第37話 ほーりゅう

 ジプシーに遅れて、わたしはトラとともに雑木林を抜けたところで立ちどまった。  如月さんは、彼を護衛する日本情報部所属の流花と、わたしの後ろの雑木林の中で身を潜める。  その状態でジプシーに向かって言葉を発するのは、夢乃に拳銃を突きつけた、背が高くて格好良い男の人。  あの男の人が我龍の言っていたもうひとりの敵、コードネーム『ラストダンサー』なんだな。  って。  ――あれ?  あの人、昨日、ホテルのレストランで見かけた人だ。  ってことは、やっぱり夢乃、昨日はあの人と夕食のとき、レストランにいたんだぁ。  わたしの見間違いじゃなかったんだ。  夢乃もスミに置けないなぁ。  でも。  ――それならなんで、あの男の人が夢乃に拳銃を突きつけている、こんな状況になっちゃったのかが、わたしにはわからない。 「ジプシー、あなたは如月から、もう情報を受け取っていますよね。それをこちらに渡していただきたいのです」  両手をあげたまま、無言でラストダンサーを見つめ返すジプシー。  その視線を受けながら、ラストダンサーは続けた。 「如月に、この佐伯さんが接触した時点で――いいえ、本当はあなたがホテルに姿を見せた時点で、なぜか、情報があなたに渡るのは時間の問題だと感じていました。あなたの仲間を傷つけたくなければ、こちらに情報を渡してください」  ラストダンサーの静かな言葉を聞きながら、ジプシーは悔しそうな表情を浮かべ、右手で上着のポケットからUSBメモリーを、ゆっくりとした動作で取りだした。  それを、目の高さにあげて、ラストダンサーに確認させるように見せる。 「けっこうです。それを持ったまま、こちらに歩いて、そこの大きい岩の上に置いていただけますか?」  ジプシーの動作を見ながら、彼は慎重に指示をだす。  仕方がなさそうに、ジプシーは数歩あるき、ゆっくりと岩の上にメモリーを置くとあとずさった。  そして、ラストダンサーに向かって問いかける。 「どうする気だ? この状態で情報を手に入れても、この状況から抜け切れるとは思えない」  その言葉を聞いたラストダンサーは、薄っすらと微笑んだ。 「そうですね。脱出方法、一応考えてはいるのですよ。だからそのまま動かないでくださいね」  そして、夢乃に拳銃を突きつけたまま、メモリーを拾うために、彼女を促して移動をはじめる。  わたしはトラと、後ろからその様子を見ていたけれど。  ――そういえば、あのメモリーってたしか、部屋で京一郎が入れ替えたんだよね。  ってことは、偽物なんだよなぁ。  本物の情報は、部屋に残っている京一郎が、もう情報部に送り終わっているころだろうか。  ジプシーったら、知っているくせに役者だなぁ。  そんなことを、わたしは無防備に考えていると。  わたしのほうへ視線を走らせたジプシーの、焦りの混じったような声が飛んだ。 「伏せろ! ほーりゅう! レーザーポイントがあたっている!」  突然のことで、一瞬意味がわからず棒立ちのまま、わたしは反応が遅れた。  間に合うかどうかのタイミングで、わたしへ跳んでくれたトラ。  わたしは突き飛ばされるように、身体ごとトラに覆われると同時に響く、二発の銃声。  一拍遅れて地面に転がったわたしとトラだけれど、続けてジプシーの足もとにも、数発の着弾があり、岩が砕けて破片が跳ねる。  ジプシーは身を翻して近くの岩の陰に飛びこんだ。 「怪我は?」  すぐに樹の陰へわたしを引っ張りこんだトラが訊ねてきた。  無言で首を横に振りながら、わたしは、自分が先ほどまで立っていた空間から目が離せない。  わたしの様子に、訝しげにわたしの視線の先を追ったトラも、驚いた表情になって見つめた。  まるで、なにか硬い壁にぶつかって潰れたような形の弾丸がふたつ、空中に浮かんで停止している。  そして、見ているあいだに、急に重力を思いだしたかのように下へ落ちた。  ――これ、前にも見たことがある光景だ。  そう。文化祭のとき……。 『狙撃されないように、雑木林の奥へさっさと移動しろ』  一瞬にして強張ったトラの表情で、この我龍のテレパシーは、わたしだけではなくトラにも聞こえたらしいとわかる。  まだ、身体が固まったように動かないわたしとトラに、ふたたび声が頭の中へ響いた。 『もうひとりの女のように奴の足を引っ張りたくなければ、敵の標的になるな。早く動け』 「たしかにそうだ」  トラはつぶやくと、狙撃がやんでいるこのタイミングで、わたしを引っ張りながら、雑木林の奥へ移動をはじめる。  そして、移動しながら辺りの気配を確認したトラは、ジプシーに叫んだ。 「この林の右手方面、木の上に狙撃者がいる!」 「オーケー。俺にもおまえの式神が視えているから、位置は確認できる」  ジプシーが返してきた。  そんなふたりのやり取りを聞きながら、わたしは小声で我龍に言った。 「我龍。念動力で護ってくれたの? 嬉しいけれど、あんたっていま、どういう立場にいるのよ?」 『いま力を使っても、その従兄弟の結界の種類が変わっているから、俺のいる位置がわからないだろう? だから部外者を助けてやっただけ。――この仕事は奴の仕事だ。俺はそれに対しては、手助けする気はない』  そう告げると、我龍の気配が消えた。  この仕事は奴の仕事って?  ジプシーに与えられた任務だから、それに関しては、自分は手助けしないってこと?  わたしは、一緒に我龍の声が聞こえていたトラと顔を見合わせ、ふたりで首をかしげた。  わたしとジプシーが狙撃されたことによって、皆の注意がメモリーからそれた。  そして、そのタイミングをみて、夢乃から離れたラストダンサーがメモリーに駆け寄ろうとする足もとへ、さらに着弾する。  そのため彼も近くの岩陰に隠れることになった。  すると、メモリーを狙ってなのか、雑木林の一角から銃を構えたまま、ひとりの男が姿を見せた。  背の高い、金髪の白人男性だ。 「あ! わたしを誘拐した男だぁ!」  その男を見て、わたしは思わず声をあげる。  ってことは、ジプシーとラストダンサー、B.M.D.と、メモリーを囲んでこの場に三人がそろったことになる。  樹に隠れたままでそう思った瞬間、ホルスターから銃を抜くジプシーの姿が、わたしの角度から見えた。  なにをする気なんだろうと考えているあいだに、ジプシーは躊躇うことなく、ほかのふたりの目の前で、岩の上に置かれたメモリーを鮮やかに一発で撃ち抜いた。  予期せぬ出来事に、その場にいた全員が呆気に取られる。 「――なにをするのです? いままでの苦労は……。あなたの目的はなんですか!」  あまりのことに思わず叫んだB.M.D.の言葉に、ジプシーはいつもの無表情で返事をした。 「俺の任務は、あれば情報を持ち帰り、その製作者の保護。ついでに今回の任務は、失敗しても良いというおまけ付き。だから、なければ情報は持ち帰らなくてもいいし、敵方に渡るくらいなら破壊する」  銃をホルスターに戻しながら、あっさりと言ってのけるジプシー。  このペテン師。  とっくに情報は京一郎が送り済みだから、涼しい顔をして嘘をつく。  唖然としながらも、わたしは心の中で、こいつはこういう男だったと妙に納得した。

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