第2話 諜報部

「どうしたのです? なにか考えごとですか?」  事務の仕事をしていた部下の声で、私は我に返った。  高層階のしゃれた事務所内。窓からは、その近代的な都市の中心部が見渡せる、素晴らしい景色が広がっている。  そんな風景を背にした革張りの肘掛け椅子に腰をかけ、デスクで書類を手にしながら、私はぼんやりしていたようだ。目の前の書類の量は、朝から少しも減っていなかった。 「いや、考えごとというか。――そうだな。感傷的になっていたようだ。これからのことなのに」  私の言葉に、部下は、狐につままれたような表情を浮かべる。  そんな彼へ少し苦笑してみせた私は、説明するように言葉を続けた。 「今回の一件が終われば、彼は事実上引退することになっている。――引退するには惜しい腕なのだがな」 「ああ」  部下は思い当たったようだ。 「ラストダンサーのことですか。でも彼は、今後はもう仕事を続ける意思がないのだし。それに、性格が甘すぎます。私はずっと、彼がこの仕事に向いていないと思っていましたから。穏便に引退できるのであれば、それでよいのでは?」  この部下は、歯に衣着せぬ物言いをする。  コードネーム:ラストダンサー。  たしかに腕はいい。だが、その甘い性格で、何度も遭わなくてもいい危険な目に遭っている。工作員として、これ以上続けさせるのは危険だろうと、ずっと私も思っていた。 「だが今回、彼の最後の仕事で、心配な情報が二件ほど入ってきてね……」  たったいま入手した、最新情報だ。  問いかけるようなまなざしの部下へ向かって話しだす前に、私は深く腰をかけなおした。 「今回の仕事の件に絡んで、B.M.D.(ビー・エム・ディ)が来日したらしい」 「え! あのB.M.D.が……?」  彼は、驚いたような声を張りあげた。  コードネーム:ブラッディ・マッデスト・ドクター。  通称B.M.D.と呼ばれている他国の情報局のエージェントだ。性別さえもはっきりと把握されていない、冷酷な手法と残忍な性格という噂だけが出回っている。  我が所属の工作員が、できるだけ仕事でニアミスしたくない相手として、真っ先に名前をあげるエージェントだ。  部下が首を捻った。 「どこから情報が漏れたのでしょうかね? ――あ。それでは、B.M.D.が狙って出てくるということは、ラストダンサー担当の件は、もう形ができあがっているという証拠にもなりますよね」 「そういうことになるかな」  じつは、ラストダンサーが担当している件は、最初は信憑性のない情報だった。担当となった彼は、それでも時間をかけて、辛抱強くモノになるのを待っていたのだ。  いかにも穏やかな彼らしい、最後の仕事だ。  だが、私は眉をひそめた。  つぶやくように続ける。 「それともB.M.D.の狙いが、別にあるのかもしれんな……」  B.M.D.に関する噂は、もうひとつあった。  目障りな工作員を潰す趣味があるというものだ。  そうなると、今回の件でこの世界から退くラストダンサーが、B.M.D.に狙われている可能性がある。 「もうひとつ、気になる件とは?」  部下に問いかけられ、黙りこんでいた私は、気がかりな情報を告げた。 「もう一件は、『東洋のジプシー』だな」 「なんですか? 東洋? ジプシーの民は東欧に大部分がいて、東洋には……」  真面目に民族として捉えた部下に、私は片手で制しながら慌てて続ける。 「いや。私が言っているのは、そちらではなく、日本にいる……」 「ああ、ジャパニーズポリスお抱えのニンジャですか!」  すぐに彼は、ピンときたらしい。この部下も彼の情報を持ち合わせていたようだ。  私はうなずいた。 「どうやら、今回の件は、その彼も参戦してくるらしい」 「ほぅ……。ついに噂の彼の顔が拝めるかもですね」  部下は、興味をひかれたように応えてきた。  今回の舞台は日本だ。当然、日本の情報局も、遅かれ早かれ情報を聞きつけ、必ず絡んでくると思っていた。そして、送りこまれてくるらしいエージェントが、噂の彼ということらしい。  東洋のジプシーとは、特殊な力を持つと言われている、年齢不詳の日本警察の秘蔵っ子忍者だと、業界ではもっぱらの噂だった。  年若いために、大切に温存されていると言われていたが。  このタイミングで、投入されてくるとは……。  もしかしたら、彼もターゲットとしてB.M.D.におびき出されたわけではないだろうか。  なぜなのか、私は、ふっとそんな予感がした。  私としては、温存されていた彼がデビューするにしては、首をかしげたくなるような地味な仕事だと感じたからだ。それとも、深読みのし過ぎなのだろうか。  私は椅子を回し、窓の外へ視線を投じる。 「どちらにしろ、ラストダンサーが最後に担当するこの件は、一筋縄ではいかない仕事になりそうだな……」  窓の外に黒く垂れ込める雨雲を見つめながら、私は無意識につぶやいていた。

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  • アルパカ

    寿甘(すあま)

    ♡200pt 〇100pt 2019年8月9日 20時48分

    これは……罠か?( ̄ー ̄)

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    寿甘(すあま)

    2019年8月9日 20時48分

    アルパカ
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2019年8月10日 11時10分

    さあ、罠かな、どうかな~!? (・∀・)ウズウズ ←言いたくてしかたがない

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    くにざゎゆぅ

    2019年8月10日 11時10分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • かえるさん

    Neo

    ♡100pt 〇100pt 2020年6月20日 20時09分

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    お慕い申し上げます

    Neo

    2020年6月20日 20時09分

    かえるさん
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2020年6月21日 12時16分

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    「ありがとですよ!」氷川Ver.ノベラ

    くにざゎゆぅ

    2020年6月21日 12時16分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • メイド

    とんこつ毬藻

    〇50pt 2019年10月25日 12時15分

    ジプシー東洋の忍者扱いw しかし、凄そうな名前の相手が出てきましたね(´ー`) これは学園での戦いみたく簡単にはいかなそう(・ω・;)

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    とんこつ毬藻

    2019年10月25日 12時15分

    メイド
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2019年10月25日 14時29分

    ジプシーは東洋の忍者扱い…(・∀・)アハハ 今回の敵はプロのエージェント設定なので、そう簡単に出し抜ける相手ではない気がしますよね~。楽しんでもらえたら嬉しいですぅ(/ω\) コメントありがとうございます!

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    くにざゎゆぅ

    2019年10月25日 14時29分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • ひよこ剣士

    羊緋紫

    ♡2,000pt 2019年8月10日 0時23分

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    ラティナ(うちの娘)

    羊緋紫

    2019年8月10日 0時23分

    ひよこ剣士
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2019年8月10日 11時43分

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    ありがてえありがてえ

    くにざゎゆぅ

    2019年8月10日 11時43分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)
  • かぼのべら

    KUZ

    ♡500pt 2019年11月8日 16時17分

    命の遣り取りの予感……💧 仲間になりそうな優しい諜報員(*^^*) そして、俺この仕事終わったら結婚するんだ。と同レベルなフラグが! 無事引退してほしい💦

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    KUZ

    2019年11月8日 16時17分

    かぼのべら
  • ちびドラゴン(えんどろ~!)

    くにざゎゆぅ

    2019年11月9日 9時57分

    今回は甘く見ていたら殺られるレベルでいきたいと思います(・∀・) なんと!? 良いところを突いてまいりましたね…!! ぶっちゃけ合っているんですよw  仲間になりそうな優しい諜報員「この仕事が終わったら彼女に告白して付き合うんだ」(・∀・)ニヤリ 楽しんでもらえたら嬉しいですぅ☆

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    くにざゎゆぅ

    2019年11月9日 9時57分

    ちびドラゴン(えんどろ~!)

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