第3話 ほーりゅう

「去年の後夜祭ライブに出てきた飛び入りグループ?」  夢乃が訊き返してきたので、わたしは続けて説明した。 「そう。とってもかっこいいグループだったんだって。去年の後夜祭まで残って見ていた明子ちゃんが、今年も出るはずだって言うんだけど。夢乃は、そんな噂を聞いたことがあるのかなぁと思って」  キッチンにいる夢乃は、う~んと考えながら紅茶を淹れる。  独り暮らしのわたしはすっかり、用事のない放課後は、学校の帰りに夢乃の家へ寄って、時のお茶をする習慣ができていた。キッチンの隣にある居間では、夢乃がお気に入りにしている紅茶の香りが漂いはじめる。  そんな居間のソファに座っているわたしの後ろの広い空間を使って、京一郎とジプシーがどこからか持ってきたギターと楽譜で、なにやら頭を突き合わせて話しこんでいた。  夢乃の家に同居しているジプシーのところへ京一郎が遊びにくると、必然的にこの場には人がそろうことになる。  しばらく考えこんでいた夢乃が、ようやくわたしに向かって口を開いた。 「――そうね。たしかに、かっこよかったグループかと訊かれれば、その場の雰囲気もあるから、そう見えたと思う……」 「え? 夢乃も去年、後夜祭を見たの?」 「去年のこの時期には、わたしはもうこの高校を受験する気でいたから、下見も兼ねて文化祭に行ったのよ。だから、後夜祭まで残って全部見たわ」 「へぇ、そうなんだ。――そこまで皆が言うなら、わたしもそのグループ、一度でいいから見たいなぁ。本当に明子ちゃんが言っていたように、今年も出るのかなぁ? ねえ、どう思う?」  わたしは、わくわくとした表情になって夢乃に訊いてみる。  そんなこと、夢乃にだってわからないだろうけれど。  すると。  お盆に全員分のストレートティーを乗せて運びながら、おもむろに夢乃は、京一郎たちへと声をかけた。 「今年も出るわよね」 「――出るよ」 「出る出る。しかも同じグループ名で」  男ふたりの声が、わたしの背後からあがった。  ――?  そのグループが出るだなんて、なんで京一郎とジプシーが、はっきり断言できるの?  もしかして、そのグループのメンバーと知り合いなのだろうか。  訝しげに振り返ったわたしの顔を見た京一郎が、口もとに笑みを浮かべた。 「その顔、わかってねぇの? 俺らがギターをいじっているこの状況を見て、おまえ、本当に気づかねぇの?」  わかっていない。  というか、いま思い当たったけれど、まさか。 「去年飛び入りしたのは俺らだよ」  ちょっと、いや、かなり自慢げな口調で、京一郎がわたしへ告げた。 「――うっそだぁ」  このひとたち。  頭がいい上に、舞台の上で聴かせられるくらいの音楽までできるの?  それに、最初のころに明子ちゃんから聞いた話では、京一郎とジプシーって、違う中学出身のはず。  なんで知りあう前の去年の文化祭に、グループを組んで出られるの?  疑問に思ったわたしは、それをそのまま京一郎にぶつけてみた。 「あ~。クラスの連中はおまえと同じで、俺らは高校ではじめて顔を合わしたと思ってんじゃねぇ? 学校だけが付き合いの場じゃねぇんだよな。俺らは出会って、年――年半くらいになるかな」  京一郎の言葉を聞いて、音の調律をしていたジプシーが顔をあげずに続ける。 「俺と京一郎が初めて出会ったのは、中二の夏休み前だ」  ――そうだったのか! このふたり、高校に入る前からの知り合いだったんだ。  だとすると、イベント会場のようなところで出会ったのだろうか。 「バンドを組むくらいだもの。音楽つながりなの?」 「いや、それは単なる共通の趣味のひとつ。けっこう俺ら、重なる趣味が多くてさ」  そう言った京一郎は、なにかを思いだしたように嫌そうな表情を浮かべた。 「はじめてジプシーと口をきいたのは、病院の駐車場だったっけな。そこで殴り合いのケンカをした。っていっても一方的に俺がやられただけだけれどな。こいつと勝負モノで競って、剣道以外で勝てたことがないのが気に食わねぇ」  わたしは笑いながらも感心した。 「へぇ。ジプシーって、勉強や音楽だけじゃなくて運動神経もいいんだ……。って、京一郎は剣道するんだ?」 「剣道だけは姉貴も一緒に、ガキのころから習わされていたからな。そうそう。去年の後夜祭は、俺の先輩がお膳立てしてくれたから、飛び入りで出られたんだよ。今年は在校生だから、自分で正式に申しこめるよなぁ」  話がそれたところを、京一郎が戻す。  京一郎の先輩ってことは、やっぱり族のお方なんだろうか……?  これは迂闊に突っ込まないほうがいいかな? 「でも、うちのクラス、文化祭で舞台するって聞いたし、委員長としてはジプシーって忙しくなるんじゃない? いろいろ練習もしないといけないんでしょ?」  わたしは、紅茶に砂糖を二杯入れると、スプーンでぐるぐるとかき回した。  紅茶のフルーティーな香りが、ふわりと湯気とともに漂う。  ――わたしは、いまの言葉をジプシーに向けて言ったんだけれど。わたしの言葉が届いていなかったのか、ジプシーからの返事はなかった。  その代わりに、隣のソファへ腰をおろした夢乃が、わたしのほうへ顔を寄せると、小さな声でささやいてきた。 「ジプシーは忙しい毎日がいいのよ。わざと用事を増やして忙しくしているくらい。忙しくしていたら、よけいなことを考えなくて済むからだそうよ」  どういう意味かと首をかしげたわたしから視線をはずし、夢乃は瞳を伏せる。 「音楽に限って言えば、――作られた既存の歌というものは、なにも考えずに口ずさむことができるでしょう? 楽器も、楽譜に沿って弾いているあいだは無心になれるでしょう? よけいなことを考えなくていいの。そんなふうに、前にジプシーが自分で言っていたから」  ――そんなに青春時代を、一生懸命にしなくても。  いや、青春時代だから一生懸命するのかな。  よけいなことを考えたくないだなんて、まだ高校一年生のくせに、なにか思いだしたくない出来事でもあるのだろうか。  陰陽師の家系であるというジプシーは、本当に、そんな術が使えるらしい。そして、同居している夢乃のお父さんが警察の人だから、その関係で、彼は秘密の仕事も請け負っているともいう。  ジプシーは、目の前にやらなければいけない用事を、どんどんと作ってこなしていきたいタイプなのだろうか。  でもまあ、なんでもできる人は忙しいんだなと、物事を深く考えないわたしは、わからないままに思った。  人生は長いんだから。  もう少し、のんびり過ごしてもいいのにさ。

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