天つ乙女と毛獣〜舞台は房総半島、天女となりしある少女の運命と絆の物語〜(#あまおと)

読了目安時間:5分

エピソード:59 / 149

【02】シタテルの預り言

  時の針は、長い針の目盛りにして半分ほど進んだ。  百合子たち渡鍋学院三年生の修学旅行の一団は、一〇時三分に東京駅を発つ東海道・山陽新幹線ひかり号岡山ゆきに乗車した。  岡山ゆきのひかりは、途中新横浜ととまり、綾瀬市のあたりを走行していた。  列車は、まもなく相模川をわたってトンネルに入り、次の停車駅である小田原を目指して走っていた。  百合子は、綾子とともに進行方向海側の座席の腰掛け、微笑みあふれる母親のぬくぬくとした膝上の中にずぶずぶと入っていくような感覚を覚えてその中におちた。  目の前には祠、そしてこんこんと清らかな湧き水をたたえた池があり、ひんやりと肌をなめる冷たい空気が漂い、周囲には鬱蒼とした樹の海が広がっていた。  その景色は、つい二・三週間前に行った富士忍野八海の奥にある樹海の景色と同じだった。  そのため、 「あれっ、私新幹線の車内にいたはず。でも、目の前に見えるのは、ついこないだ行った忍野八海にある樹海の風景だわ。」  百合子は、顔に不安という名前の色を表してほとほと困ったという風にため息をつき、言葉を発した。  まるで、浦島太郎が間髪なく竜宮城につれていかれて困るのと同じ表情をしていた。 「百合子、タキリ。ここにいるのは、多分この先何か悪いことが起きようとしているのだわ。」 「ここで困っていては、ゆくゆくはすばるの国王になるものとしてみっともない。勇気を出すのよ、タキリ。」  百合子は、自らの心に対して言の葉をもちいて問いかけたうえで、スーッと息を吸ってはいて気持ちを奮い立たせた。  彼女として、自分がすばる王朝の長となる身であることを自覚し、全身を駆け巡るもそもそとした気持ちを吹き飛ばした。  続けて、 「シタテル。私よ、タキリだわ。いるなら目の前に姿を表して!!」  百合子は、自らがすばる王朝の運命を握るものと言わんばかりの真剣な顔つきと語り口で周りにいるであろう古すばるの巫女、つまりシタテルに呼びかけた。  すると、 「タキリ。私は、ここにいるわ。」  彼女から見て左手方向よりにシタテルか現れ、百合子に語りかけてきた。  このとき、彼女は以前あったときと同じ笹で編まれた冠、みすまるの勾玉の首飾り、人参色の羽衣や衣を身に纏い、にこにことして明るい面持ちを顔のキャンパスに描いていた。  百合子もまた、首や体をくるっと回してシタテルのいる方向に向けた。  続けて、 「シタテル。お久しぶり、なぜ私のことを呼んだの?」  百合子は、頭の上にいくつかの疑問符をならべつつ、シタテルに尋ねかけた。 「タキリ。結論からいうと、凶事が起きそうなの。」  シタテルは、瞳のうちに真剣なほどきりっとした様子を描き出した上で百合子に話を始めた。  その様子からは、未来を見通す天女の力を持つ彼女として、悪事や凶事が起きると暗示させる雰囲気が感じられた。  それに対し、 「シタテル。凶事って、何のことなの?教えて。」  百合子は、彼女の話すことを呑み込めず尋ね返した。  このとき、彼女はまるでたくさんのデータを詰め込まれてパンクしそうにあるインターネットサーバーのような表情を顔面に表していた。  それに続けて、 「タキリ。あなたは、これから仲間と一緒に畿内という地へ行こうとしているよね。その畿内という場所のどこかでクイーンという悪人があなたの仲間たちをハイドに変えて襲わせようと企んでいるようなの。」  シタテルは、顔の皮膚の上に真剣さ漂う雰囲気を漂わせて、百合子にこれから起きる出来事を知らせた。  シタテルの表情や語りからは、まさに修学旅行先で悪事が起きるのを感じさせるものであった。  このため、 「シタテル。私は、どのようなことをすればいいの?」  百合子は、再び頭の上に疑問符をふわふわと浮かばせながら、シタテルに尋ねかけた。  それに対して、 「タキリ。クイーンがあなたの妹・イチキ(茜)というのは知っているよね。彼女は、まるで何もなかったかのように平静を装っているけれど、あなたを(わざと)心理的に安心させようと演じているだけなの。」 「イチキとは心理的、物理的に距離を置いて接し、常に警戒すること。特に、ヒヘイというところでは、彼女の動きには気をつけて。もし、何かあった時は、えにありし天女や戦士たちがあなたの助太刀として加わってくれる。あなたも天女に変身してクイーンらと戦うのよ。」  シタテルは、頭の上に浮かぶ未来の出来事を二言、三言ほど口に出して百合子に伝えた。 「シタテル、そういうことだったのね。」 「あなたのいっていることに従うわ。」  百合子は、スーッと胸の奥に落とし込んだかのような面持ちで淡々とシタテルに答えた。  このとき、彼女として茜が平静を装い、虎視眈々と襲撃の機会を伺っていることに対する憤り。そして、茜に説得をして悪事を止めさせられないかという二つの気持ちを入り混じらせていた。  まもなく、目の前にはもくもくとした白濁色の霧が漂い始め、やがて彼女の視野を遮っていった。  漆黒という名前の黒々しい景色の中には、横向きの黄色い光明が見えていた。  このため、 「もしかして、シタテルの夢から覚めたのかな? それなら、目を開けてみよう。」  百合子は、周りの様子を身体の各所にある五感で察しとり、自らまぶたを開こうと試みた。  彼女は、スーッと小さく息を吸って吐き出し、そろそろっとまぶたを開けた。  それと共に、横に広がる光明はぼんやりと明るくなっていき、目の先に景色が広がった。  目に見える景色は新幹線の車内であり、駅到着を知らせるチャイムがあたりに響いていた。  右手には綾子やA組のクラスメイトらがいた。  そのうち、隣にいた綾子が百合子のことを不思議そうな眼差しで見つめていた。  どうやら、シタテルの夢から醒めたようだ。  そして、 「百合子ちゃん。寝ている時、うなされていたようだけど、大丈夫なの?」  綾子は、つぶらな瞳に案ずるかのような様子を交えて百合子に語りかけてきた。  綾子として、うたた寝をしていた百合子が悪夢を見てうなされていたと見て感じたようで、親友として心配する気持ちがあらわれていた。  これに対し、 「えっ、そうだっけ。あこちゃん、何でもないわ。」  百合子は、顔の上にはっとした表情を描き出したのち、いつも通り明るい語りで話をそらした。 「そういうことなら、安心できるわね。」  綾子は手を胸の上に置き、腑に落ちたと思える仕草を交えて百合子に語り返した。  彼女の語りからは、心配の気が解け、安心した様子を感じ取ることができた。  岡山ゆきのひかりは、百合子が夢を見ている間に京都駅を過ぎ、東海道本線でいう桂川駅付近を走行していた。  まもなく、進行方向左手に石清水神社のある男山と淀川の流れ、右手に長岡京跡を見ながら京阪神急行電鉄京都線の電車と併走し、11時35分に新大阪駅へと滑りこんだ。

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