第36話 夢乃

 あれは、ジプシーたちだ。  わたしの泊っているホテルへ向かっているのだろうか。  雑木林の中を走っているジプシーたちを見つめていたわたしに、島本さんは告げることがあるという。  ジプシーにも話したいってことは、やはり島本さんが、わたしたちの探している人物だから?  とりあえず、わたしはこのことを彼らに知らせようと、両手を振って大声をだした。 「ジプシー!」  わたしの声が届いたらしく、先頭を走っていたジプシーがこちらを向く。  そして、走る方向を変えて、わたしのほうへ駆けてくるのがわかった。  ジプシーと一緒にいるあれは、トラくん、ほーりゅう。  そして、初めて見るセーラー服の少女と――島本さんと一緒にホテルに泊まっている如月さん?  そのとき。  こちらに向かってくるジプシーたちの姿を認めたらしい島本さんは、わたしの後ろに立つと、わたしの耳もとでささやくように告げた。 「佐伯さん、私は、あなたをできるだけ傷つけたくはありません。あなたの合気道の腕前も存じあげております。無抵抗でお願いできますか?」  彼の言葉に思わず、わたしは後ろに立った島本さんを振り仰ごうとした。  その瞬間、こめかみに硬い感触の物があたる。  ――背筋が凍った。  島本さんは、わたしの頭へ拳銃を突きつけた体勢で、ジプシーに声をかけた。  大きな声ではないけれど、明瞭でとてもよく通る声だ。 「ジプシー。手のひらをこちらへ向けるように両手をあげて、ひとりでこちらへ歩いてきてください。あなたのお仲間に怪我をさせたくなければ」  驚愕の表情を浮かべて、ジプシーは立ちどまった。  拳銃を突きつけられ動けないわたしは、口も開けられず状況説明のしようがない。  立ちどまって、言われた通りに両手をあげたジプシーの様子を確認した島本さんは、続けて言った。 「ジプシー。私は、術者としての能力も銃の腕前もすべてを含めて、B.M.D.のように、あなたを侮る気はありません。両手を頭上からおろしたり、印を結んだり真言を唱えるなどの素振りを少しでも見せれば、トリガーを引きます」  両手をあげたまま、わたしたちの様子を凝視していたジプシーがつぶやいた。 「――やっぱり、ジェフ・クーパー・記念モデルだ。とすると、おまえがもうひとりのエージェントということか」  なぜだろう、島本さんは微笑んだ気がした。  でも、わたしの位置からは、彼の表情はうかえない。 「ブレン・テンを人間に突きつけるなんて、俺としては気分的に嫌なんだが」  本当に眉をしかめ、ジプシーは言葉を続けた。  すると、後ろの雑木林で姿を潜めて事の成り行きをみていたらしいセーラー服の少女が、ジプシーの言葉を聞いたとたんに叫んだ。 「ブレン・テン? それじゃあ、あなたが『ラストダンサー』? 部の噂で、そう呼ばれる他国のブレン・テン使いのエージェントがいるって聞いたことがあるよ!」  ――ああ、これで間違いがないのだ。  わたしは人質のために利用されたのだ。  ショックで、わたしの頭の中が真っ白になる。  島本さんは、わたしたちの目的の人物ではなくて、他国のエージェント……。  わたしの考えなどわからないであろう島本さんは、穏やかに言った。 「派手に動くB.M.D.に比べて、私はあまり動き回ることが(しょう)に合わないもので」  そして、彼は続けた。 「私は如月が研究をしているという大学に入りこみ、かなりの時間を費やして彼の研究の進み具合をそばで見守ってきました。そして形ができあがり、もう少しで実用化されるところまできて、彼は恐怖を覚えて助けを求める電話をかけてしまいました。私は、そんな彼を説得をしてこのホテルへ連れてきて、最後まで研究を続けるようにと言ったのです。もう、実験ではなく考察で進められる段階に入っていましたから」 「そうか、きみがぼくに親切だったのは、本当は、ぼくの完成した研究が欲しかっただけなのか」  雑木林に、少女と同じように身を潜めていた如月さんが、悲しそうにつぶやく声が聞こえた。  いまの会話からすると、保護をしなければならない人物は、如月さんということになるだろう。  そして、すべての人間をそうやって裏切っていく島本さんに、わたしはなすすべもなく悲痛な想いで立ち尽くすしかなかった。

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