第13話 京一郎

 ジプシーは、左手でリボルバーを抜くと、すばやくシリンダーのなかの弾丸チェックをする。最後に、グリップの底に彫られてあるイニシャルのような刻印を一瞥してから、銃をホルスターへと戻した。  俺は、ジプシーの動きと、その裸の胸もとで光っているロザリオを、いつも湧きあがってくる不思議な想いを味わいながら見つめた。  この一連の動作は、俺が声をかけることを許されない彼の儀式だ。  その上から黒いTシャツをかぶると、ジプシーは濃紺のジーンズにはきかえる。そして、同色の、やや重そうなジーンズジャンバーを羽織った。  その厚手の上着なら、通常と反対側に吊ってあるリボルバーは気づかれない。  もともと童顔のせいか、ジプシーはラフな私服に着替えると、さらに見た目の幼さが強調される。充分、中学生に見えないこともない。  しゃがみこんだジプシーは、運動靴の紐を締めなおし、暗示をかけるかのようにつかの間、瞳を閉じる。それから、俺へ向かって唇の両端をあげてみせると、いかにも作ったような無邪気な笑みを浮かべた。 「いまから、連中に捕まっている俺の大切なガールフレンドを、助けにいってくるよ」  役に入ったその物言いに、俺は呆れつつも手を振ってやる。 「へえへえ、どうぞいってらっしゃい」  俺のやる気のない見送りを背に、教室の出入り口へと向かったジプシーは、きたときと同じように音もなくドアを開けた。  すると。  向こう側からドアへ耳を寄せるように全身で張りついていたほーりゅうが、さっと飛び退のいた。慌てたように笑顔となった彼女は、あいさつをするように右手をあげる。 「はぁい」 ◇◇◇  彼女の気配は、まったくなかった。  さすがに俺も、どうやらジプシーも予測をしていなかったようだ。珍しいジプシーの驚いた顔、夢乃にも見せてやりたい。 「えぇ、っと、なに? おまえ、委員会からここへくるまでに、あとをつけられていたの? ドジだよねぇ……」  思わず俺は、ジプシーの背に向かってつぶやいたが。  そんな俺のほうへ、ほーりゅうは指を突きつけて言い放った。 「わたしが、あとをつけたのは京一郎! そのあとは近くの教室に隠れていたの!」  時間目が終わったあと、俺がジプシーの自宅へ寄って高校へ戻ってきてから、昼寝も兼ねてここにきた。そのあいだ、だいたい時間。つまり、この女も、そんな俺の近くで、ずっと息をひそめて待っていたのか?  っていうか、いつから、どのあたりから俺をつけてきたんだ?  茫然と見つめる俺の様子に、彼女は勝ち誇ったような顔をしながら両手を腰にあて、ふんぞり返った。さらに、得意げに言葉を続ける。 「はじめはジプシーをつけていたんだけれど、途中でまかれて見失っちゃったのよ。うろうろしていたら、窓から京一郎が学校へ戻ってきたのが見えて、そのまま尾行したの! どう? うまくいったでしょ?」  どうだと言わんばかりのドヤ顔に、俺は二の句が継げなかった。  この女……。  思ったことはなんでも口にしなければおさまらない、隠しごとが苦手なタイプのようだ。そして、明らかに行き当りばったりで行動している。  呆気にとられてほーりゅうを見つめていた俺は、ジプシーからの視線を頬に感じた。だが、その瞳は俺を責めていない。なぜなら、失敗があってもフォローができれば問題がないというのが奴の考え方だからだ。 「時間が惜しい。京一郎、あとは任せた」  俺の予想通り、そう告げながら身をひるがえしたジプシーは、するりと彼女の脇を器用にすり抜ける。 「やーん、わたしもついていく!」  そう叫んでジプシーのあとを追いかけようとしたほーりゅうの前へ、俺は素早く回りこんで立ちふさがった。  考えたら、朝からこいつはチョロチョロと目障りだったんだ。ジプシーが出てしまえば、もう今回は、俺のやるべきことはない。今後これ以上、俺たちの周りをうろうろされないように、いまここで釘を刺しておいても構わないはずだ。  俺は、15センチほど低いであろう彼女を威圧的に見おろした。俺の脇をすり抜けようとして叶わなかった彼女は、キッと見あげてくる。  沈黙のなかの殺気を感じ取ったように、ほーりゅうは、そのまま真っ向から俺を睨みつけてきた。

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