全会一致で地球外部門の副主任が解雇される事が決定。理由は所内で土着信仰を布教し風紀を乱したため。度重なる警告にも反省の色が見えないので主任会は解雇へと踏み切った。後任は未定。通達は週明け。ようやく所に平穏が訪れる。 ◇ 独立法人外来生命体研究所 地底部門 チームリーダー I 女史からの報告

おばあちゃん

 ゆらゆらと揺らぐ気色の悪い闇の中を駆けゆく俺。日常にあらざる色彩が方向感覚と距離感を奪ってゆく。唯一の目印は、振り返ればさっきまで俺がいた通夜会場が見えるということだけ。その周りには何もなく、地平線にポツリと浮かぶ通夜会場は遠ざかっているのかどうかもわからない。  ーーどうすればいいんだ?このまま走るしか無いのか?  身を隠すせるものなど到底ないこの世界で、焦りが焦りを呼び、むせ返るような吐き気をもよおす。一刻も早くあの化け物から遠ざからなくてはと、地面以外なにもない空間を走った。ところが、走れば走るほど、振り返るたびに見える通夜会場が近づいてゆく。  ーーどうなってるんだ!?  理解しがたい光景に振り返るのをやめ、その足がちぎれんばかりに動かす。しかしその時、あの読経が聞こえ始めた。 『碑喜具留(ひきぐる) 巳不狗麺(みふぐめん)  奈胡乱蘇(なうろんそ) 把弟袮(ばでね)』  最初は遠くの方で聞こえていたのが、段々と大きくなり、ついには俺の耳元で聞こえ始める。不安に耐えきれず振り返ると、通夜会場は俺のすぐ後ろまで()()()()()いた。  ーーコイツ……通夜会場を取り込んで……。  列席者を取り込んだ宗篤(むねあつ)だったものは、通夜会場をもその一部としてづるづると這い寄ってきたのだ。その中から、にゅるんと宗篤(むねあつ)の輪郭を持ったうろんが、俺の顔を覗き込むようにピタリと寄せて、生暖かい吐息とともに囁く。 『あにき カ()セ アニ() かえ()』  あらゆる孔から生えた細いうろん様のモノでチロチロと口元を舐められた俺は、たまらず顔を背けて前を見る。するとそこには、先程までなかった壁が現れた。  ーーぶつかる!  唐突に現れたそれに成す術もなく突撃しようとした瞬間、ひどく強い力で左耳の中から側方に引き寄せられる。間一髪、壁への衝突を回避したかと思うと、俺を追って来た()()()()()()()()はそのまま壁へ激突した。激しい衝撃とともに壁を構成していた木材が辺りへと飛び散り、宗篤(むねあつ)だったものがそれにのめり込んだ。  よくよくみると眼前に現れた壁は鶏小屋だったらしく、鶏たちがけたたましい悲鳴を上げる中、宗篤(むねあつ)だったものは頭を飲み込まれた蛇のように、うろんの尾の先を激しくくねり回わして抜け出そうとする。苦戦する通夜会場から再び逃げようと辺りを見回すと、鶏小屋のすぐ裏には奇妙な植物の生い茂る山林があった。この際、何が出ても構わない、と俺は道ならぬ山道に駆け入った。 ◇  どれだけ走っただろうか。無我夢中で走り抜けた山そのものは俺に牙を向くことなく、なだらかな勾配だけで、気づけばその山道が終りを迎えようとしていた。先程までの騒々しさがウソのように通夜会場は姿かたちも無く、山道を抜けた先は薄紅色の海が広がる穏やかな砂浜だった。  一体何の色で染まったのか考えたくもないが、どうやら窮地は脱したらしい。安堵の息をついた俺は、膝がガクガクと震えているのに気づいた。必死で走ったせいだろうと俺は、忘れていた疲労に耐えきれずその場にへたり込んだ。ところが今度は地べたに座ったはずの俺の体がガクガクと揺れている。  ーー……違う、揺れているのは俺じゃない!  地面から全身に響く低周波は、次第に読経の体を成す。 『廿奇(つき) 御膳(みかしわ)  都留津屡(つるづる) 胡乱秘(うろんひ)  斗具治惇(とぐちとん) 弟袮(でね)』  不意に突然先程まで分け入ってきた山そのものが大きくせり上がった。その山肌には潰した卵を滴らせ、鶏を取り込み、さらなる異形と化した宗篤(むねあつ)だったものは、今度は山をも取り込んだ。天をつくように鎌首をもたげたそれは、勢いに任せて薄紅色の海へと倒れ込む。間一髪、身を捩り巻き添えを避けたものの、砂浜に転がった俺は、足腰が立たず這いつくばりながらようやく動けるような状態。今ヤツが戻ってきたら今度こそ絶体絶命だ。  ーー頼む、もう来ないでくれ。  しかし、その願いも虚しく砂浜が波をうち、読経が聞こえてくる。 『三叉(さんさ) 伊和鹿目(いわかめ)  都留津屡(つるづる) 胡乱賦(うろんふ)  絶具治惇(たぐちとん) 弟袮(でね)』  波だった砂浜から小さなうろんがチンアナゴのように生え、あっという間に俺を囲む。直立しながらニョロニョロとにじり寄るチンうろん。身動きが取れぬ俺に触れようとしたその時、両耳から何かが風を切って飛び出し、チンうろんをなぎ倒す。これまでは何かわからなかったそれだったが、今なら分かる。  ーー俺の中にうろんがいる。  取り囲むチンうろんに威嚇状態を続ける俺の中にうろん。しかし、このままではいずれ現れであろうチンうろんの本体、宗篤(むねあつ)だったものを待つばかり。  ーー万事休す……か。  と、その時。 『武純(たけすみ)、こっち来んしゃい。』  うろんを介して俺の耳に何かが語りかけた。その声に反応するように、両耳のうろんがどこかへとその身を伸ばしたかと思うと、時空を超えんばかりの勢いで俺をどこかに引き寄せる。気づけば俺はどこかのお堂のような場所にいた。すると、そこに居たこの場の主が来たばかりの俺を歓迎する。 「よーく来たねぇ、武純(たけすみ)」  それは昔よく聞いた声。すべてを包むような優しい声。とても心安らぐ声。 「……おばあちゃん。」  それは紛れもなく、他界したはずの祖母であった。

どうやら彼らは、覚醒世界全ての生命体の祖であることは間違いない。ひいては人類史における神は全て彼らを祖に持つ事になる。 うろんそ ばでね。 ◇ 独立法人外来生命体研究所 地球外部門 副主任 Oの手記

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