第31話 京一郎

 それまで、俺とほーりゅうの会話を黙って聞いていたジプシーだったが。  丸一日食事をしていないことを考えてだろうか、ほーりゅうの持ってきたジュースを少しずつ飲みながら、彼女に声をかけた。 「おまえを誘拐した奴のことを話せ。どんな些細なことでも構わない」  ジプシーの言葉に、ほーりゅうは神妙な表情となって口を開いた。 「えっと、まずね。白人の男の人がひとりだけだったよ。どこの国の人かはわかんない。金髪で青い目で、後ろに髪を束ねていた。それと、その人は全然殺気がなかった。ジプシーの殺気がすごいのを不思議がっていたよ。あと、いろんな種類の薬をたくさん持ち歩いている言い方をしてた」  とんちをするように頭に両手の人差し指をあて、ほーりゅうは一生懸命思いだすように話す。  とすると、彼女を誘拐した敵ってのは、やはり日本人ではないのか。  数種の薬を持っているということを考慮すれば、最初にレストランで仕掛けてきた、ブロンド女性の仲間のひとりの可能性がある。 「殺気がない……」  椅子に座り、ジュースのグラスを手に持ったまま眼を閉じて、考えながらそうつぶやくジプシーだったが。  おもむろにトラへ向き直る。 「トラ、おまえはいま感知式のタイプを張っているだろ。それを全て、攻撃型に変更しろ」 「それって、なぜだ?」  訊き返すトラに、ジプシーは続けた。 「たぶん今回の相手は、俺らの網にはかからない。代わりに、空に放しているおまえの器量良しの数を倍。上から監視の目を増やす」   ジプシーやトラの式神は、陰陽師としての能力がないため視えない俺に、どうやら綺麗な鳥型だと思わせる。  そして、ふたりの会話は盗聴器を意識してか、微妙に、陰陽道特有の陣やら式神という言葉をぼかす。 「それはできるが……。でもどうせなら、変更するタイプは、攻撃型より防御型のほうが良くないか?」  トラの言葉に、ジプシーは瞳を伏せた。 「最初から俺の認識が甘かったな。――この情報機関という組織は、俺には肌が合わない」  そうつぶやいたジプシーは顔をあげ、トラの目を見据えた。 「今回の相手は、防御してから攻撃という悠長な時間はもらえない。これからは敵を確認したら、攻撃される前に殺す気で先制攻撃に移りたい」  物騒な空気になりかけたところへ、ふいにほーりゅうが、思いだしたように声をあげた。 「そうだ! あとね、日本語がとても上手だったよ。そんなにあんまり日本へきたことがない言い方だったのに。独学で勉強したんだって。六ヶ国語話せるんだって自慢してた」 「へぇ~、六ヶ国語。それ、なにか訊いて憶えているか?」  俺の質問に、う~んとうなりながら、ほーりゅうは続ける。 「えっと、フランス語・英語・イタリア語・ドイツ語・中国語・日本語!」 「よく覚えていた。偉い偉い!」  俺の褒め言葉に、嬉しそうに、ほーりゅうは笑った。 「その六ヶ国語なら、理解できると言ったんだな……。で、フランス語ね」  小さな声でつぶやくジプシーの瞳の奥に、一瞬影がよぎる。  ジプシーのその影に、俺は気づかないふりをした。  資格マニアで記憶マニアのこの男は、最近は俺を巻きこんで韓国語の勉強中だ。  敵が操る言語の中に、せっかく勉強中の韓国語がなくて残念だとか、六ヶ国語が話せる敵に対する負けず嫌いの性格が浮上したとかのレベルの理由でもないだろう。  なにかほかの原因があるに違いないが、元の状態に戻ろうとしているいま、士気が下がるマイナス要因となりそうな話はスルーするべきだ。 「その、あと、わたしを助けてくれた人からの情報なんだけれど」  言いにくそうに、ほーりゅうが話を切りだした。  ジプシーは、一瞬眉間にしわを寄せたが、情報入手と割り切ったようだ。  仕方がなさそうにうなずいて、彼女の話の先を促す。 「敵はふたりだって」 「ふたり? 組織がふたつとか、二組って言い方じゃないのか?」 「ふたりって言い方だったよ。ひとりはわたしを誘拐した薬品を使う人で、B.M.D.って呼ばれている人だって言ってた」  俺は、この情報を丸ごと鵜呑みにしていいものかどうかと考えたが、情報をくれた我龍が、どうしても敵であり嘘の情報を流している感じがしなかった。 「単独のエージェントで、コードネームがB.M.D.ね……。俺はひとつの組織から複数の敵がいると考えていた。そうすると、いままでの奴は、そいつが変装していた可能性があるってことになるか……」  ジプシーにしても、我龍のことを信用してはいないが、情報自体は、自分の勘を頼りに真偽を見定めようとしているようだ。  じっと考えこみながらも、ジプシーはほーりゅうへ話の続きを促す。 「もうひとりは、その人の名前がわからないのかなぁ? えっと、ぶれんてんって言っていた」 「ぶれんてん?」  思わず訊き返した俺へ向かって、ほーりゅうが繰り返した。 「そう。コードネームじゃないと思う。幻の十四番目のぶれんてんを持っている人って言い方だった」  その聞き覚えのない単語のために、俺はジプシーへ視線を向ける。  記憶マニアのジプシーなら、知識として持っているだろうか。  すると珍しく、ジプシーが薄く笑っていた。  その笑い方は――そうだ、子どもが自分の好きなことを語るときの表情に似ている。  俺と目が合うと、ジプシーは嬉しそうに、グラスを持っている手の人差し指を立て、パソコンを示した。 「現在十三丁確認できているブレン・テンか。それなら、ジェフ・クーパー・記念モデルかな。そいつとは好みが合いそうだ。検索をかけてみろ。綴りはBREN、スペースをあけてTEN」  俺がキーを打っているあいだに、ジプシーは続ける。 「俺に受け継ぐ銃がなければ、理想的な構造や性能を追い求めたというブレン・テンを選んでいるところだ。もっとも一九八六年に製造中止となったはずだから、部品交換の心配をしなきゃならないが。持っているもうひとりの敵ってのは――年齢が高いのかな?」  画面に映しだされた画像は、なるほど、一丁の銃だった。  眺めながら、ジプシーはつぶやく。 「パワーは俺の357マグナムに追随する、十ミリオート弾を使う銃だ。ブレン・テンのテンは、十ミリの口径を指すんだ」  すっかり、通常のペースを見せるジプシーは、続けてほーりゅうのほうへ向き、いつもの企んだようなフェイクの笑顔で言った。 「おまえ、この件が終わるまで、いまから軟禁」 「え? ――ええ?」   叫ぶほーりゅうへ、にこやかに奴は続けた。 「その覚悟で、ここへきたんだろ? 今後、俺のそばから離れることを禁じる」 「――冗談!」 「冗談は言わない。必ず俺の目の届く位置にいろ。トラ! 感知式から攻撃型に変更しに行きがてらフロントへ寄って、この旨の伝言を彼女の友人あてに残してこい」

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