもみんな開けているし、二つ三つなら開けている事務所の先輩も多いけど、俺みたいに九個も開けている人は中々いない。どんどん増えていく俺のピアスに、メンバーやマネージャーには軽く呆れられているみたいだ。 藤井さんには呆れるのを通り越して最近は心配されているけど、気分転換につい穴を開けてしまう癖があるだけで、別に俺は病んでるわけではない。……はずだ。 「拓海。お前たちのことはこの五年間ずっと見てきたから、家族みたいに思ってるんだ。何か悩んでるなら話してくれないか」 藤井さんにはデビュー前からお世話になっている。年は十歳くらい離れてるけど、マネージャーとして以上にいつも俺たちのために親身になってくれて、俺にとっても藤井さんは兄のような存在だ。 だけど、さすがに藤井さんにも俺の悩みを打ち明けることなんて出来るわけない。「メンバーに恋をしている」なんて言ったところで、藤井さんを困らせるだけだから。 「本当に何もないです」 「それならいいが、大概にしておけよ。それ以上開けると仕事にも支障が出るぞ」 「分かってます。それで、話って何ですか。ピアスのことで呼び出されたわけじゃないですよね」 長机の前にたくさん並んでいる椅子のうちの一つを引いて座ると、藤井さんも俺の正面に座った。 「それなんだけどな、そろそろ演技もやってみないか」 「演技、ですか」 机の上に手をついて両腕を組んだ藤井さんの瞳を俺もじっと見つめる。 「ああ、ちょうどお前にオファーが来てるんだよ。同性愛者の役で、男性とのキスシーンや軽い絡みもあるけど、とても良い役なんだ」 同性愛者。そう聞いた途端に固まってしまった俺に気がついたのか、藤井さんはフォローを入れるように話を続ける。 「同性との絡みには抵抗があるかもしれないが、幅を広げるチャンスだと思うんだ。 繊細な美青年の役でお前に合いそうだし、昔と比べて同性愛を取り扱うドラマも増えてきただろ? 挑戦する価値はあると思うんだよ。 どうだ、やってみないか?」 「同性愛には偏見はありません」 「だったら、何が問題なんだ」 「俺には、……演技なんて無理です」 探るように俺の目を見る藤井さんの視線にいたたまれなくなり、視線をそらす。 同性愛者の役を平然と演じることが出来る自信もなかったし、何より演技なんて無理だ。 ただでさえ表情がないだの、笑うの下手だのと言われまくっているのに。こんな俺が演技だなんて……。 「そんなことはないと思うが、……。お前が嫌なら、無理にとは言わない。 なぁ、演技が嫌ならお前は何がやりたいんだ? 歌か? ダンスか? バラエティか?」 「……。俺は、歌がやりたいです」 「……歌か」 少し考えてからそう口にすると、藤井さんはふうと息をついて首を傾げる。 「本当にそう思ってるか?」 「え?」 「お前がうちのオーディションを受けた時な。すごいやつが来たと思ったよ。技術の高さもそうだったが、それ以上に表現力が群を抜けていて、歌詞からそのまま気持ちが伝わってきた。 だけどな、正直最近のお前からはそれを感じないんだよ」 「……」 「お前は確かに上手いし、ミスもほとんどしないけど、楽譜通りに歌ってるだけだ。 お前の歌から感情を感じないんだよ。拓海が見えない」 藤井さんが言ったことは、歌の先生にも何度か言われたことがあったし、自分でも自覚していた。自分の欠点をはっきりと指摘され、唇を噛み締める。 ダンスも好きだけど、歌が一番好きだ。昔から歌うことが好きで、歌を褒められるとルックスを褒められるよりもずっと嬉しかった。 昔の俺も自分が同性愛者であることに悩んでいたけど、デビュー前のあの頃は失うものも何もなかったから、思い切って歌うことが出来たんだ。溢れ出る感情を全て歌に乗せることが出来た。 だけど、今の俺は違う。 今の俺は、守らなきゃいけないものも、失いたくないものもたくさんある。 今の俺が感情を全て乗せて歌ったら、弱くて情けない本当の俺の姿が暴かれそうで……。 「もっと自分をさらけ出してもいいんじゃないか? お前は何をそんなに恐れてるんだ?」 「……それって、……」 「ん?」 「どうしても必要ですか? 今のままじゃダメですか。俺は課せられたことは全てこなしてるつもりです」 どうにかそれだけ絞り出すと、藤井さんは失望を隠しきれない目で俺をじっと見つめてきた。 今の俺は、完全に守りに入ってしまっている。藤井さんにガッカリされても仕方ない。 だけど俺は、これまで得た人気もファンもメンバーも何も失いたくないんだ。全て失う可能性があるのに弱い自分をさらけ出せるほど、俺は強くない。 「ひとつだけ聞かせてくれ」 「……はい」 「お前は今、幸せか?」 「その質問に、答える必要はありますか。仕事に関係があるのなら答えます」 どこまでも守りに入っている俺に藤井さんはため息をつく。 「関係はないな。話は以上だ、もう行っていいぞ」 俺から視線をそらしてそう告げた藤井さんに軽く頭を下げ、席を立つ。 「拓海。仕事には関係ないけどな、俺はお前が大事なんだ。何か悩んでるなら、いつでも相談してくれ」 背を向けた途端、後ろから声をかけてきた藤井さんの声があまりにも優しくて、全てを打ち明けたくなった。だが、……。それをグッと堪えて、ドアノブを回した。
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