第9話 京一郎

 クラス全員を外へ放りだすと、教室に残ったのは俺とジプシーのふたりだけだ。  ほっとした様子で、ジプシーが言う。 「サンキュ、京ちゃん。助かった」 「まあ、そういうフォローをするために、今回も一緒に行動をともにするつもりだったし」  俺はそう言いながら、ハンガーにかけてあったジュリエットの衣装と、ご丁寧にも一緒に運ばれていた姿見をみる。 「でも、さすがに覚悟を決めねぇとな」  続けた俺の言葉に、ジプシーは睨んできた。 「誰のせいだ? 誰の」  そう言いつつも、ジプシーは、仕方がなさそうにジュリエットの衣装へ手をのばす。それは、長袖の少々クラシックな型で、白色にところどころ金の刺繍をほどこしたドレスだった。  そばには、長い黒髪のかつらが置いてある。 「ジュリエットって、黒髪なのか?」 「――日本人が舞台をするから、わざわざ黒にしてんじゃね?」 「ロミオ役はおまえ、地毛のままだから、いいよな」  文句を口にしながらジプシーは眼鏡をはずし、制服の上着のボタンをはずしはじめる。その途中で、ふと衣装のそばの小物に気がついたらしく、俺に視線で指し示した。 「なんだ、これ」 「ペチコートっていうじゃないの? ドレスの下に着るやつ。こっちは――コルセットとかなんとかいう矯正下着だと思うが」 「絶対着ない」 「でもさぁ。男がドレスを着るなら、体形矯正しないといけないんじゃね?」 「胸もウエストもない女で、俺はけっこう」  そう言ってジプシーは、さっさと制服を脱ぎ終わる。  いつも首からさげている彼のロザリオが、彼の動作に合わせて揺れた。  そして、覚悟を決めたのか躊躇なく、すぐに頭からドレスをかぶる。  無駄な脂肪はもちろん、彼にとって余分な筋肉もついていない、しなやかできれいなラインの身体が、一瞬にしてドレスに包まれた。  ジプシーは、自分で襟もとを整えながらつぶやく。 「くそ。女の服のサイズが合いやがる。――もう少し身長が欲しいよなぁ」  彼の後ろへと回って背中のファスナーをあげてやりながら、俺は、ジプシーから普通の高校生が口にするような言葉を聞いた感じがして、なぜだかちょっと笑った。  そして、次にかつらへ手を伸ばそうとしたので、俺が先に取りあげて言う。 「こいつは俺が整えてやる。女の髪の扱いには慣れてんだ。ほら、目をつぶってろよ。できあがってからのお楽しみだ」  ジプシーは、ちらりと俺の顔を見てから、とくに他意はないと判断したのだろう。  素直に俺へ背中を向け、目をつむった。  俺は、姿見を奴の前に持ってくる。それから、かつらの向きを合わせてかぶせた。長い髪の後ろの毛先から少しずつ、そっと丁寧に櫛をいれていく。  ジプシーはおとなしく待っていた。  これが俺の姉貴だったら、やってもらっているくせに痛いだの手際が悪いだの、たらたら文句をつけるところだ。  やがて髪全体に櫛が通り、ゆるくウエーブがかかる髪のバランスを、指ではじいて整えてから、俺は、鏡越しに瞳を閉じているジプシーの姿を確認した。  そして――口笛を吹きたい衝動にかられる。  クラスの女子連中の目に狂いはなかった。こいつは美人だ。いや、美人というか可愛らしい、あるいは愛らしいというべきだな。男にしておくのはもったいない。  道具があれば、いまここで口紅をつけてやりたいところだ。 「ほら、できたぞ」  俺の言葉で、ジプシーは、そっと目をあける。  そして、鏡のなかの自分を確認した。  無言で見つめるジプシーに、俺は笑いながら、見惚れているのかと茶化すために口を開きかける。だが、すぐに、いつもの奴と様子が違うことに気がついた。  普段から俺たちに見せている、ただの無表情じゃない。その無機質な感じさえする瞳は、鏡のなかの、さらに遠くの――なにか別のものを、見つめている。 「どうした……?」  異変を感じた俺は、ジプシーの肩に手をかけて振り向かせようとしたが。  奴の言葉に、思わず動きをとめた。 「こんな感じなんだろうな、妹が生きていたら。――俺も妹も、母親似だった」

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