第16話 ほーりゅう

「あの女、俺に平手打ちを食らわす前に、信じられないって言っただろ?」  呆気にとられて聞いているわたしと夢乃へ向かって、ジプシーは、彼女の戸籍や家系図などの資料に目を落として続けた。 「あのとき、俺が術にかからなかったことを、あの女は信じられないって言ったんだ」  ――術?  ってことは、彼女は裏世界関係の敵じゃなくて、陰陽道関係の敵ってこと?  とっても可愛い、ただの女子高生にしか見えなかったのに。  そんな力があるようには、とても思えなかった。 「京一郎が調べてくれた資料を見る限り、彼女の家や血縁関係に、陰陽道との関わりがない。ただ陰陽術のなかには、知識や力のない素人でも扱える蠱毒(こどく)犬神(いぬがみ)のような術も多くあるから、もう少し調べる必要がある」 「ジプシー、あのさ」  わたしはどうしても気になったので、話の途中だったけれども、割りこむように口をはさんだ。  ジプシーは、ちらりとわたしへ視線を向ける。 「彼女、あの一瞬で、どんな術を眼で仕掛けてきたの? それにジプシーが術にかからなかったってことは、ジプシーのほうが陰陽師としての力が上だったってこと?」  ジプシーは、おもむろに腕を組みながら、わたしの疑問に答えてくれた。 「断言できないが、あの状況を考えたら傀儡術(くぐつじゅつ)か。俺にイエスの返事をさせたかったんだろ。だから俺は、彼女の眼を見る前に、自分のかけている眼鏡に防御結界を張った。力や状況判断としては、あの時点では俺のほうが上だったな」 「――傀儡術って、なぁに?」 「傀儡術は、簡単に言えば、相手を操り人形のように術者が動かすことのできる術かな」  彼女、そんな術を使ってまで、ジプシーと付き合いたかったのかな?  恋する乙女は、手段を選ばないのだろうか。  その彼しか、目にはいっていないのだろうか。  相手が自分のことを想ってもいないのに、付き合うのもどうかと、わたしは思うんだけれどなぁ。 「京一郎は、どう思う?」  わたしがおとなしくなったので、ジプシーは、京一郎に視線を移して声をかける。  京一郎の考える麗香さんの、不透明な10パーセントって、ジプシーと同意見なのだろうか。 「――ジプシー、おまえさぁ」  すると、いつになく真剣な顔で、京一郎がジプシーの表情をうかがう。 「今回の彼女は、おまえの性格上、敵としか、みなしていねぇだろ」 「? ――なにが言いたい」  珍しく細部において、意見の食い違いがでたのだろうか。京一郎とジプシーの視線が、空中でぶつかる。  その視線をそらさずに、京一郎は続けた。 「おまえのなかの人間のカテゴリーは、敵か味方か一般人の、三つだけに分かれてんだろう? そりゃま、今回の彼女は敵の部類だろうさ。だが、俺の考える残りの不透明な10パーセントはカテゴリーとしては、女、だ」  意味が理解できないという顔をして、ジプシーは京一郎を凝視する。 「まあ当たってりゃ、俺の言いたいことは追々わかるだろうが、俺の勘が外れてりゃ、やり方はいつもと一緒でいい。おまえに任せる」  しばらく無言でふたりは見つめていたけれど。  珍しく、ジプシーのほうが、先に視線をそらせて頭をかいた。 「わかった。視野に入れておこう。なんと言っても、京一郎の勘だからな。ただ、――俺にはただ単に、女と言われてもなぁ……」  なんだろう?  なんか、なぜだかジプシー困っている感じがする。  これは面白いかも。  わたしは、めったに見られない戸惑うジプシーを、にやにやとしながら眺めていた。  でも、わたしも京一郎の言う意味が、わかんないんだけれどね。 ◇◇◇  放課後、わたしと夢乃は明子ちゃんたちから、甘味処にいこうと寄り道に誘われた。  もしかしたら、朝の出来事に興味津々の明子ちゃんが、わたしたちから逆にジプシーの情報や動向を知りたいのかもしれない。 「相手の片鱗が見えたから、こちらは精神的に落ち着いている。おまえたちが俺についている必要はないから、気にせずいってこい」  ジプシーはそう告げると、教室で、わたしや夢乃と別れた。  京一郎は、先に教室をでたのだろうか、早々と姿をくらませている。  そういえば京一郎、午前中はバイクで情報集めに走り回ったって言っていたからなぁ。  普段は歩いて学校にきている京一郎も、移動手段の違う今日は別行動になるってことだな。  わたしと夢乃は、今日に限って全員が別行動だというこの大変な事態を、あまり深く考えていなかった。

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