第14話 ほーりゅう

 はっきり口にだして、付き合ってくださいと、彼女は言った。  わたしは、大胆にも他校の教室へ乗りこんできて、ジプシーに告白をした彼女の度胸に驚く。  たしかに文化祭のあとから最近まで、ジプシーは人気があった。  机や靴箱のなかに入れられていたラブレターは、かなりの数になっていたはず。  いまでも密かに人気があるのだろうけれど、京一郎のひどい暴言で、それを上回る近寄り難さがでたために、いまはもう誰も手紙を渡そうなどと考えない。  ――そういえば。  ジプシーってラブレターはたくさんもらっていても、直接言葉で付き合ってほしいとは、言われていなかったと思いあたる。  きっと、わたしが知っている限り、初の生告白だ。  わたしは興味津々で、彼女をじっくり観察した。  麗香さんっていうんだ。先ほど窓からのぞいて見た印象と変わらない。  京一郎のいうロリータファッションの似合いそうな、ゆるいくるくるロングヘアーで、モデルでも通用しそうな小顔。こうして実際に会っても、細身ながら場が華やかになるようなオーラを持っている。  かなり、いや、これ以上はそうそういないであろう、可愛い女の子だ。   しかし、なんで放課後じゃなくて、こんな朝っぱらから他校にきたんだろう?  自分の学校はどうしたんだろうか?  そうそう、ジプシーが最近気配や視線を感じたりするって言っていたあれは、イメージが違うけれど、この彼女じゃないのかな?  だとしたら、やっぱりわたしが言っていた一般人のストーカーの線で当たりじゃん!  黙ったままのジプシーへ、彼女はふたたび、同じ言葉を繰り返した。 「わたしを彼女にしてほしいんです。お願いします」 「ごめん。いまは誰とも付き合う気がない」  麗香さんが言い終わるかどうかのタイミングで、ふいに視線をそらせたジプシーが、いつもの不愛想さのままで告げた。  わたしも、遠巻きで見ていた数人のクラスメートも、その拒絶の早さに呆気にとられる。  彼女も、とっさに理解ができなかったらしい。瞳を大きく見開き口もあけたまま、困惑の表情となって固まっていた。  ――ジプシー。  断るにしても早すぎるって。  それに、もう少しやんわりとした言葉を選んだほうがいいのでは?  恋愛経験がないわたしでも、これはさすがにひどいと思った。  これじゃあ、勇気をだしてここまできた麗香さんが、かわいそう過ぎるんじゃない? 「――付き合う気がないってことは、いま、彼女はいないってことですよね?」  ようやくという感じで、麗香さんが声を絞りだす。  この言葉を聞いたジプシーが、視線をぐるりと移して、一瞬わたしの顔を見た。  そうか。  一昨日の囮デートもどきを気にしたんだ。  でも、あれは本当に囮だから、どう考えても彼氏彼女としてのデートじゃないでしょ。  ジプシーもそう考えたのだろう。  無感情に麗香さんへ向かって返事をした。 「いないし、これからもしばらくは、誰とも付き合う気は、ない」  ジプシー、はっきり言い過ぎ。  それでも、麗香さんは食いさがった。 「視線をそらさないで。わたしの眼を見てもう一度、返事をもらえますか?」  教室内の気配を察したのか、廊下にもほかのクラスの生徒で、ぼちぼちと人だかりができはじめてきた。なにやら騒ぎが大きくなってきたようだ。  京一郎は面白そうに、ジプシーの後ろでにやにやと眺めている。  そのとき、ジプシーは彼女から視線をはずしたまま、かけている眼鏡の真ん中に左手の中指を添えて、なにかを口にした。  あまりにも小さなつぶやきだったので、わたしの耳にはもちろん、麗香さんにも聞こえなかったらしい。 「なんですか? わたしの眼を見て言ってください」  繰り返されたその言葉に、ジプシーは、ゆっくり視線をあげた。  そして彼女の眼を真正面から見据えると、一拍おいて、はっきりと言い切った。 「残念だが、きみと付き合う気は、まったくない。さっさと帰ってくれないかな」  驚愕の表情で、麗香さんは小さくつぶやいた。 「そん、な……信じ……られない……」  次の瞬間、教室に、平手打ちの派手な音が響いた。  思わずわたしは、自分の顔を両手でおおったけれど。指のあいだから、その瞬間をしっかり見ていた。  かなりの威力を持った彼女の平手打ちは、ジプシーの眼鏡を、わたしの足もとまで飛ばした。ジプシーはよろめいたけれど、後ろにいた京一郎が、慌ててジプシーの両肩を抱きかかえて踏みとどまる。  皆が呆気にとられて、しんと静まり返った教室から、麗香さんはひとり飛びだした。  教室が一気に大騒ぎとなったのは、彼女の姿がすっかり見えなくなってからだった。誰もジプシーに声をかけないけれど、それぞれが遠巻きにちらちらと見ながら、憶測で話をはじめる。  普段からあまりクラスメートとの親交を持たないジプシーだから、まあ、そのへんは仕方がないかな。  わたしはしゃがんで、足もとに飛んできた眼鏡を拾った。  大丈夫。  割れていないし、歪んでもなさそう。  それから、眼鏡を渡そうと、わたしはおそるおそるジプシーに近づいていった。  平手を食らった頬を押さえ、まだうつむいているジプシーの反対側のあいている手に、わたしは眼鏡を押しつける。 「はい、眼鏡……。でもさ、いまの断り方は、さすがに酷かったかも……」  わたしの舌は、そこで凍りついたように動かなくなる。  こみあげてくる嬉しさが抑えれらないという感じの笑みが、ジプシーの口もとに薄っすらと浮かんでいたからだ。  ――この男、笑ってる!  なんで?  どうして笑っているの?  わけがわからず、恐怖さえ覚えたわたしは、思わずあとずさる。  そして、無意識に京一郎の姿を探していた。  いない。  さっきまでジプシーの後ろにいたのに!  すると、次々と登校してくるクラスメートの向こう側で、逆に教室からでていこうとする京一郎の姿を見つけた。京一郎は、わたしより先に追いついた夢乃へ向かって、なにかをささやいてから、教室を飛びだしていく。  わたしは、困ったような表情の夢乃へめがけて走り寄った。 「夢乃! 京一郎は? なんて言ったの?」 「いまから早退。また昼休みにくるって」  夢乃はわたしへそう耳打ちしたあと、さらに声をひそめて続けた。 「さっき、ジプシーが京一郎に支えられたときに、敵が動いたって伝えてきたそうよ」  敵が動いた?  誰が、どのように?  わかっていないわたしは眉をひそめ、夢乃の顔を見つめた。夢乃は、そんなわたしの表情を見たあと、ちょっと考えるように小首をかしげる。  それから、おもむろに口を開いた。 「ほーりゅう。いまの女の子、高橋麗香さんって可愛かったわよね」  うん。 「あんなに可愛い子だったら、普段はどんな子なんだろうとか、ジプシーに告白しにくる前って、どんな彼氏がいたのかなぁとかって、気にならない?」  なる。 「このクラスの明子ちゃんって、そういう情報も詳しそうよねぇ」 「明子ちゃんに聞いてこようっと! やっぱり夢乃も、噂話は気になるよね!」  そう言って、すぐに、わたしは明子ちゃんのところへ飛んでいった。  あとから考えると、たぶんわたしの行動って、夢乃の思惑通りに動いたんだろうな。  だから、そのあとすぐに、夢乃がほかのクラスや上の学年をあたって、彼女の情報集めをしていたなんて、知らなかったよ。

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