天つ乙女と毛獣〜舞台は房総半島、天女となりしある少女の運命と絆の物語〜(#あまおと)

読了目安時間:5分

エピソード:7 / 149

【04】新学期の日の朝、いつもの親子の語らい

 日にちは4日ほど進み、4月9日。  この日、百合子の通う学校、渡鍋学院中学校において新学期の始業式が執り行われることになった。  百合子は、いつものように時計の針が一二と四を指す4時に起床した。 「眠いけど、ランニングに行かなきゃ」  百合子は、ベッドに寝かせていた自らの身体を起き上がらせてつぶやいた。  目についたやにを百合子は右の人さし指でやさしくこすり落とし、眠気を気にしながらジャージに着替えた。  ジャージ姿の百合子は、後ろの長髪を馬の尻尾のように束ね、首にスポーツタオルを巻いた出で立ちで自宅をたち、目的地の館山駅東口を目指した。  彼女は、自宅前の小路を通りすぎ、商店街のつらなる国道を走っていた。  辺りは、まだ暗い闇に包まれていて、空には乳白色の雲が漂っていた。  その雲の合間からは、井戸の底から覗いたかのように星が輝き、視点を東に移すと、お日様の淡い光を見ることができた。 「いつも思うけど、星空や太陽が昇ろうとしているロケーションの下で走れるのは、とても幸せなことだわ」  百合子は足を走らせている状況下、すばらしき景色を眺めて感心した。 「もう少しで駅だから、頑張ろう!!」  その景色に、百合子は癒されたのか、うきうきとした表情で足や腕をおもいっきり振らせ走っていた。  百合子は、この後、引き続き商店街の立ち並ぶ国道ぞいに足を走らせ、時計の針が四を少し過ぎ、六を示す時間にヨーロピアンなスタイルが漂う館山駅東口に到着した。  彼女は、休む様子もなくすぐさま折り返した。  百合子は来たみちを戻り、時計の針が一二と五を指す時間に帰宅した。  さて、帰宅した百合子は、ジャージの出で立ちのまま、お風呂にて汗を流して着替えた。  その後で、仕度のために百合子は自分の部屋に戻った。  風呂あがりの百合子は、首にゆりの花柄のタオルを巻き、茜色と鴇色を基調にした着衣・ズボンの出で立ちで、美しくてつやのある黒い髪を重力方向に垂らしていた。 「今日は、いつになく気持ちいい日だったわ」  百合子は、ランニング中に見た景色を思い返して言葉を発しながら、学校に行くのに必要な仕度を始めた。  まず、彼女は壁にさげておいた通学かばんや大きな手提げ袋を取り、その中にオレンジ色の筆箱、先月末、宅急便にて送られてきた教科書類などを入れた。  また、充電していた折りたたみ式、世間ではガラケーと呼称される携帯電話、引き出しにしまっていた定期入れ付きのお財布、自宅の鍵などを制服のポケットにしまった。  これにて、まずは持ち物の支度は終了した。  続けて、百合子は、窓枠のハンガーに掛けてあった制服を取り出し、両手で部屋着を脱ぎ、スカート・シャツ・ブレザーの順にテンポよく着替えた。  百合子は、着替えを終え、ちょうちょ型に結ばれた翡翠色のリボンをシャツのえり山の下にくぐらせ、身体を細長く全身がうつる鏡の方向に向けた。 「さぁ、今日から中学三年生になる。気を引き締めていかないと、後輩になめられるわ」  百合子は、目に決意が宿ったかのような表情で、向かい側の鏡にうつるうるわしい自身の姿を確認し、生真面目そうに言葉を発していた。  その姿は、まさに今風の中学生らしい風貌を漂わせていた。  百合子は、用意したかばんを右肩にかけつつ部屋を出て、一階へと続く階段を一段一段踏みしめ、ゆっくりと下っていた。  すると、 「百合子、ご飯が出来ているわよ」  頃合よく、美香が廊下にいて、階段を降りてくる百合子の姿を見つけ、言葉を掛けた。  美香のその表情は、水を与えられて生き生きとした植物に似た明るい表情をしていた。 「お母さん、わかったわ」  百合子は、顔の表面を柔和にさせ、美香に答えた。  階段を下りた彼女は、美香の後を追うように居間に赴いた。  居間のテーブルには、茶碗に白飯、容器に味噌汁、小皿にたくあん、大皿に近所の精肉店「愛川」で買った野菜たっぷりのコロッケ・肉入りのオムレツ・サラダ・きんぴらごぼうなどのご飯・汁類の朝食が用意されていた。  また、同じ場所には、養父の芳夫がいた。  彼は、自分の目で心の奥底を覗き込んだ表情を見せ、わかめの味噌汁をすすりながらテレビでニュースを見ていた。  ニュースは、国営系列の日本公共放送協会 (通称:KHK)のものであり、東南アジア・タイ王国の各地で発生したデモ、そして未明に起きたインドネシアの鉱山での保管鉱物の消失事件などのニュースが取り上げられていた。 「あのブラザーズショック以来、世の中では暗い話ばかり続いている。いつになったら、明るいニュースが出てくるんだろう」  ニュースを見た芳夫は、ぶつぶつと独り言を発していた。  彼の様子は、テレビに目の焦点をあわせて考え込み、あたかも計算のループから抜け出せなくなったパソコンのようであった。 「お父さん、おはよう」  百合子は、にこにことした顔をほころばせ、芳夫に語りかけた。 「百合子か、おはよう」  芳夫もまた、急に顔中を和やかにし、目の前にいる百合子に答えた。 「お父さん。どうしたの?急に表情をかえちゃって」  百合子は、彼の様子を見るなり、頭の中にいくつもの疑問符を沸き立たせた。 「百合子、何でもないよ」  芳夫は、百合子に対して何も無かったかのように話をはぐらかして答えた。 「もう、お父さんったら。はぐらかすのは、天下一品なんだから」  百合子は、芳夫にしらけた笑いを皮膚という名のキャンバスに描き、ぽんと軽く肩をたたいた。  言葉を掛けた百合子は、肩に掛けていたかばんをカーペット張りの床に置き、右手で木目調のいすを引いて、身体をゆだねるように座った。 「いただきます」  彼女は、続けて両手を合わしながら声を発した後、はしを右手に持って朝食を食べていた。  時刻は進み、時計の針が短い方は六と七、長いほうが六を示す時刻となった。  百合子は、食事や歯みがきを終えて玄関に向かった。 「お母さん、行ってきます」  玄関に向かおうとした百合子は、くるりと顔を振り向かせ、居間にいる美香に言葉を掛けた。  このとき、美香はこぼれそうな笑顔を浮かべ、玄関側にいる百合子のことを見つめた。 「百合子。気をつけていってらっしゃい」  美香は、百合子をあんじてか、やさしく言葉を掛けていた。  百合子は、かばんを右肩に掛け、美香の言葉をかみしめながら、ゆっくりとした足どりで歩みを進めた。  途中、彼女は公園の前で足をとめ、満開のさくら・やまぶきや早咲きのつつじの花にうっとりとしながら、君津方面の内房線の電車が発着する東日本貨客鉄道(以下、東鉄と表記)の館山駅へと急いだ。

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