第33話 京一郎

 朝、俺が教室に入ると、ほーりゅうと夢乃はもう登校しており、指定席となっている陽のあたる窓際にいた。  ほーりゅうは相変わらず、夢乃の家に連日滞在中だ。たしかに、一昨日の出来事を考えれば、独り暮らしのマンションへ帰すわけにもいかないだろう。確実に狙われる。  だが、今日は、一緒に登校しているはずのジプシーの姿が見当たらなかった。  俺は、夢乃へ声をかける。 「夢乃、奴は?」 「今日は用事で遅刻ですって。午前中は休むそうよ。家は一緒にでたんだけれど」 「ふぅん。で、奴の様子は?」 「本人は、いつものペースを取り戻しているから心配ないって言っているわ」 「そうか。奴が、はっきりと本調子だと言い切るなら、単独行動も問題ねぇな」  一昨日の出来事のために、昨日は臨時休校だった。だが、ジプシーと夢乃は事情聴取で警視庁に呼ばれていたため、ほとんど身動きとれなかったはずだ。  しかし、まる一日。  おそらく奴は、身体は動けなくても頭のなかで、計画を練っていたに違いない。  今回の事件、術者相手となれば奴の得意の分野であるだろうから、俺は全面的に、奴に計画を任す気になっていた。  隣で俺たちの会話をおとなしく聞いていたほーりゅうが、教室に入ってきた女子のひとりを見つけて、嬉しそうに寄っていった。 「ほーりゅう、嬉しそうだな。なにかあったのか?」  俺は夢乃に訊ねた。 「昨日、ほーりゅうは街中で芸能人に会ったらしいわよ。それで、その芸能人のファンらしい明子ちゃんに、その話をしたいのよ」  夢乃がそう口にしたとたんに。 「うっそぉ! なんて羨ましい!」  藤本明子の叫び声が教室に響き渡り、さらに興味を持ったクラスの女子を引き寄せ、教室の真ん中で人のかたまりができた。 「芸能人ねぇ」  俺は、そうつぶやきながらぼんやりと、女子の集団の真ん中に混じる、ほーりゅうの横顔を眺めた。  そして、俺と同じように集団を外から眺めている夢乃に、小さな声で話しかけた。 「夢乃」  俺のほうへ顔を向けた彼女に、俺は、自分の考えを言葉にしてみる。 「意外とさ、ほーりゅうって、ジプシーと合っているような気がしねぇ? 天然というか癒し系というか、その辺りの性格が奴とさ。ほら実際、ほーりゅうが俺たちの前に現れてから、奴の雰囲気がいい方向に変わったと思うんだが」  夢乃は、俺の意図するところがわかったらしい。  だが、俺の期待する返事を、彼女は口にしなかった。 「残念だわ」  てっきり夢乃は、俺の考えに賛同してくれるものだと思っていた。だから正直、そう返してきた夢乃に驚いた俺は、どういうことかと、彼女の顔をじっと見つめる。 「否定じゃないの」  夢乃は、俺の表情を読んで続けた。 「わたしも、なんだかんだ言ってもあのふたりは、けっこうお似合いだと思っていたのよ。けれど、それはお互いの気持ちが、お互いに向いている場合の話でしょう?」 「奴は、ほーりゅうを嫌っていない。興味のない人間は眼中にない奴だ。むしろ、ほーりゅうのことを、からかうくらいに興味を持っていると思うが」  夢乃は、小さく笑って首を横に振った。 「ジプシーのほうじゃなくて。――ほーりゅう、ほかに好きな人がいるから」  ピンとこなかった俺は、一拍遅れで驚いた。  あのほーりゅうに、そんな艶っぽい話があったのか?  だが、すぐに俺は、ある考えが浮かぶ。  手を打ち鳴らして、夢乃に言った。 「あ、なるほど。相手は、こっちに転入してくる前の学校の男か?」 「いいえ。こっちにきてから。その相手と出会ったのは、文化祭のときらしいわよ」  文化祭のころから?  ほーりゅうのそんなそぶりに、俺はまったく気がつかなかった。  へぇ、あのほーりゅうが……。  考えこんだ俺を見て、夢乃はさらに笑いながら続けた。 「あなた、いままでそばにいて、なんで気がつかなかったんだって思っているんでしょう? 当然よ。わたしもほーりゅうから聞いたのが昨日だもの。その相手とは文化祭で一度会ったそうよ。そして、昨日も街中で偶然に会って話をしたんだって。――本人いわく、昨日気がついた一目惚れだそうよ。いまの京一郎の話、一日遅かったわね」  一目惚れ。  本当にそんなものがあるのかと、俺は疑うほうなのだが。  考えてみたら今回の事件は、高橋麗香がジプシーに、文化祭の舞台で一目惚れをしたことからはじまったんだ。 「奴は――ジプシーは、ほーりゅうのこの話、知っているのか?」 「いまは、こんな状況だから言っていない。この場で、こんな話がでたから、わたしは京一郎に話したけれど、たぶんあえて周囲に言うことはないでしょうね。ほーりゅう自身がどれだけ周りの人に話すかにもよるだろうけれど」  そうだ。  片想いなんて、この先どうなるかわからない。ほーりゅうの一目惚れってだけで発展もなく、このまま、なし崩しに消えていくだけの話かもしれない。もちろん、うまくいく可能性だってある。 「夢乃、いまの会話は忘れてくれ。こうなったらいいなと思った、ただの俺の希望のひとつだからさ」  夢乃へそう告げたあと、俺は、ため息をつきながらつぶやいた。 「どうも、人の想いってのは、うまくいかないものだねぇ。ほーりゅうにしても、あの高橋って女にしても」  ジプシーのそばに、ほーりゅうがずっといるとすれば。  生き急ぐ奴の未来も、変わる気がしたのに。

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