「圭」 「何?」 「寝ないのか?」 「今日はここで寝る」 リビングに置いてあるソファーに寝転がり、スマホをいじっていた圭に声をかけたけど、圭は俺と目を合わせようともしない。 あの後。広輝を家まで送り届け、それから俺たちも自分の家まで帰ってきた。シャワー浴びて先に寝室に行ってたけど、いつまでたっても来ない圭を呼びにきたら、こんな調子だ。 「広輝のことで怒ってるなら、俺が悪かった。ごめん」 俺が頭を下げると、圭は姿勢を正し、小さくため息をつく。 「別に怒ってないよ。ただ結局拓海さんは広輝さんなんだなって思っただけ」 明らかにふてくされている圭にそう言われ、俺もムッとしてしまった。 「何でそうなるんだよ」 「俺がプロポーズした時は即拒否したくせに、広輝さんにはOKしてたじゃん」 「本気なわけないだろ? 広輝だって酔ってただけだから」 OKした記憶もないし、酒の上でのことだ。 圭からしたら面白くないのは分かるけど、それにしてもだ。今の俺は圭のことが好きだって何度も伝えてきたのに。 「そうだとしてもだよ! 酔ってたにしても何にしても、あんなこと聞きたくなかった」 「……圭」 圭の名前を呼ぶと、声を荒げていた圭も少し落ち着きを取り戻す。 「俺は、軽い気持ちで結婚したいって言ったわけじゃないよ。実際に出来るかどうかは別として、今だってそうしたいと思ってる。それなのに……」 絞り出すようにそう言った圭の苦しそうな表情に胸をつかれた。 圭のことを軽く見ているから拒否したわけじゃない。広輝だから断らなかったわけじゃない。 圭は本気で、広喜は酒の上での冗談だと分かっていたからだ。圭が本気だから俺も本気で考えければいけないと思ったし、広輝は本気じゃないから適当にあしらっても大丈夫だと思った。でも、……。 「ごめん」 今さら何を言っても言い訳にしかならなさそうで、ただ謝罪の言葉だけを口にした。 「何について謝ってるの?」 「何って……」 圭にじっと見つめられ、答えに詰まって視線をさまよわせる。 たしかに、何に対して俺は謝ってるんだろう。自分でもよく分かっていないのだから、それを言葉にして伝えられるはずがない。 結局答えられずにいると、圭は大きく息を吐き出した。 「俺は結婚したいけど、拓海さんがしたくないならしなくてもいいよ。拓海さんとずっと一緒にいられたら、それでいい」 「俺もだよ」 圭の言葉にすぐに同意したけど、圭はそれについては何も言ってくれなかった。 「拓海さんと別れたくないし、別れる気もないよ。ただメンバーにも家族にも言えず、ずっと隠さなきゃいけないのは辛いんだ」 そう言った圭はやっぱり苦しそうで、その表情と言葉の重さに息をのむ。 結婚なんて出来ない、隠さなきゃいけない。 そうするのが2人のためだって信じたけど、俺は自分の考えを圭に押しつけてただけだったのかもしれない。 「そんなに辛いんだったら……」 「え?」 「そんなに辛いんだったら、俺と別れて、もっと楽しく付き合える相手と付き合ったら?」 「……っ!」 顔を歪ませている圭の顔を見て、これだけは言うべきじゃなかったとようやく気がついた時には、もう遅かった。圭は瞳を潤ませ、唇を噛み締める。 「……そうだね。拓海さんがそう言うなら、そうした方がいいのかも」 すぐにでも圭に謝って、さっきの言葉を取り消すべきだったのかもしれない。 それでも俺は、顔を伏せて「もう行って」とつぶやいた圭の言う通りにするしかなかった。圭をリビングに残し、1人で寝室に戻る。 どうしていつもこうなるんだろうな。俺はただ圭に幸せでいてほしくて、笑ってほしいだけなのに。俺はどうするのが正解だった? 次の日目が覚めたら、荷物ごと圭が居なくなっていた。なんとなく予測はしていたものの、想像以上にショックを受けている自分に驚く。 失ってから気づいたって、もう遅いのにな。 どれだけ圭が大切で、失いたくない存在だったのかって。
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