第14話 我龍

 いまの男の姿と気配が完全に消えたのを確認してから、俺は自分の周りを包んでいた力を消した。宙に浮かんでいた複数の岩は、支えがなくなってドスンと元の位置に落ちる。  念動力を使った時間は大体三分ほど。  ほかの誰かに気取られても、ここの正確な位置の特定まではできないだろう。  それから俺は、バイクから降りた。  いまの男が、俺をほかの誰かと勘違いするのは、そいつの勝手だ。  そう思いながら、わざと見えるように首にかけていたチェーンを手繰り、緑の石が埋めこまれたロザリオを服の内側へ落とした。  男がターゲットにしている人物は、ロザリオを持っているという情報だけで、ロザリオの中央についてある石の色までは、把握していないということになる。  意識なく地面に倒れ伏した奴に近づき、そばに立って見下ろした。  初陣で厄介な敵に当たったものだと、少しだけ同情する。  俺は事前に夏樹(なつき)からの情報で、今回B.M.D.と呼ばれる男が絡んできていることや、その男が薬品使いのエージェントだということを聞いていた。  肉眼で、こいつがポイントされたところから俺は見ている。  斜面は、頭を両腕でかばって落ちたように思えた。  ――こいつが意識を失っている一番の原因は、その前にB.M.D.からの薬の攻撃を受けた可能性かな。  俺は、奴のそばの地面に片膝をついた。  接触による精神感応(テレパシー)能力を持つ俺なら、その理由を探ることができる。  いつもならば、その答えを思い浮かべるような質問をしたあとで、表面の浮かび上がる意識だけを読み取っているのだが。  今回のように意識を失った相手では、俺がみずから相手の意識下へ、求めている答えを探しに行かなければならない。  その手間を考え、少々ウンザリしながら、俺は革の手袋をぬいだ。  浅く速い呼吸を確認しながら、うっすらと青白く見える首筋へ手を伸ばす。  僅かながらも速い脈の流れを感じると同時に、思った通り、大量の無防備な意識が俺のなかへ流れこんできた。  それらのなかで、関係のありそうな情報を読み取っていく。  ――なるほどね。  仕込み針の指輪。  徐々に身体の自由を奪っていく、弛緩系の薬とみたか。  レストランで手首の関節をとられたときに、その痛みに紛れて仕掛けられた、ということか。  B.M.D.という男は、狙った相手を確実に仕留めるために、あらかじめ罠を張りめぐらすタイプだと、慎重派の夏樹が口にしていた。  俺は、こいつの現状に置けるもうひとつの重大なことに関心を奪われながらも、目下の目的である毒抜きを優先させることにする。  意識下の情報にあった右手首を調べると、たしかに親指の付け根の下、腕時計で隠れる位置に、見逃しそうな小さな針穴を見つけた。  俺はその箇所に、鋭利な刃物を使って切ったような傷を『眼』でつける。  そして口をあて意識を集中させると、奴の全身に回っていた薬の成分らしきものを集め、血とともに傷口から吸いだし吐き捨てた。  今回は即効性の毒物じゃなかったから、こいつは命拾いをしたことになる。  俺は奴を肩に担ぎ、立ちあがった。  想像通りの軽さだ。  俺も体格に関しては似たようなものだから、これについては他人のことをいえる立場じゃない。  と、奴を担いだ肩に、ふいに振動を感じた。  これは携帯のバイブ機能だろう。  たぶん、こいつの仲間が連絡でも入れてきたのだろうが、俺には関係がないので放っておくことにした。  このままここにバイクを置き去りにしたら、持ち主である夏樹がまた文句を言うかとも考えたが、それはまあ、放っていてもいいだろう。  俺はホテルに向かって歩きだした。  歩きながら、自然と俺の口もとがゆるむ。  十年前の事件のあと、茫然自失と日を過ごしていたこいつに、俺は攻撃を仕掛けた。  俺の言う通りに、すべての過去と俺を切り捨て、普通の人間として暮らしていけばいいと思ったのだが。  こいつは逆に、俺と同じような世界を望んで入ってきた。  母親の形見であるロザリオとリボルバーを目印として前面に押しだしてきたのは、過去を捨てる気はないという俺に対しての挑戦であり、挑発なのだろう。 「貴様からのメッセージは、もう充分過ぎるほど、伝わってきているんだけれどね」  思わず俺は、苦笑を浮かべる。  それはそれで、こいつが自分で選んだ道だ。  ただ、こいつは、考えが甘い。  人間ひとりの命は、その人間を取り巻く世界に匹敵するくらいに重いもの。  そんな考え方は、人間として表社会で生きている連中だけに通用する。  いちど戦場や裏世界に回れば、人間ひとりの命など踏み潰される虫一匹の命に等しい。  その考えは、初期に植えつけられたこいつの人間らしい理性が邪魔をして、おそらくこれからも理解していくことができないだろう。  今回のような場に素人を連れてくること自体、こいつの甘さを露呈させている。  いつも行動をともにしている茶髪の友人はもちろん、結局いつものメンツが、この危険な現場に顔をそろえることになってしまっている。  表世界にいた素人同然の人間が、急に思いたって裏の世界へ入り、表と裏を同時にこなしていくなんて、できるわけがない。  俺のように、生まれたときから命を奪い合うレベルで、相手を倒すことを本能づけられていない限り、必ず早い段階で周囲を巻きこみながら命を落とすだろう。  実際にいま、レーザーでポイントされただけで、脱兎のごとく逃げだしたではないか。  あのレーザーは、狩りを楽しみたいB.M.D.が撃つつもりなく煽っただけだ。  それを、薬で冷静さを欠いたとはいえ物陰に身を潜めず、ハンターの前に飛びだして追いつめられるとは。  この世界に、こいつは向いていない。  いまさら引き返せといっても素直にきく性格じゃないだろうが、そういう頑固で融通の利かないところは、話に聞いていたこいつの母親の性格とそっくりだ。  さて。  次の問題は、たぶんこいつにとって超えなければならない、これからを生きていく上での人生最大の壁だろう。  こいつの仲間に、そのことをどう伝えれば良いのだろうか。  と、ここまで考えた俺の口もとに浮かべていた笑みが、ふいに深くなる。  俺が心配してやる義理はないか。

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