第2話 プロローグ 後編

 振り返らなくても痛いほど感じる、まとわりつくような鋭利な視線。先ほど追っ払った連中でも、当然目の前にいる彼女のものでもない。  急に緊張した気配が、俺の表情から伝わったのだろうか。  彼女はたちまち不安そうな眼になり、怯えたそぶりをみせた。 「それじゃ」  あっさりとそう告げると、俺は片手をあげて、彼女のそばからさっさと離れた。最初に通ってきた路地を、今度は逆方向へと足早に歩く。  新たに現れたこの視線の持ち主の狙いは、間違いなく俺だ。だから、通りすがりの無関係な彼女を、巻きこむわけにはいかない。  俺は振り返らず、その場からどんどんと歩いた。問題は、このまま人ごみにまぎれこむか人気のない場所へ向かうべきか……。  ところが、しばらくすると、あれほど感じた視線がふいに消えた。  俺は、路地をでたところで立ち止まり、背後に意識を集中させる。  ――おかしい。  いまの感覚、俺の気のせいだったのだろうか。  あるいは、狙いが俺ではなかったのだろうか。  それとも、いまは仕掛けてくる気がなかっただけなのか。  いずれにしても今回は、追っ手をまく方向で少々遠回りをしてから、帰路についたほうが良いだろう。  そう決めた俺は、薄暗くなってきた街の人ごみのなかへ、ゆっくりと紛れこんだ。 ◇◇◇  すっかり陽が落ちたころ、俺は家に帰り着いた。  静かな住宅街の一角に立つ、佐伯(さえき)という表札がかかった二階建ての家だ。手入れされた季節の花の植木鉢やプランターが置いてある、ちょっとした庭もある。俺は門を開けて、鍵のかかっていない玄関の扉を開けた。  まったく、とんだ遠回りをさせられたものだ。 「ただいま」  そう口にして運動靴を脱ぐと、俺はまっすぐキッチンへ向かう。この時間帯ならばいつも、夢乃(ゆめの)の母親が夕食の用意をしているはずだ。 「お母さん、ただいま帰りました」  キッチンの入り口から顔をのぞかせ声をかけると、夢乃の母親は必ず顔をあげた。俺の目を見て「お帰り」と返してくる。 「夕食、もうちょっとで用意できるから着替えてきてね。夢乃と一緒に、居間へおりてきてちょうだい」  続けてそう告げると、夢乃の母親は夕食の仕度へと戻る。返事をした俺は、廊下から二階に続く階段のほうへ向かった。  夢乃の両親は、家族を亡くした俺を中学のころからあずかってくれている。警視庁に勤めている夢乃の父親が、俺の父方の叔父貴(おじき)と古くからの付き合いだそうだ。  夢乃の両親から当初、養子縁組も希望してくれたが、俺のほうから断った。  それでも、夢乃の母親は俺を実の子どものように接してくれている。だから俺も、彼女を母親と思ってそう呼んでいる。法律上だけの親子関係など、俺には必要がない。  それに、もし俺の身になにかが起こったときに、夢乃の家族へ迷惑をかけるわけにはいかないからだ。  俺の実父は、陰陽師の家系だった。だが、もともと家業を継いではいないので、とくに問題はない。一族は事実上、俺の叔父貴が動かしている。  問題は、俺の母方の家系にあるのだが、この件に関する詳しい話を、夢乃の両親にしたことはない。実は、父方の従兄弟(いとこ)勝虎(かつとら)や叔父貴にも、一切話題にしたことがない。  ――話さなくてすむことなら、一生伝える必要がないこともある。  ただひとり、母の血を受け継いでいる俺自身の問題だというだけだ。  そして俺は、父親から受け継いだ陰陽術を身体に、母親から譲り受けたロザリオとリボルバーという形見さえあれば、それだけでいい。  二階へあがり、夢乃の部屋の前を通り過ぎた。そして、自分の部屋の扉を開けて、壁際の電気のスイッチを手さぐりでいれる。  少々殺風景な部屋が、たちまち明るくなった。  中学へ入学するころにここへきてから、勉強に関するもの以外は、とくに増えていない。目につくものは勉強机や本棚、機械類としてパソコンやCDプレーヤーくらいだ。  友人となる京一郎(きょういちろう)が、時折雑誌やらCDやら趣味となる私物を持ちこんでくるが、そんなにたくさんの量じゃない。  俺は机に近寄りながら、ベッドの上へカバンを放り投げ、右手につけていた腕時計を外しかけた。  小学生のころに、はじめて腕時計をつけたとき、左利きである俺はなにも考えず右手につけた。そのために、腕時計だけはなぜか癖がついてしまって左手に変えられない。  でも、そんな些細なことは、きっと誰も気にもとめないだろう。  そのとき、ノックの音が小さく響いた。  すぐに扉を開けた夢乃が、少しだけ顔をのぞかせる。 「お帰りなさい。遅かったわね。本屋さんで、なにか面白い本でも見つかった?」  そう口にすると、薄っすらと笑みを浮かべてみせた。  夢乃は、肩口でそろえられた漆黒の髪と瞳を持つ、純和風の美人だ。品行方正成績優秀な女の子で、俺と同じ高校に通うクラスメートでもある。  小首をかしげて尋ねてきた夢乃の肩へ、さらさらとストレートの髪が艶やかに揺れた。 「いや……」  言いよどんだ俺は、外した腕時計を手にしたまま、今日の出来事を話すかどうか躊躇した。  真面目過ぎるゆえに心配性でもある夢乃である。実害のなかった視線や気配だけの話をするのも、どうだろうかと思ったのだ。  迷いつつも、俺が口を開こうとしたその瞬間。  俺は、窓の外から異様な気配を感じた。  先ほどと同じ、殺気と見紛うような鋭く射抜く視線を。 「伏せろ!」  階下には聞こえないように夢乃へ向かって小さく叫んだ俺は、間髪いれず、左手に持っていた腕時計を、部屋の電気のスイッチへ叩き投げた。頭を抱えた夢乃が床に伏せるのと同時に、部屋の明かりがおちる。  目が慣れていない暗闇のなかで、俺は定位置に隠し置いていたリボルバーへと飛びついた。ホルスターからすばやく抜いて、銃口を下へ向けたまま窓際へと走り寄る。  壁で身を隠しながら、しばらく外の気配をうかがった。  だが、すでに外からの気配は消えていた。  窓越しの街には、いつもと変わらぬ静寂が訪れている。  いままで俺は、どんな相手であっても、家まであとをつけられたことはなかった。  周囲に迷惑をかけられない俺が、この街にきてから、もっとも気をつけていることだ。  思わず舌打ちがでる。  俺個人だけではなく、この家までなんらかのターゲットになるのなら、夢乃に黙っているわけにはいかないだろう。 「夢乃、分ほどで戻ってくる。説明はあとで」  俺はそう告げると、その場に夢乃を残したまま、銃を片手に足音なく階段を駆けおりた。

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  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2020年5月5日 15時11分

    応援ありがとうございます! ノベラポイント感謝ですぅ(*ノωノ) 楽しんでもらえたら嬉しいですぅ☆

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    くにざゎゆぅ

    2020年5月5日 15時11分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • シド(アニスと不機嫌な魔法使い)

    Neo

    〇100pt 2020年5月3日 21時53分

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    ファンタスティック!!!

    Neo

    2020年5月3日 21時53分

    シド(アニスと不機嫌な魔法使い)
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2020年5月4日 10時34分

    応援ありがとうございます! ノベラポイント感謝ですぅ(/ω\) 楽しんでもらえたら嬉しいですぅ☆

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    くにざゎゆぅ

    2020年5月4日 10時34分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • 男盗賊

    みさご

    ♡100pt 〇50pt 2020年5月30日 21時58分

    自宅を知られては放置できないですね(; ・`д・´) 格闘描写も良いですね^^ 倒れた仲間を跨いだあとだと、ボクサーの足捌きが封じられて回避力が激減、ガード越しでも態勢を崩せる回し蹴りチョイスも良いですね。 ジプシーの慎重すぎる性格だと、動作不良が先ず無いリボルバーがしっくりくる

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    みさご

    2020年5月30日 21時58分

    男盗賊
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2020年5月31日 17時46分

    彼がリボルバーを持っている経緯は、そのうちでてまいりますが、まだまだ敵?の正体は不明。第三章サイキック・バトル編、楽しんでもらえたら嬉しいですぅ(/ω\) コメントありがとうございます!

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    くにざゎゆぅ

    2020年5月31日 17時46分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • 殻ひよこ

    秋真

    〇20pt 2020年5月17日 17時26分

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    君なら世界を救えるかもしれない

    秋真

    2020年5月17日 17時26分

    殻ひよこ
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2020年5月18日 16時38分

    応援ありがとうございます! ノベラポイント感謝ですぅ(/ω\) 楽しんでもらえたら嬉しいですぅ☆

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    くにざゎゆぅ

    2020年5月18日 16時38分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • 十二単風ノベラ

    秀典

    ♡1,000pt 2019年8月7日 19時14分

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    頑張ってくださいね

    秀典

    2019年8月7日 19時14分

    十二単風ノベラ
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2019年8月7日 21時42分

    応援ありがとうございます! 楽しんでもらえたら嬉しいですぅ(/ω\)

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    くにざゎゆぅ

    2019年8月7日 21時42分

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