後編:現代日本

第六話:運命

 私の家の近所には、外国人の男性が営む骨董屋がある。女体が象られた大きな石膏像とか、オリエンタルな雰囲気のエジプトから来た香水瓶とか、とにかく色々な骨董品が所せましと並んでいる。おかげで店内の通路はとても狭い。そして通路どころか、壁に掛けられた絵画の量も尋常じゃない。店自体小さいから、商品の圧迫感に眩暈がしそうなくらいだ。品物は海外の美術品が主で、店舗全体の雰囲気はアンティークっぽい。店主の趣味はとても良いのに、とにかく店内のゆとりの無さが難点だった。でも扱っている品は良い物ばかりなので、固定客は根強くついている。  私もその店の固定客の一人だ。大学一年の頃の初来店依頼、一年経った今でも定期的に通っている。おかげで自室のインテリアはかなりノスタルジックになっている。アンティークな雑貨等は元々好きで集めていたが、一番の目的は商品ではなかった。私はこの店の店主……ノアさんに会うために、常連になったのだ。彼に恋をしたその日から。とても不純な理由だから、彼に知られるわけにはいかないのだが。  一年前、大学進学と共に一人暮らしをするため東京に出て来た。大学の近くの小さなアパートに越してきて、私は土地鑑を得るために近所を散策していた。近所の河川沿いに桜並木があったり、美味しそうなパン屋さんを見つけたりと中々実りは多い。桜並木の方はまだ蕾だったが、きっと開花時期はお花見日和だろう。パン屋はカフェスペースがあったので、いつかそこでゆっくり休憩したいものである。その他実家の方には無い店を沢山見つけて、幸先が良いなぁとご機嫌で思って当てもなく彷徨(うろつ)いていた。すると視界の端を、ピンク色の小さな何かが横切った。驚いて周囲を見渡す。すると原因らしき花霞を見つけて、そちらに駆け寄る。  見上げた先には、少し濃い色をした桜花が咲いていた。早咲きでこの色合いとなると、河津桜かもしれない。どうやらその桜は、人の家の庭らしき場所に生えていた。木の傍らには軽乗用車が停まっていていて、おそらく駐車場も兼ねているのだろう。車は桜の花びらまみれで、その先には東京には珍しい木造の家があった。茶色の三角屋根が可愛らしい、小さな家。ドアはシャビーシックな白に塗装されていて、玄関先にはチョークボードが立てられていた。目を凝らすと、そこにはこう書かれていた。 『アンティークショップ 春の骨董舎』  ――家ではなく、骨董店だったらしい。確かに全体的にデザインが古めかしい。なんだか店だと分かると、余計興味が湧いて来た。古めかしいと形容したが、それでも趣味は良いなぁと感じたから。だから気づけばその家……店に足を踏み入れていた。  ドアを開けると、懐かしいドアベルの音が鳴った。店内は少し薄暗くて、穏やかな色のランプが部屋を照らしている。窓はあったがレースのカーテンで光を緩和していた。恐らく直射日光による商品の劣化を防ぐ意図があるのだろう。そして所狭しと並べられている骨董品が、唯一の一本道を作っていた。道の先にはカウンターがあって、その後ろにある扉がまだ部屋がある示していた。カウンターには呼び鈴と会計機が置いてあるが、会計機だけが店の雰囲気にそぐわないハイテクな作りである。店内は無人で、鳥のさえずりが小さく聞こえて来た。時間に置いて行かれたような不思議な気持ちになって、少し呆けた。  商品の数々を眺めながら、ゆっくり歩を進めた。目を引いたのは、木目調が美しい猫足デスクの上にあるタイプライター。他の品と比べ少し汚れているが、そこがまた良い味を出している気がする。あれ、でもこれ…… 「ごめんね、それは売り物じゃないんだ」 「っ……」 「……驚かせちゃったかな。ごめんね」  いつの間にか、カウンターに人が立っていた。ドアから入ってきたらベルが鳴るはずなので、きっとこの男性は店の奥の扉から入ってきた人だ。薄く笑った彼の顔は堀が深くて鼻が高い。甘やかな茶髪と、鮮やかな藍色の瞳。流暢な日本語を話しているが、顔立ちはまるっきりゲルマン系だ。高い背丈と細い体躯は、精巧な人形を思わせた。綺麗だなぁ、とちょっと見惚れる。  それから我に返って、彼を店の人だとあたりをつけた、そして私は気になっていた事を聞いた。 「あの。……このタイプライター、英語のIだけ無いんですけど」 「……うん。これはね、僕の先祖から受け継いでる物なんだ。だから壊れて価値が無くても、一応大切にしてる」 「あぁ、なるほど……」  頷きながら再びタイプライターに視線を移す。文字盤からはIのキーだけが切断され無くなっているし、金属部分は所々青錆が見られる。確かにこれでは使い物にならない。価値が無いとは、そういう事を言っているのだろう。 「どれくらい前の物なんですか?」 「1878年頃のイギリスで作られた物だよ。日本だと、明治時代くらいの時かな」 「……なんでIのキーは、無くなってるんですか?」  私の追究に、彼は笑みを深めタイプライターを見た。でもその目はここよりずっと遠くを見ているように感じて、私も何も言えなくなった。もしかしたら、何か失礼な事を聞いたのかもしれない。私にはわからないけど、この話題は彼の地雷だったのかも。  そんな風に徐々に焦っていると、彼が突然穏やかな口調で問うた。 「長い話になるけど、それでも聞いていく?」 「――はい」  私が頷くと、彼は話し始めた。  それは明治時代の恋愛の話だった。華族の娘と、お雇い外国人の息子の恋物語。その話は妙に詳細で、まるでタイムスリップして見て来たかのような語り口だった。異国の息子が華族の娘に告白する際、このタイプライターが一役買ったらしい。そして息子は日本を発つ前日、タイプライターのIのキーを娘に渡したらしい。だからこの機械の文字盤にはIだけが無い。その息子の子孫が自分である、と目の前の彼は話を締めくくった。  確かに長い話だった。でも、そんな遍歴があると思うとこのタイプライターが今も残っている事に酷く安堵する。 「……もしかしたら、このタイプライターみたいに。誰かがIのキーを持ってるかもしれませんね」  私がそう言って笑うと、彼は若干目を丸くした。でもすぐにふっと微笑んで、カウンターから出て来た。彼は私の隣に来て、芳しい花のように笑って言った。 「そういう事を言われたのは初めてだよ。……ありがとう」  その時、この表情が彼の本当の笑顔であると悟った。多分今までのは営業のための笑顔だったのだろう。そうして私は一瞬で、彼に恋をしたというわけだ。 「私、御堂桜子と言います。貴方の名前は何ですか」  ……唐突に彼の名を問うのも、恋しいが故の衝動だった。  ノア・エイベル。私は帰り道、その名前を口の中で転がしながら帰った。桜の事もパン屋の事も、すっかり頭から抜け落ちていた。  その日以来、バイトでお金が貯まるとノアさんの店に赴いた。エジプトの可愛らしい香水瓶や大昔の鉱物標本等、細々と何かしら買っては彼と雑談をする。あまり来店の頻度が高いのはどうかと思うので、一カ月に一度ほど。そして一年が経つ頃には、私は幾らか彼の情報を得ていた。私より八歳も年上な事や、両親共にイギリス人な事。彼自身は日本で生まれている事等、色々な事を聞いた。割と仲は悪くないと思う。  でも、この恋に勝ち目があるかと聞かれれば全く無くて。ノアさんはとっくに成人済みの社会人で、私は二十歳になったばかりの大学生だ。私は彼にとってまだまだ子供だろうし、恋愛対象に入っている自身も無い。客と店主なら、それだけで壁はできるものだろう。だから――私は、この恋を諦めるべきか悩んでいた。  でも大学の冬休みに実家に帰って、諦めるわけにはいかなくなった。祖母のジュエリーケースの中から、タイプライターのIのキーを見つけてしまったから。  祖母は優しい人だ。仕送りに日持ちする食糧を送ってくれたりして、いつも応援してくれる。母とはまた違った包容力のある人だった。でもちょっと片づけが苦手で、物を捨てられない人だった。だから祖母の部屋はいつも物で溢れかえっていて、お正月に私が帰るといつもそこの掃除を手伝っていた。でもまさか掃除の最中に、それを見つけるとは誰も思うまい。 「おばあちゃん。……これ、何?」  私が恐る恐るそれを差し出して問うと、祖母は言った。 「あぁ、これねぇ。なんでもタイプライターの文字盤の一部だって。私の曾おばあさんが、とても大切にしていたそうなのよ」 「え。おばあちゃんの曾おばあちゃん……ってどれくらい前? 何時代?」 「……時代はさすがに分からないねぇ。でも凛子から見たら、曾々おばあさんの親にあたる人の持ち物よ」 「……なんでこれを持ってたの?」 「……確か……私の曾おばあさんは、返したいって言っていたそうなのよ。この文字を、元のタイプライターの持ち主に。私の母から伝え聞いた話だけど、母がすごく悲しそうに語るものだから捨てられなくってねぇ」  しみじみと語る祖母に、私はある仮定を考えた。そして座っている祖母の前にそのキーを置いて、正座をしながら告げた。 「このキーの持ち主、私知ってるかもしれない。……これ、私にちょうだい」

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