第24話 ジプシー

 他界した母親が、まだ小学校へあがる前の俺に告げた話だ。 『ロザリオの中心、ここには、緑色をした本物の石が入るのよ。ヴェナスカの地にだけ存在する、カディアという名前の不思議な力を持つ石なの。石それぞれに四つの属性があって――この地でいうところの五芒星・聖杯・杖・剣。でも、意思を持つ、その本物の石は一族にしか伝わらない。だから、このロザリオを作ったときにレプリカだとわかるように、填める石を青色にしたの』  童話を語るように綴られた言葉は、たしか、そんな感じの内容だったはずだ。  当時六歳だった俺は、理解できない言葉が多くて聞き流していた。  いまでは、話の内容自体は理解できている。  改めて俺は、手の上に乗っている彼女のロザリオへ視線を落とした。  そこにあるのは、間違いなく緑色の石だ。  ――ああ、そうか。  これが母の言っていた、不思議な力を持つ本物の石なのだ。  だが、急にいま、彼女へ自分が知っているすべてを告げるには、俺の気持ちの整理ができていなかった。  なぜなら、それを語るにははずせない、俺がこの世でもっとも憎むべき相手のことも、彼女に話さなければならなくなるからだ。  だから、まだ口にする覚悟ができていない俺には、この場で、彼女の希望に応えることができなかった。 「――悪い。なにも思いだせない」  そうつぶやきながら、俺は彼女へロザリオを返す。  俺の言葉に、彼女は明らかに落胆したような表情を浮かべた。  だが、このロザリオの秘密に関する糸口は、おそらく俺からしか見いだせないだろう。俺のもっとも憎むべき――奴との接触さえなければの話だが。  最初に、知っていることをすべて教えると言いきったのに。想像していたよりも複雑で根が深い彼女の話に、俺は、知っていることを隠してしまった。その後ろめたさに襲われる。  そのため、俺が気持ちの整理をつけるまで、それがいつ、どのくらいの時間を要するのかわからないが、彼女が俺からの告白を待てるのであればと考えて、言葉を続けていた。 「――だが、そのうちロザリオについて、なにか思いだすかもしれない。それまで待っていてくれるなら、まあ、どうせ同じクラスだし……。俺の周りを邪魔にならない程度になら、うろついてもかまわないが……」 「本当? ありがと!」  そのとたんに、たちまち顔をほころばせたほーりゅうは、とても嬉しそうに俺へ笑いかけてきた。 「あんたが思いだせるように、わたし、なんでも手伝うからね!」  すぐに元気を取り戻して、いまにも暴走しそうな彼女の様子に一抹の不安を感じたのは、俺の気のせいだろうか。  だが、それは一瞬のことで、またしても彼女がおとなしくなった。その緊張感が漂う面持ちから、なにか告げる言葉があるのだろうと想像する。  俺は、彼女のほうから口を開くまでと考えて、なにげなく夜空を見上げた。  昼間の晴れた空と同様に、いまもくっきりと星が見えている。あれは――みずがめ座か。そばには、うお座。アンドロメダやカシオペアも光を放っている。  星座の知識はすべて頭のなかへ詰めこんでいるが、こうやって実物をゆっくりと眺めるのは久し振りだ。  そんなことを考えながら黙って見あげている俺のそばで、ほーりゅうも、しばらくブランコを揺らしていた。  そして、ついに思いきったように顔をあげると、彼女は話を切りだした。 「――今日、あんたは、わたしの不思議な力を見たでしょ?」 「いや。その件に関しては明日、学校で聞くことにする」  俺がすぐに話をさえぎったので、出鼻をくじかれた彼女は、たちまち眉間にしわを寄せた訝しげな表情となる。  不思議な力は、いまの俺は、聞くまでもなく石の力だと理解をしている。だが、これからのことも含めて、夢乃と京一郎も一緒に話を聞いたほうがいい。  そう考えた俺は、彼女へ言葉を続けた。 「おまえの不意打ちを食らったっていう京一郎は、おまえのその力を食らったってことだろう? 明日、京一郎と一緒に聞くよ。おまえだって二度も同じ説明をしたくないだろう?」  なるほどとつぶやいて、少しほっとした表情になった彼女は、小さくうなずく。  それを合図に、俺は、もたれかかっていた柱から身体を起こした。 「家まで送るよ。どこ?」

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