第8話 ほーりゅう

 校内は、着々と文化祭の準備が進められている。  クラスで行うことになった舞台の『ロミオとジュリエット』も、主役のふたりを両方とも男子がすることになってはいるけれど。意外とお笑いだけにとどまらず、なかなか出来栄えがよい様子だ。  普段の生活からクラスメートに対しても演技しているようなふたりなんだから、演技がうまいのはあたりまえかなぁなんて、わたしは他人事のように眺めている。  もっとも、主役のひとりとなるジュリエット役のジプシーは、練習はするけれど、当日本番まで衣装を着ないと頑張っていた。  サイズの確認をしたいんだけれどなぁと文句を口にする女子を、かたくなに拒み、うまく逃げ回っている。  そこまで、逃げなくていいのになぁ。  傍観者のわたしは、楽しいんだけれどなぁ。  ジプシーは童顔だし、よく見たらなかなか整っているから、きっとドレスが似合うと思うんだけれどなぁ。  その幼い顔立ちのせいで、もしかしたら本当に女の子に見えるかもしれないなんて、口にだしたら怒られそうなことも考えちゃう。  そんなわたしは今回、夢乃と一緒に衣装係を担当している。  今度の文化祭では使わないからと、快く演劇部が貸してくれた衣装の微妙な寸法調整をしながら、ほつれを直していった。  すぐにわたしは不器用だとクラスの女子にバレちゃったけれど、それでもわたしは一生懸命ちくちくと針を動かしたりする。  いまのわたしには考えることがいっぱいあったので、放課後に残って、この黙々とする作業が、とてもありがたかった。  考えること。  ――もちろん、ジプシーのことだ。  わたしはあのとき、ジプシーの家族が事件に遭って殺されたと聞かされても、実際のところピンときていなかった。次の日、本人を目の前にしても、新聞の三面記事を読んでいる気分だけだった。  わたしにはありがたいことに、物心ついてから亡くなった親戚や知り合いがいない。だから当事者が味わうであろう、その悲しみはわからない。全然想像がつかない。  わたしは、想像できないことは考えない主義だ。だって、考えたって本当にわからないんだもの。  なので、深く考えることはやめにした。  その代わり、もうひとつのことを考える。  それは、我龍という人のことだ。  あれだけ嫌っていると聞かされたので、もうこれ以上はジプシーからは聞きだせない。  けれど、わたしと同じ超能力を持っているという人なのだ。  ジプシーと敵対しているなんて、怖い人なんだろうか?  なんといっても、名前と同様に、背中に龍の彫り物をしているという超能力者だ。同年代でも、もしかしたらものすごく厳つい人なのかもしれない。  なんて考えると、わたしの想像は尽きない。  わたしは生まれつき、超能力らしき力を持っている。でも、まったく制御ができない。  そんな制御不能なわたしに、能力の使い方を教えてくれちゃったり、しないだろうか?  しないだろうなぁ。  でも、ひょっとして……?  なんて、都合のいいことも考えちゃう。  ジプシーは、きっと嫌がるだろうけれど。  ――わたしは、我龍に会ってみたい。 ◇◇◇  そんなことをつらつらと考えているあいだに、ついに文化祭当日がやってきた。  クラスの舞台は1120分から30分間。集中して演じたり観たりするには、そのくらいの長さの時間なのだろうか。  わたしが直接舞台にあがるわけではないけれど、舞台の前はどうしても緊張するしバタバタする。だから、舞台が終ってから模擬店を満喫しようかなぁなんて、気楽に考えていた。  そういえば、ジプシーも京一郎も、申しこんでいた後夜祭のライブステージに出られるって言っていたっけ。練習風景も全然見せてくれなくて、ふたりでこそこそと相談しながら進めていたらしい。  楽しみは楽しみなんだけれど、なんかわたしも夢乃も仲間はずれって感じがする。  そして、文化祭がはじまる時を過ぎた。  すでに周囲が賑やかになりつつあるなかで、教室では、しっかり者の副委員長の夢乃が仕切って準備が進んでいる。 「みんな、道具とか手順とかの最後のチェックをお願いね。あと、最後の衣装合わせのために舞台にでる人は、こっちに集まって」  それまで夢乃にすべてを任せきりで、ぼんやりと窓の外を眺めていた委員長のジプシーは、ハッと我に返ったように振り向いた。 「え? ――いま? ジュリエットの衣装を着るのか? まだ早いだろ?」  そんなジプシーに、夢乃は、さすがに仕方がないという表情を浮かべてみせた。 「委員長。あなたは遅いくらいの衣装合わせなのよ。いままで一度も試着していなかったんだもの。それに寸法が違っていたら、いまこの場で直さないといけないでしょう?」  夢乃の言葉を受けた衣装係の女子が数人、ジプシーのほうへとにじり寄った。そんな彼女たちの表情が、とっても嬉しそうだ。  じつは皆、陰陽術などを使うとされている怪しげなジプシーなんだけれど、見た目は整った顔立ちの彼に、機会があれば興味本位で近寄りたいのだと思う。  なので今回、ここぞとばかりに名目をつけて絡みたかったに違いない。 「うそだろ?」  あの、何事にも動じないようにと無感情を貫いているジプシーが、彼女たちの気配に迫力負けをして後ろにさがる。なんか不謹慎だけれど、わたしは見ているだけなので非常に面白い。  なのに。  ジプシーと女子のあいだに、突然京一郎が割って入ってきた。 「ほら、のけよ! 俺がこいつの着替えを手伝うから、ほかの連中はみんな教室からでろ!」  そのとたんに、女子は一斉に京一郎へブーイングを浴びせるが、京一郎が怖いのか、こちらは少々迫力がない。 「楽しみは、あとにとっておけって言ってんだ! ほら、さっさとでていけ!」  京一郎に怒鳴られた女子は、全員悲鳴をあげながら、逃げるように教室から飛びだしていった。  それを笑って見ていたわたしも、京一郎に教室の外へつまみだされる。  ――減るもんじゃないし、別にいいじゃん。  けち。

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