天つ乙女と毛獣〜舞台は房総半島、天女となりしある少女の運命と絆の物語〜(#あまおと)

読了目安時間:5分

エピソード:34 / 149

【06】緑色のやまのてせんに乗って

 時は進み、その針は長い方で八、短い方では一一の下を示した。 【06】緑色のやまのてせんに乗っての挿絵1  場所は、服飾・ファッションの最先端をリードし続ける松野服飾大学のキャンパス、中華料理の回転テーブルの発祥地で多くの財界人の訪れる上大崎雅叙園に程近い目黒駅とかつてチトセビールの工場があり、そのブランド名にあやかり地名と転じた恵比寿駅間を走る山手線外回り、渋谷・新宿・池袋方面の電車にうつる。  南南東の方角より顔を覗かせ、眩しくない程度に輝く太陽の光を真新しい銀地とウグイスの色の車体にうけ、季節の移ろいを感じさせるツツジの花を横目に見ながら、古き良き町家の風情が残る白金長者丸付近のガードを過ぎ、品川区と目黒区に別れを告げて渋谷区に入った。  その電車の品川寄りの最後尾から数えて二両目の一〇号車に、百合子と綾子・翔太の従姉弟の三人の姿があった。  百合子と綾子は、海側の長い七列の座席の右端に身体を委ねて言葉を交わしていた。  翔太は、そこそこ混雑している車内の袖切りの仕切り越しに身体を立たせ、まるで周り灯篭みたいに流れてゆく沿線の外景に目をくぎづけにさせていた。  まず、 「あこちゃん。さっき五反田のTOSにあるテムズスポーツというところで買った水着、可愛いかったね。」  百合子が右手に下げているアウトレットスポーツ用品店の袋を一センチほど持ち上げ、綾子の顔を見つめて言葉を掛けた。  その彼女の表情は、喜びという名の色に嬉しさという色が混じり、まるで名映画のフォーレストカンプのDVDを見終え、感動の気持ちを抑え切れない人のような状況となっていた。  それに対し、 「百合子ちゃん、そうだね。」 「せっかくだから、夏になったら、東郷さんたちも呼んでこの水着を着て、館山の海で泳ごうよ。」  綾子は、太陽みたいに明るい表情を顔という名のキャンパスに浮かべながら頭をアシカのように二回ほどうんうんと動かし、百合子に誘いの言葉を交えて語りかけた。  そのときの彼女の様子は、まるでATVテレビの人気番組・テレビ公論における司会役であり、聞き上手のインタビューアでもある阿下沢子をも思い起こさせた。 「あこちゃん、いい案だね。私も行くわ。」 「近い時期になったら日にちを決めましょう。」  百合子は、顔をうんうんと上下に四回動かし、綾子の提案に賛同した。  彼女は、このとき、顔の力をわずかに抜き、口角をUの字状にし、嬉しさと喜びを足して二で割ったような表情を浮かべていた。  さて、彼女たちがよもやまな会話に花を咲かせている頃。  銀の色と伝統のウグイス色を纏う山手線の外回り電車は、ビールの銘柄や古きよき町並みでしられる恵比寿、日本ならず世界的なおしゃれな若者の流行の顔ともいわれ、有名なIT企業のひしめく渋谷・原宿、ある塾の名前で名高い代々木を通り、東京の再開発の原点とも言える新宿の街に到着した。  時は過ぎ、時刻の針は一一と一二を示した。  朝方、東京湾の向かい、上総の緩やかな丘陵の先より現れた太陽がちょうど南の位置に来る頃である。  西側に石壁のごとくそそり立つ高層ビルの都庁副都心街と電気街、東に有名な百貨店、"笑ってよきとも"のスタジオであるスタジオALK、書店を擁する大都市・新宿。  朝昼晩、平日・休日ともに人で賑いを見せ、一年三六五日眠らないともいわれる不夜城と呼ばれるこの街に彼女・彼たち三人は降り立った。  その三人のうち、百合子は、一緒に行動していた綾子・翔太の二人と西口改札にて一旦解散した。  彼女は、休日で洋服や家電を買いにきた親子、都庁などに向かうであろう国内外を問わない観光客などの人々に紛れるかのように新宿地下広場に足を進めた。  百合子は、このとき、懐かしさを漂わせた表情を顔のキャンパスに表した。  どうやら、自らが二年前、幼い頃より尊敬していた亡き養祖父・秀雄と(武蔵小金井駅から)中央線の電車に乗り、ここ新宿に出掛けた思い出を浮かべているようだ。  彼女は同じ懐かしいという心境やさまざまな思いを抱く人々の行き交う新宿の地下の広場から南西方向にゆったりと余裕のある足どりで歩みを進めた。  時の針は、二つほど進み、長い方は四、短い方が一一と一ニの間を示した。  場所は、新宿駅の西口にあり、紫色の地に逆『八』の字のコーポレーションマークが目立つ京八百貨店の左側。  緑の色地に総武線と山手線の電車らをゆるきゃらにしたポップの目立つ八階建ての電気屋『ヨドヤバシカメラ』があった。  そこは、引っ切りなしに人が出入りしており、いかにも繁盛していることが見て取れる店だ。  ちょうど、百合子はその店の四階、プリンター周辺の機器、すなわちパステルカラーを並べたかのような色とりどりのインク、そしてUSB接続ケーブル、修理道具などの扱われているフロアにて芳夫からのおつかい(プリンターインクの購入)を済ました。  彼女は、顔のキャンパス上にいつもの通り、故郷の安房の地にさんさんと降り注ぐ太陽のように明るくて快活さ漂わせる表情を浮かべていた。  また、その足どりは、落ち着いて余裕があり、全身でゆったりとした雰囲気さえ漂わせていた。  さて、 「お父さんに頼まれたプリンターのインク、買ったからあこちゃんたちのもとに行こう。」  明るくゆったりとした雰囲気を漂わせる彼女は、ほっと息をついた状態でつぶやいた。  彼女は、そのとき、芳夫から頼まれたおつかいを済まし、まるで自室の片付けや掃除を終わらした人のような気持ちを心に抱いていた。  百合子は、まもなくプリンターの周辺機器のコーナーを離れ、キリンの頭みたいな形、甘く熟したトマトの色を連想させる手摺りのついた斜め四五度のエスカレーターに身を任せ、一階の携帯電話コーナー・店舗出入りに向かった。

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