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第1章 出会い編

第1話 プロローグ 前編

 扉を開けると、窓が閉まったままの部屋の中は真っ暗だった。  いまは夜の10時。初めて入る部屋だったので、後ろ手に扉が閉まってしまえば、電気のスイッチの位置がわからない。  それでも、扉をふたたび開けることをせず、ボストンバッグをぶらさげたまま、これからここで独り暮らしをはじめることになったわたしは、しばらくその場に立ち尽くした。  なんといっても、夢の独り暮らし!  独り暮らしの大変さは、全然心配していない。  というか、能天気なわたしは、はじめから考えていなかっただけなんだけれど。  わたしの両親はどちらも外科医であり、このたび数年ほど海外へ行くことになった。両親は、当然16歳である未成年のわたしもついてくるものと思っていた。けれど、わたしは日本に残りたいと言ったのだ。  はじめは、両親はとんでもないと認めなかった。でも、母方の叔母が保護者となってあずかると説得してくれた。  いままで通っていた高校を転校することになってしまったが、叔母のおかげで、わたしは願い通り、日本に残れることになった。  先ほどまで、マンションの五階にある叔母のところで夕食をいただきながら、今後の話を決めた。それから、これからわたしが住む部屋がある階へと、降りてきたところだ。  叔母が住んでいるマンションは、階が駐車場となる階建ての、築10年ほどのデザイナーズマンションだ。  独身の叔母との同居も、ひとつの案としてあげられた。でも、叔母の住むマンションに空きがあったことと、こちらも外科医である叔母の不規則な生活に加え、思春期に対してお互いにプライベートを持たせてくれるという叔母の計らいで別居となった。そのうえ、別に暮らしつつも衣食住にかかる資金を、すべて持ってくれるという話のわかる叔母だ。  その代わり、独り暮らしに対する責任を自覚せざるを得ない。  引っ越しが決まったときに、極力減らしてきたけれど、部屋のなかは、おそらく運びこまれたままのダンボールの状態で、荷物が山積みにされているはず。  まずはひとりで生活する第一歩として、今夜中に生活ができる環境にしておかないとね。 ◇◇◇  暗闇に目が慣れてきたころ、部屋の状態がわかってきた。ようやくわたしは、上り口にボストンバッグを置いて靴を脱ぐ。  あらかじめ叔母が取りつけてくれていたカーテンの隙間からもれる、わずかな外光を頼りにしながら、まっすぐ窓へ向かってそろそろと近づいた。  階の部屋なので、夜の窓は、とくに気をつけなさいと言われたばかりだ。  けれど、とりあえず部屋にこもった空気を入れかえたいよね。  そう考えたわたしは、カーテンを片側に寄せると、静かな住宅街へ大きい音が響かないように鍵をあけた。ベランダの大きな窓を、ゆっくりと横へ滑らせる。  新鮮な風がゆるやかに入りこんできた。わたしの軽い毛質のロングストレートを、ふわりと揺らす。  部屋へ流れこんでくる月の空気は、ひんやりと澄んでいて心地よかった。  ネコの額ほどの小さなベランダへ出ずに、わたしは部屋の中から窓の外を見おろす。  すると、すぐそばの電信柱につけられた街灯が、ひっそりと裏道を照らしていた。  この時間では、もう誰も通らないかな。  そう思った瞬間。  道のはずれの暗がりの部分で、白っぽいものが動いた。  とっさにわたしは、身体を退ひきかける。けれど、すぐに、まだ部屋の電気をつけていないことを思いだした。となると、逆にじっとしていたほうが、向こうの注意を引きつけないかもと考えなおして動きをとめる。  そのあいだに、先ほどの白っぽいものは音もなく移動し近づいてきて、電信柱の明かりの下で止まった。  その場に姿を現したのは、ひとりの男の子だった。

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