『彼らは植物の胞子生殖のように、胞子嚢から胞子をを飛ばして繁殖可能な培地を求める。 水分を得ると自走するので遊走子とみなしてよいだろう。 ただ、植物のそれと違うのは、胞子嚢自体を飛ばすところにある。』 ーー独立法人外来生命体研究所 地球外部門 副主任 Oの手記より

明け方のザル、電話のベル

 ツルツルツルッ……うろん。  ズルズルズルッ……うろん。  ーーどこかで、誰かがうろんを食んでいる。  ツルツルツルッ……うろん。  ズルズルズルッ……うろん。  ーー飽くことなく、うろんを食んでいる。  ツルツルツルッ……うろん。  ズルズルズルッ……うろん。  ーーまだ俺は眠いんだ、そろそろ静かにして欲しい。  プルルル……ガチャッ。 『ただいま留守にしております。ピーという発信音の後に、お名前とご用件をお話ください。』  うろんを啜る音だと思っていたのは、家の電話の着信音だったようだ。脳だけが覚醒し、体はまだ寝ているなのか、目を開けようとしても開かないし、上体を起こそうとしてもうまく動かない。  ピー。 『あ、兄貴?こんな朝早くから出かけてるの?俺、宗篤(むねあつ)だけどさ……。』  電話の主は弟の宗篤(むねあつ)のようだ。アイツから電話をかけてくるなんて珍しい。何かあったのだろうか。 『急ぎだけど、いないんじゃ仕方ねえや。また電話する。』  そう言って宗篤(むねあつ)は電話を切った。久しぶりの事だから、出来ることなら出てやりたかったが、体が動かないのだから仕方ない。なるべくすぐに折り返してやろう、と思いつつ、まどろみの誘惑に負けた俺は、ゆっくりと聴覚を遮断し始める。とその時。  『ズルズリジリジリジリ!!!』  「うわっ!」  目覚まし時計がけたたましく定刻を告げた。寝入りばなの出来事に、脳と神経が即座に接続され身体ごと覚醒する。体を起こす元気もないので、少し離れたところにある目覚まし時計までズリズリと這い乱暴にボタンを叩く。重たいまぶたを精一杯に開き時計を見ると、まだ3時を指し示していた。正確な時刻を告げることができなくなった古した目覚ましに憤りを覚え、再びその場に倒れ込んだが、変に覚醒を繰り返したせいでなかなか入眠できない。仕方ないので気分転換を兼ねて体を起こす。  するとそこには、大きなテーブルと、ろくに食べずにザルに残ったうろん。どうやら俺は昨夜うろんを食べながらそのまま寝てしまったようだ。  ーーけっこう食べたと思ったんだけどな……。  半覚醒の脳は昨晩のおぼろげな記憶をたどるも面倒だと言う感情がそれを遮断する。怠惰に任せ考えるのをやめた俺は、食器棚からコップを取り、冷蔵庫でよく冷やした水をついで飲む。急に冷えたせいか、こんどは尿意を催す。  ーートイレでも行くか。  キッチンならトイレはすぐそこ。これ幸いとトイレで用を足して、洗面所で手を洗う。その時、寝ぼけ眼で鏡を見た俺は、Bluetoothイヤホンを付けたまま寝ていたことに気づく。その大きさとは裏腹に、べらぼうに高価なそれ。寝ている時に落として踏んで壊しては泣くに泣けない、と半分寝たまま俺はイヤホンに手を伸ばした。ところが、いくら両耳を弄ってもイヤホンの感覚がない。おかしいな、と鏡の中の自分をみるとそこにはイヤホンを付けていない俺の姿が写っていた。  ーー見間違いか……。  足元を見ても落ちているフシはないので、眠気が襲っていきそうな気配を察知した俺は再びキッチンでテーブル脇の床に寝転がる。まだまだ熱帯夜が続く夏の夜。ひんやりと冷たいキッチンの床で、俺は茹ですぎてのびたうろんのようにだらしなく体を投げ出した。しばらくすると冷たい床が体温で熱くなるので、ゴロゴロと転がって新しい冷たい場所を見つけては、そこでまた体を投げ出す。こんなだらしのない行為は、実家ぐらしでは味わえない一人暮らしの醍醐味だ。俺はどこまでもどこまでも転がっていく。1Kとは思えない贅沢な空間だ。  ーー広すぎないか?  ふと俺はキッチンの異様な広さに違和感を覚えた。1Kの借家はオレ一人が住まうだけでギリギリの広さ。こんなに転がれるはずがなかった。それだけではない。俺の家のキッチンにテーブルなんてなかった。キッチンスペースが食卓を兼ねていたのだから。ましてや冷蔵庫にキンキンに冷やした水なんて、俺が準備しているはずもない。ゆっくりとあたりを見回すとおかしなところが次々と目につく。古ぼけつつも大人数で囲める大きなテーブル。沢山の食材を保存できる大きな冷蔵庫。複数の鍋を同時に火にかけられるガスコンロ。入り口上にかかった見覚えのある鳩時計。それら全てが俺に一つの答えを示した。  ーー間違いない、ここはばあちゃん家の台所だ。

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あなたの電話の着信音はどう鳴りますか?
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