第39話 ほーりゅう

 しぶしぶといった感じのわたしは、ジプシーのあとに続いた。階段をゆっくりと降りながら、言われたとおりに一昨日練習したことを思いだして、力を呼び起こそうとする。  そうだよね。これが今回のわたしに任された使命だもん。  さすがに今日は本気でやらないと。  わたしの目的は――彼女と超能力で闘って、彼女の力がオーバーヒートするまで追いこむことだ。  うつむいて集中集中と思いながら階段を降りていると、突然、一階分だけ降りたところで立ち止まったジプシーの背中にぶつかった。 「痛ぁ~い! なによ、急に立ち止まらないでったら」  わたしは、鼻の頭を押さえながらジプシーを見あげると、彼は横を向いたまま無表情で黙っている。訝しげにわたしも、同じように彼の視線を追って横を向くと。  一昨日と同じ三階の廊下の向こうに、麗香さんが制服姿でひとり、立っていた。 「あなた、わたしをひとり、呼びだしておいて、自分は仲間連れ? あなたも、ひとりでくるものだと思っていたのだけれど」  麗香さんは、わたしをまっすぐ凝視して口を開いた。怒ったような強張った表情だけれど、不思議なことに、怒りは、彼女の可愛らしさのなかにある美しさを彩る。  わたしは、神秘的なものを見るように、視線が釘付けになりかけた。  ――けれど。  いやいや、見とれている場合じゃない。わたしは彼女と闘うために呼びだしたんだ。  ん?  実際に彼女を呼びだしたのはジプシーなんだけれど、わたしが呼びだしたってことになってんの? 「俺と夢乃は見届け人だ。邪魔する気はねぇよ。もっとも、よけいな邪魔者を連れてきていたら排除しようかと思っていたが、あんたはひとりでやってきたようだし」  夢乃を背にかばい、京一郎がそう言って、両方の手のひらをあげてみせた。  麗香さんは京一郎を一瞥し、そのままジプシーへと視線を移す。 「あなたは、なぜここにいるの」 「なぜって。自分の彼女がこの遅い時間に出歩くなら、普通はついてくるだろ」  しれっと悪びれた様子も見せずに、ジプシーは答える。 「あなた、この前に自分で、彼女はいないって言ったじゃない!」  思わず叫んだ彼女に、ジプシーは無表情で返した。 「じゃあ訂正だ。こいつとの関係は、おまえが見た通りだ」  見た通り?  わたしは、いままでのことを思い起こす。  それは、喫茶店での偽デートや公園での偽ラブシーンや一昨日のバカップル姿ってこと?  それって、更なる誤解を招くのでは?  案の定、麗香さんは、ぎりっとわたしを見据えた。 「わたしに見せつけるために呼びだしたの? それなら、覚悟はできているのでしょうね」  そう言った彼女の周りから、ふいに覚えのある花の香りが広がった。  これって。 「いい香り。麗香さん、これ、なんていう名前の香水?」  思わず訊いてしまったわたしの後頭部を、ジプシーは左手でガシッとつかんでささやいた。 「おまえ、状況をわかってる? 本当に、思ったことがなんでもすぐに口から出る女だな」 「だってぇ! 気になるじゃない?」  バカップルモードに入りかけたと思ったとたんに、夢乃へ耳打ちする京一郎の声が聞こえた。 「俺、こうやって外野から傍観していたら、ジプシーって自分に気のある女ふたりを喧嘩させている非道(ひど)い奴に見える」  だから!  わたしはジプシーに対して、全然その気はないんだって!  今回も巻きこまれた形なんだってば!  なので。  そんなわたしの、ささやかなジプシーへの抵抗と逆襲の意味をこめて。  バカップルモードを目の前で見せつけられそうになって、キレかかった表情の麗香さんに人差し指を突きつけると、わたしなりに考え抜いた挑発の言葉を口にした。  ええっと。 「麗香さん。力ずくでわたしに勝ったら、ノシつけてジプシーをあげるわよ。好きにしたらいいわ! さあ、わたしからジプシーを奪ってみなさいよ!」  横で、「げ、マジかよ」とつぶやくジプシーの声。  後ろで大爆笑の京一郎。  でも、どんな形でも彼女が最大の力を出してかかってくるように仕向けることができたら、今回はOKなんでしょ?  だったらわたし、間違ってないもぉん。 「――それじゃあ、お言葉に甘えて」  そう言って、わたしを見据える彼女の眼。  怒りで異様な光が反射しているような眼。 「おまえ、いま、なにも考えずに彼女の眼をみつめていないか?」  耳もとでささやくジプシーの声に、わたしは、はっと我に返る。  え?  ――あ! そうか、彼女の術!  そう気づいた瞬間、麗香さんは、右手を下からすばやく振りあげた。ジプシーが同時に、わたしの手首をつかんで自分の腕のなかに引き寄せる。  呆気にとられたわたしが見たのは、さっきまでわたしが立っていた廊下の床の表面に亀裂が走り、背にしていた窓ガラスが砕け散るところだった。  廊下の床に走った亀裂が、大きく広がる。さっきまでわたしが背にしていた壁と窓ガラスが砕け、下から切り裂いた形になったためか、校舎の内外にガラスの破片が飛んだ。とたんに、三階の廊下へ吹き込んでくる、外からの冷たい空気。  その空気に触れて頭が冷えたわたしは、落ち着きを取り戻す。  いま、この彼女と闘うのは、そうだ、わたしだ。

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