第7話 ほーりゅう

 そのとき、教室の後方で音がした。  ぼんやりと考えごとをしていたために不意をつかれたわたしは、なんの抵抗もなく振り返る。すると、ひとりの男子生徒が教室のドアを開けて、姿を現したところだった。  彼は、急ぐ気配もなく、ゆっくりと入ってくる。  すらっとした細身だが、高校一年生としては肩幅も上背もある男子だった。  染めているのであろうか、きれいな透明感のある茶髪をしており、その長めの前髪の下には、こちらも色素が薄いのか透き通った茶色の瞳があった。  教室へ足を踏みいれた彼は、見知らぬわたしに気づいたのか歩を止める。  その茶色い瞳は、じっと彼を見つめるわたしの顔に鋭く向けられた。  けれど、すぐに興味を失ったように、あっさりとそらされる。  つい、視線をはずすタイミングを失ってしまっていたわたしは、ほっと息を吐いた。どうやら無意識に息を止めていたらしい。彼の放つ威嚇するような気に反応して、わたしのほうも緊張をしていたようだ。  そのあいだに彼は教室のドアを閉め、無言で廊下側の一番後ろの席へとついた。  慌てて、わたしは前を向く。  彼が入ってきたことに気づいているであろう先生は、なにも言わなかった。彼が入ってくる少しのあいだだけ中断された授業は、すぐに何事もなかったかのように再開される。  さすがに気になったわたしは、先生の視線がこちらへ向いていない隙に、隣の席の夢乃へ声をかけた。 「ねえ。遅刻をしても、お咎めなしなの?」  黙々と黒板の文字を写していた夢乃は、わたしのささやきに反応して顔をあげた。  そして、夢乃は目だけで後方の彼の様子をうかがうと、黒板前の先生が生徒のほうを見ていないことを確認して口を開く。 「彼は城之内京一郎(じょうのうちきょういちろう)。授業にでてきたらいいほうなのよ。静かに授業ができるなら、先生も彼に対しては文句を言わないわ」  そんな彼が気になったわたしは、新品の教科書を立てて先生からの視線をかわしながら、もう一度こっそり振り返って様子をさぐってみた。  彼は、おとなしく席についているけれど、すでに眠たそうに片肘をたてて、あごを乗せていた。その机の上には、教科書さえ乗っていない。  この進学校でも、そんな生徒がいるんだ……。 「あなたも、彼には近づかないほうがいいわ」  そう続けて聞こえたので、わたしは夢乃のほうへ視線を戻す。わたしの不思議そうな表情に、夢乃は眉根を寄せて、ちょっと困ったような顔をしてみせた。  軽く肩をすくめてみせると、彼の存在が気になっているわたしへ牽制するように、言葉を続けた。 「彼、お父さまが極道の組長をしているそうだし、彼自身も暴走族のリーダーをしているの。普通の高校生活を送りたければ、彼に関わらないほうがいいわね」  目を見開いたわたしを見て、いかにも真面目そうな夢乃はきっと、これ以上この高校やクラスの悪い印象を与えないほうがいいと判断したのだろうか。  それっきり、夢乃は口を閉ざしてしまった。

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