『彼らは、植物に類似した機能を持ち合わせている。菌類・コケ類の進化を紐解く上で重要になると考えられる。』 ーー独立法人外来生命体研究所 地球外部門 副主任 Oの手記より

捕まえざるは湯気のごとく

 ーーうろん。  確かにそう言っていた……と思う。しかし、もう十数年前の記憶。曖昧なのも仕方ない。  俺は手にしたうろんのパッケージをまじまじと眺める。田舎で作られたせいか、簡素でありながらどこかしら奇妙なそのデザインはややもすれば海中のサメの卵と間違えられてしまうかもしれないほどに、生理的に受け入れがたいものであった。  ーーうろん。まさか……ね。  その中にあったのは紛れもなくうろんの乾麺だったのだから、そんなはずはないと苦笑いをした俺の耳にボコボコと言う音が聞こえてきた。どうやら鍋が沸騰したようだ。鍋蓋を取るともうもうと湧き上がる湯気。俺は残り半分のうろんをパラパラと投入しながら、湯気の中に当時の情景を映し出していた。  ◇ 「えー、なんで、ダメなのな、ばあちゃん?」 「そんれは言えん……。けんどなぁ……。」  ーーうろん。  見せたことのない険しい表情で、俺と弟を嗜める祖母。 「アレだけは、絶対にいけん!」  祖母は語気を強めてうろんを拒絶した。と、その時奥の部屋のふすまがスゥーッと開き、そこからズルリ、と祖父が這って出てきた。突然のことに、俺と弟はギョッとして立ちすくんでしまった。 「婆さんや。うろん……、うろんを……。」  足腰が弱った祖父は奥の部屋に籠もりっぱなしで、ここ数年俺や弟は祖父の顔も見たことがなかった。久しぶりの対面ではあったが、その見るに堪えない姿に、嬉しさよりも、悲しさと哀れみと、そして言葉にできない恐怖と嫌悪が俺の感情を支配していた。ああはなりたくない、と。 「……わかった、わかったから爺さん。部屋に持ってくから、戻ってくんれ。」  祖母がそう言うと、祖父はおとなしく、後ろ這いして奥の部屋へと消えていった。 「ねぇ、おばあちゃん。なんでおじいちゃんはいいの?」  ーーうろん。 「……爺さんは……仕方ないけん……仕方ないから……仕方ないんね。」  祖母は俯き気味で少し寂しそうな顔をしながら、そう繰り返していた。  ◇  この数年後、祖母のほうが先に他界した。おそらく祖父の介護と心労が祟ったのだろう。結局、うろんのことはそれきりだった。  しかし、あまり長くはないと思われていた祖父は、今でも存命なのは驚きだ。相変わらず家の中を這って逞しく生きている、というのを先日母親から聞かされた。  ーーアレって、なんでだったんだろうなぁ……。うろんの何がいけなかったんだ……。うろん、うろん……。 『ピピピピピピピ……』  キッチンタイマーが代わり映えのしない電子音で俺の意識を引き戻す。ハッとした俺はシンクの蛇口を最大にひねりジャージャーと水を流す。その下に水洗いしたザルを置き、鍋の中のうろんをざぁっと流した。すると、突然脳内のばあちゃんが血相を変えて、いけんいけんと俺を止める。なんでそんなに必死なんだろう。そんな事が頭をよぎりつつ鍋の中身をすべてザルへと流した。 「あれ!?」  どういうことか、ザルには受けきれないほどの量のうろんが大量に排水口へと逃げて行った。湯気に当てられボーッとして分量を間違えたか、と乾麺の袋を見ると、中にはまだ半分ほどの乾麺が残っていた。  ーー……俺は……残りの半量を全部鍋に入れたハズだ。  奇妙な出来事に、どういうことだ、とあたりを見回すと、窓の外はいつの間にか夜の帳が降りていた。  もしかしたら俺は軽度の熱中症になっていたのかもしれない。そのせいで、前後不覚状態でうろんを茹で続けてのばしてしまったのかもしれないな、と自分に言い聞かせた俺は、ザルから溢れんばかりのうろんをテーブルへと運ぶと、考え事に集中して眠っていた空腹がにわかに目を覚ます。  ーーああ、うろんが早く食べたい、うろん、うろん、うろん……。  湧き上がるうろんへの衝動。まるで自分が自分ではないような感覚。居ても立っても居られなくなった俺は、ザルに箸を乱暴に突っ込むとそのままうろんを口に頬張るのだった。

うろん……。うろんですね。

あなたのうちにも、うろんはあります。
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  • 小籠包

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