罪と心は虚空に嗤う

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始まりの唄

一話

 人は、何を糧にして生きていくのだろう。  それは愛なのか、それとも私欲なのか。はたまた他者への奉仕なのだろうか。  俺は、全て違うのだと思う。  その人間を構成する核がその在り方を決め、それを貪り人として生存していくのだろう。  それが無くなってしまえば、ただのからっぽの人形に成り下がってしまう。  俺ーー篠木達也(しのぎたつや)は、そんなことにすら気づかずに全てを失っていくのだろう。散漫に日常を浪費し、その命を濁らせる。  そんな、くだらない日々を壊すような出来事が訪れるのは偶然ではない。  俺は、生まれてから現在に至るまで、平凡に生きてきた人種なのだろう。  ごく普通の一般家庭に一人息子として生まれ、ごく普通に学生生活を過ごしてきただけ。好きなものだけを故意に選択し、苦手なものを排除して都合のいいように生きてきた。誇れるものなど何も無い。どこにでもいるモブと言ったところだ。  平凡な出自で、平凡な生活を送りながら毎日を無意味に浪費し続けている  いつしか、こう思うようになった。  ーー俺は、何のために生きてるんだろう、と。  特に生きる理由もなく、ただ漫然と生きるだけの俺は、一体なんの価値がある。俺の価値は、何処の誰が保証してくれる?  そんな、自暴自棄にも似た感情だけを抱えながら、今を生きている。  ただ、今は平凡な選択肢を選ぶのではなく、他者にとっていい選択をしようと考えるようになった。そうすれば、自分以外の誰かが、俺の価値を証明してくれると。そう思えたから。  現在、高校三年生。四年制大学への進学を希望しているということもあり、必死になって受験勉強に勤しんでいる。  センター試験まで三ヶ月を切った頃だ。焦燥感に駆られながら勉強している時に、インターホンが鳴った。ちょうどその時、両親は仕事で家にいなかった為に俺が応対をすることになった。  時刻は午後の六時を過ぎ、周囲には夜の帳が降りている。こんな時間に誰だよ、といらだちを覚えながらも玄関のドアを開けた。  ーー助けてっ。  玄関に居た見知らぬ少女が開口一番に、大声でそう言った。  長い黒髪を酷く乱しながら、涙で頬を濡らすその姿に酷く動揺した。先程までの苛立ちもどこかへ行ってしまい、今はただ動揺と焦りだけが脳を支配する。 「どうしたんだよ。ってか、お前誰だよ。知らない奴の話なんて聞いても良いとこ美人局だろ」 「そんなこと、言わないでよ」  ただ、憔悴しきった様子で言葉をかろうじて紡ぐ少女。声に力というか、魂が感じられなかった。さながら機械音のような、無機質なものにすら感じられる。 「助けて、よぉ……」  周囲の視線が痛い。いかに家のーー玄関先と言っても、多少なりとも人目はある。何も知らない人が見たら、俺は少女を泣かせている悪にしか見えない。 「なんだよ、本当に」  今日はついてない、なんて思いながら家へと少女を招いた。  数分もすると、少女は少し落ち着きを取り戻し、息を整える。リビングでちょこんと座りながら、乱れた髪を整えているようだった。  冷静になって見てみると、相当な美人だ。顔立ちは整っていて、乱れてるとは言え長い黒髪と相まってモデルを彷彿とさせる。……いや、少し顔立ちは幼いから美少女というのが正しいか。それに、赤い眼が印象的だ。ずっと見ていると、引き込まれてしまいそうなほど深く美しい色をしている。 「……自己紹介が遅れたわね。私は紗綾(さあや)(ひいらぎ)紗綾(さあや)」 「俺は篠木達也だ」 「篠木君、ね。よろしく」 「それで、紗綾さんは見ず知らずの人間になにを助けて欲しいんだよ」  お茶を差し出しながら、呆れ半分で言葉を発する。 「私のせいで、人が死ぬの」  突拍子のないことを言い始める紗綾。 「なんだ?それはオカルトか何かか?それとも厨二病的発想か?」 「そう言われると思ったけど、そういうのだったらこんなに本気で焦らないわよ」  はぁ、とため息を吐く紗綾。 「じゃあ呪いのノートに名前でも書くのか?フィクションでもあるまいし、そんなことあるわけないだろ」 「ご名答ね。私だって好きでこんなことになっているわけじゃないの」  そう言って一冊のノートを目の前に突き出してくる紗綾。 「最近、この近くで殺人事件があったでしょう?」 「どうしたんだよ、急に」 「そのノートに私が物語を書いたの。こと細かく、ね」  半信半疑に差し出されたノートをペラペラと捲る。  そこには、確かに物語が書かれている。内容は、復讐を題材としたものだ。  主人公が悪魔を呼び出し、自身が呪う相手を殺し、最終的に自分が呪いの代償として悪魔に殺されてしまうというお話だ。  最初に悪魔を呼び出すための生贄として一人死に、復讐対象として四人が殺害される。本人も含めれば六人死ぬという事になる。 「まさか、この物語の通りに人が死ぬとでも言うつもりか?馬鹿馬鹿しい」 「二人、死んでいるの」  そう、絶望を吐き出すかのように、低い声音でつぶやく紗綾。 「一人目が畑中(はたなか)(あつし)。正直、面識のない相手よ」 「偶然だろ、流石に」 「そのノートの内容をちゃんと読んで。悪魔を召喚する時に、生贄として捧げられるのは」 「面識の無い相手。でも、流石にこじつけが過ぎないか?」 「もっとちゃんと読んで。死因は首を掻き切られた事による即死。それも完全に当てはまっているの」  少し、信憑性が出てきたな。 「二人目……と言うより、復讐の相手ね。一人死んでいるの」 「何時の話だよ」 「二日前。この制裁は三日おきに行われるの。一人目の復讐相手はいじめの主犯」 「いじめって、お前虐められてたのかよ」 「……ドラマや創作物で見るようなものよ。靴や服を隠され、捨てられ、暴力を振るわれた」 「それで、復讐相手ってわけな」 「死因は溺死。口いっぱいに石を突っ込まれて川に捨てられた」 「童話で見た狼だな、まるで」 「私もやられたのよ。死にはしなかったけど」  いじめの追体験って訳か。さらつと言ってるけど、相当酷い目にあってきてるのだろう。 「流石に紗綾がやった……って訳じゃないんだろ?」 「いいことを教えてあげる。いじめられている側はね、追い詰められているせいで反抗するという選択肢が無くなるの」 「と、いうと?」 「死んで楽になるか、耐えて過ごすかの二択になるの。反抗する意志そのものが消滅するのよ。どうせ逆らっても勝てない、ってね」  紗綾の過去を聞いているようで、胸が痛くなった。 「……一つ聞くけど、そいつが死んで喜んだのか?」 「最初は喜んだわ。もう虐められずにすむ、ってね。でも、段々に罪悪感が勝ってきたのよ。そして耐えきれず、助けを求めたの」 「なら親に頼めばいいだろ。今日知り合ったばかりのやつに言うか、普通」 「両親も復讐の対象なの」 「……あ」 「私が許せなかったのは、いじめの主犯と、それを見て見ぬふりをした担任。そして私の変化にすら気づかずにのうのうと暮らしていた両親よ」  随分と拗らせているようで。虐められた経験がないからなんとも言えないが、全員そうなのか? 「それで、罪悪感に駆られて助けを求めたって訳か。中途半端な気もするけど」 「私の気持ちなんて、分かってたまるかっ!」  ドンッ、と強くテーブルを叩く紗綾。 「……ごめん。感情的になったわね」  数秒もしないうちにその熱は下がり、しゅんとした様子で謝罪を述べた。 「俺の方こそ、デリカシーがなかった」 「いいのよ。もう過ぎた話」  こほん、と軽く咳払いをする紗綾。 「話を戻すわ。このノートにはあくまで対象者にしか効果がないの」 「と、言うと?」 「今回の場合、それを望んだ私を加害者として、被害者がこの五人。これが今回の件でノートが干渉している人間なのよ」 「要領を得ないな。だからなんなんだよ」 「つまり、そのノートが干渉していない人間なら、止められるかもしれないの」  ああ、そういうことか。 「ノートが干渉しているってことは行動が強制されてるって仮定したのか。だから、俺みたいな完全に赤の他人なら邪魔できると」 「そういうことよ」 「ノートの強制力次第になるだろうな。もしもノートの強制力が強ければ、自殺でもなんでもさせて望みを叶えるだろ」  面倒そうに頭をかきながら言葉を続ける。 「それに、もしその手段が自殺ではなく邪魔者の排除なら、俺が消される。違うか?」 「……そこまで考えてなかったわよ」 「相当焦ってたって訳かよ」  はぁ、と軽くため息を吐く。 「一応確認だが、見ず知らずのお前のために命をはって、なにかメリットでもあるのか?」 「……無いわ。完全にボランティアよ」 「……少し考えさせてくれ」  見ず知らずの人間の為に命を張るのか、俺は。確かに人助けをするように努めてきたつもりだけど、これは流石に規模が違う。人命がかかった問題だ。  警察に行ったとしても確実に相手にされない。それどころか犯人として逮捕されるだろう。加害者には違いないが。 「……だめ?」  不安そうな表情を浮かべながらこちらを見る紗綾。もう、イラつくほどに可愛いな、こいつは。……ん?可愛い? 「決めた。もし、この事件が終わったら俺と付き合うなら考える」 「……はぁ?」  突拍子のない発言のせいで、気の抜けた声が出る紗綾。 「自分の命が危ないかもしれないのに、普通そんなこと考えるかしら。もしかして、篠木君ってそういう人?」 「酷く貶された気がしたな。……ま、いっか。それくらいの報酬はよこせ」 「……はぁ、分かったわよ。その代わり、ちゃんと協力お願いね?篠木君」 「分かってるよ。紗綾」  結局の所、この時の決断が間違いだったのかもしれない。  もし、この時に紗綾からの頼みを断っていれば。もし、紗綾と付き合うなんて約束をしなかったら。そう考えれば考えるほど、後悔が溢れ出る。  ただ、この時の俺は全く何も知らない、ただのガキだった。紗綾が何を背負っていたかも、俺が何を請け負ったのかも知らないほどに。

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