第26話 ほーりゅう

 なんだか、京一郎に乗せられた気がしないでもないけれど。  ウキウキとしながら、わたしはホテルの廊下を歩いた。  京一郎は、本当にわたしの片想いの相手を探しだしてくれるのかなぁ。  ジプシーと一緒で、やるといったらやる奴だから、すごく期待しちゃうなぁ。  ――たしかにいま、ジプシーは大変な時期だろうけれど。  早くこの任務が終わって皆が無傷で帰れたらいいなぁなんて、わたしは勝手なことを思いながら、瑠璃と待ち合わせた部屋に向かって歩く。  あまりにも注意が散漫だったから、背後から足音なく忍び寄ってくる気配に、わたしは全然気がつかなかった。  急に、なんだか刺激の強い匂いがしたかと思うと、わたしは目の前が暗くなる。  そして力が抜けて、その場に崩れ落ちていた。 ◇◇◇  頭の芯がズキズキするような痛みで、わたしは目が覚めた。  ゆっくりまぶたを開くと、わたしが泊まっているホテルの部屋の天井が見える。  なにが起こったんだろうと思って、だるい身体を起こしかけたわたしに、その人は声をかけてきた。 「お目覚めですか? 手荒くなって申しわけありません」  少しも申しわけなさそうな言い方ではない感じで、その人は楽しげに言った。  そばに男の人がいるとは思っていなかったわたしは、ドキッとして、慌てて彼を見る。  ――あれ?  ここは作りが同じだけれど、わたしの泊っている部屋じゃないや。  わたしを見つめていたのは、彫刻のように整った、きれいな顔の白人男性だった。  瞳の色は、深い青色。  わたしには知識がないから、どこの国の人とはわからない。  細身でスタイルがよく、背がかなり高い。  部屋の窓際に置かれていた椅子にゆったりと腰をかけて長い足を組み、さらさらでありながらウエーブのかかった金髪を、後ろでひとつにまとめているようだ。  わたしがぼんやりと、彼を見ていたからだろうか。  目にかかる前髪を軽くはじきながら、彼はわたしに聞いてきた。 「気分はどうですか? 悪くはないですか?」  慌ててわたしは返事をする。 「はい。もう大丈夫です」  そして、ご心配をおかけして……と続けようとしたとき、わたしは彼の言葉に引っかかった。  さっき、最初にこの人は「手荒くなって」って言わなかったっけ?  わたしの返事を聞いた彼は、にっこり微笑むと、続けてこう口にする。 「素直そうですね。その調子でこれからも、こちらの質問に答えていただけますか?」  瞬間、わたしは悟った。  この人が、ジプシーの敵だ。  どこかで、わたしがジプシーとつながりがあるって、ばれたんだ。  そして、わたしがひと言しゃべるたびにジプシーの個人情報が漏れて、彼の闘いが不利になる。  わたしが沈黙の構えに入ったのがわかったのだろうか、彼は苦笑いを浮かべながら言った。 「困りましたね。あわなくてもいい痛い目にあってしまいますよ」  彼は、まったく殺気のない穏やかな雰囲気で、恐ろしい言葉を口にする。  ――殺気がない?   ジプシーが臨戦態勢に入ると、恐ろしいほどの殺気を放つ。  なのに、この人はなぜ、全然殺気を感じさせないのだろう。  これはまずい。  ほとんど制御不能とはいえ、殺気は、わたしの超能力発動の源。  このままでは、わたしの能力がでてこない! 「なんで?」  思わず口にだしてしまった言葉に反応した彼は、聞き返してきた。 「なにが『なぜ』なのですか? あなたに質問をすることに対してですか?」 「そうじゃなくて、なんであんた、殺気がないの?」  予想外の質問だったらしく、驚いたように彼はわたしを見つめた。  けれど、すぐに、なるほどと納得したような顔になった彼は、あっさりと答えてくれた。 「ああ、当たり前のことです。隠密行動をとるために、私は殺気を消す訓練を受けています。常に殺気立っているわけではありません。そう、あなたのお知り合いのジプシー、あれだけの殺気をいつも周囲に振りまいているのですか? 日本の警察は、そのような空気を持たれる方が多いですね」  そう口にした彼は、ゆっくりと椅子から立ちあがる。  そして、ベッドの上にいるわたしのほうへと歩きだした。 「さて。面白そうなお嬢さんですが、私は時間が惜しいのです。あなたの知っているジプシーについて話してもらえますか? 自白剤もここにありますが、私は好みではないので使いたくないですね」  彼が動いたことで、部屋の空気が動いた。  なので、わたしは部屋に漂う香りに気がつく。  周りを見渡すわたしの様子で彼も気がついたのか、笑みを浮かべた。 「ああ、気がつきましたか。これは、お香の中に弛緩系の薬を混ぜて焚いているのです。初めての人には、この量でも、かなり効果があるようですね」  ――薬。  それでさっきから脱力感が襲ってくるのか。  ふと、彼はなにかを思いついたかのように、わたしをまじまじと見つめてきた。 「――そうそう。自白剤とは別に、女性の言うことのきかせ方、いろいろとあります。――実は私、まだ来日回数がほとんどなくて、日本の女性とお付き合いをしたことがないのですよ」  にこやかに穏やかに。  なのに、わたしへ近づきながら事もなげに言ってのけるには、あまりの内容で。  殺気がないけれど、なんかまずい状況だと感じたわたしは、寝かされていたベッドの上で、じりじりと後ろにさがろうとした。  けれど、それより早く彼の手が伸びてきて、肩を軽く突かれた。  あっさりと抵抗する間もなく、わたしは背中からベッドにあおむけに倒れる。  そして、両手でわたしの頭を囲うように、ベッドへ両手をついた彼の顔を、驚いて見つめた。  楽しそうな瞳。  この状況でも殺気を感じられないせいか、漂う薬で緊迫感が薄れるせいか、まだわたしの力が反応しない。  だるい両手をあげて力なく押し返しながら、わたしは少しの時間稼ぎにでもなればと、思いついたことを口にした。 「日本にあまりきたことがないくせに、なんでそんなに日本語が上手に話せるのよ!」  彼は、律儀にも答えてくれる。 「私は、神秘的な部分を多く持つ日本が大好きなのですよ。個人的に興味があって勉強しました。言語としては、フランス語・英語・イタリア語・ドイツ語・中国語・日本語と、六ヶ国語なら日常会話までできます。ジプシーの噂も、神秘的な能力があると聞いて興味がわいたのですが」  少し自慢げにそこまで口にすると、彼はわたしの首すじへと唇を落としてきた。  経験のないわたしでも、思わず身体が反応するように跳ねあがる。  ――これは。  本当にマジでヤバい状況かも! 

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

  • アウトローな場で繰り広げられる物語

    ♡23,800

    〇110

    現代/青春ドラマ・連載中・30話

    2020年7月8日更新

    歓楽街の一角で 交際トラブルから 刺されかけた原川 静香(中学生)は、チビの少年に助けられる。 その少年が 同級生、佐藤 剛であると気づいた彼女は「格闘技でも習っているの? 」と問いかけたが、佐藤は何も答えずに立ち去ってしまう。 翌日、佐藤に興味を持った原川がとった行動により、彼女はアウトローの世界へと足を踏み入れる。そんな世界に身を置く佐藤の目的とは? ※「修羅の焔」の続きは、2020年に4月頃公開予定しています! ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件等にはいっさい関係ありません。また、作中における犯罪行為、暴力行為等の反社会的行為を推奨する意図は全くありません。 ※2020年4月1日改稿 タイトルの焔は「ほむら」と読みます。カクヨムにも掲載しています

  • 一人?違うな、俺達が妖魔師だ。

    ♡14,700

    〇200

    現代/その他ファンタジー・連載中・18話 ぷりん頭

    2020年7月15日更新

    月の光が届かぬ闇の中、瘴気とともに現れる【怪魔】たち。 人や動物にも似つかない怪魔の魔の手が忍び寄る静かな世界。 そんな世界に彼らは現れる。 半面から覗くその鋭い目で、一体何を見るのか。 それは何者かと問われれば、彼らは自らをこう答える……我々は【妖魔師】であると。 風の町、春海の高校に通う東城寺の一人息子、東城 秋は普段の遅刻魔とは別の顔がある。 夜な夜な現れる怪魔を相棒の白狐の大妖魔 白蓮とともに戦う妖魔師だった。 そんな彼らを愛おしそうに瘴気の世界から見守る赤い瞳と、黒い狐を肩に乗せ、悲しそうに見つめる水色の瞳。 クラスメイトの峯川 瑠奈も薄々と感じる異変に徐々に飲み込まれていく。 戦う使命と確かな想いが、春海の風のように吹き荒れる。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 夢の超光速機関には人類の罪が隠されていた

    ♡18,600

    〇50

    SF・連載中・57話 K1.M-Waki

    2020年7月16日更新

    現在から少し先の未来、人類は苦しんでいた。 人口爆発──それは、貧富の差を拡大し、差別を助長し、不正と貧困を栄養にして、大きく育っていた。発展途上国であふれた難民は、先進国になだれ込み、経済発展の足を引っ張っていた。 『このままでは共倒れになる』 地球人類を牽引する先進各国は追い詰められていた。 そこで、人口爆発の解決方法として、人類は地球圏外への移住を計画した。 スペースコロニー、月面基地、太陽系惑星のテラフォーミング……全てが失敗し、人類に明日はないかに見えた。 だが、そんな中、三人の科学者──エトウ(Etoh)、スズキ(Suzuki)、パウリ(Pauli)らにより超光速推進機関が発明されてしまった。三人の頭文字を冠して『ESPエンジン』と名付けられたそれは、光速の壁を突破し、何百光年もの距離を隔てた宇宙の果てまで人類を送り出すことに成功した。これにより、人類は太陽系から外宇宙へと進出し、銀河を探索できるようになった。 そして、第七十七太陽系発見に因んで名付けられた六隻目の超光速移民船──ギャラクシー77が、地球を出港し、大銀河の大海原へと飛び立った。 これは、とある事がきっかけでギャラクシー77のパイロットに選ばれた少女の物語である。

  • お題を頂き90分以内に書くという企画用

    ♡0

    〇0

    SF・完結済・1話 やまいだれ

    2020年7月16日更新

    【読書会Vtuber】書三代ガクトさん(@sho3dai_gct)の 企画に合わせて書いてみたものです。 前回は「三題噺」でしたが、今回は少し趣が異なり、「登場人物2人。夏の暑さを「暑い」という言葉を使わずに表現してください。とのお題です。

    タグ: