誰だ、緒方を解雇するなんて言ったやつは!こんなのアイツにしか対処できねえだ……うぶぇ……ずるっ!ズルリ……うろん。 ◇ 独立法人外来生命体研究所 音声記録より

布教の宣教師

 それは紛れもなく、他界したはずの祖母であった。いや、よくよく思い出してみても俺には祖母の死の記憶がない。なぜか俺は祖母が他界したと思い込んでいたのだ。 「目ん覚めたら変な世界になっとったんだけん。びっくりしたじゃろう?」  優しいおばあちゃんの言葉にこみ上げてくる物が俺の首を横に振らせる。あの時から変わらない安堵感。母親の温もりよりも大きく包むような優しさに、俺は、僕は、ずっと甘えていたかった。 「武純(たけすみ)は、ほんなこつ優しか子やなあ(本当に優しい子だね)。  それにしてん、胡乱宗んお坊さんはいけなかね。自分ん力ば強くしようと、檀家ば増やすことばかり。仏様んことなんか二ん次なんやけん。お仕置きが必要や。」  そう言うと祖母は、その背後で薄ぼんやりと光っていた祭壇に近づき、祀られたねじれ双角錐にすぅと手をかざす。 「武純(たけすみ)に、謝らんばね。」 「何のこと、おばあちゃん。」 「それはね、あんたが生まれた時には、彼女はすでに彼女でなかった、という事を。」  祖母の顔に深く刻まれたシワの一本がその彫りを一層深くすると、その他のシワも次々と深くなり、シワのないところがズルリとほどけ始める。そうこうしているうちに、足元の床もグニャグニャと歪み始め、板目が独立して波打ち始める。堂をも形成していたそれは、建物ごと崩れながらズルズルと解けゆく。すべてが解けて虹色の空のもとに曝されると、これまで僕の目の間にいた存在が顕になる。  虹色の空に浮かび上がったそれは、体に不可視のゆらぎを纏い、はるか遠くの巨躯のようでありながら、すぐ近くに寄り添っているかのようでもあった。すべてを見通す眼のような有色透明の球体は、それを奉られるように生えた無数のうろんのようなものがうねる。のたうつその表面は薄っすらと発光しているような液体がしたたり、時おり飛沫となって飛散する。その一滴が僕の方へと飛ぶと、次第にその液体が形をなし、巨大なおうろん様となる。どうやら空を覆う巨躯はおうろん様の母体だったようだ。しかしながら、先程の狂ったおうろん様のように吐き気を催す嫌悪はなく、どこか神々しさを纏い、そしてすべてを包み込むような優しさがにじみ出ていた。   『うろんそ ばでね』  それが読経の一部のような文言を唱えると、どこか遠方から引き寄せられたおうろん様が、神々しい異形の触手の一本に吸い込まれていく。 「ア ニ キ」  消えゆく際に残した断末魔の囁きに、それが先程まで僕を追い回していたおうろん様だと気づく。 「宗篤(むねあつ)……。」  宗篤(むねあつ)の輪郭を象ったそれは、消えることを畏れることもなく、それどころか救われたような表情を浮かべて、母なる者の一部となっていく。  づるりくちゅ、と食後の音を立てたあと、それが食事の感想を僕に述べる。 『ふむ、いささか味に濁りがあったが仕方ない。余計な思想が混ざってしまったのだから。』  それの声は、耳ではなく頭の中に直接響く。 『末端の指示に行き違いがあったようだ。そのことに関しては謝罪しよう。すまない。  決して君を認めていなかったわけでは無い、ということをわかって欲しい。』  その語り口には、はるか昔からの友達のような感覚を覚える。 『生まれた時からずっと見てきた君に迷惑をかけてしまったことは、私にとっても耐え難い事なのだ。』  なぜかはわからないが、その言葉にはとても説得力があり、僕には信頼する事しかできなかった。 『私は、君たち人間が生きる上で得る人生に非常に興味があった。そこで私は、私の一部を君たちの世界に住まわせた。』  ーーその一部って、もしかしておばあちゃんのこと? 『御名答。しかし君たちの世界では、私には活動限界があった。』  ーー活動限界? 『そうだ。君だって、息を止めて水に潜っていられるのは限界があるだろう?そういうことだ。  そこで私は、いずれ訪れる時に備えて、彼に端末となってもらったのだ。』  ーー彼?端末? 『彼は私の申し出を快く受け入れてくれた。  それは私から直接作られた遊走子(うろん)を取り込むこと。  遊走子(うろん)を口に含んだ彼は、うんめーうんめーと言いながら何度も何度も私を取り込んだ。  そうやって彼は彼の中の私を増やしていったのだ。』  ーー彼って、もしかして……。 『そしてついに活動限界を迎えた私は、全てを彼に任せて君たちの世界を離れた。  彼から生み出された遊走子(うろん)は、非常に人間寄りになっており、誰で取り込むことができた。  時には、自ら人間の中へと入り込もうとする遊走子(うろん)も生み出していた。  しかし、その一方でそれを取り込んだ人間には、十分な制御が私にはできなくなっていた。』  ーー……もしかして、おじいちゃんのこと? 『そのとおり。そして、彼が生み出した端末の一部が独自の思想を持つまでに、さほど時間はかからなかった。  乖離してゆく思想に苦しんだ彼は、自身の端末としての寿命を鑑みて、夢の世界(ドリームランド)経由で君へとアクセスしたのだ。  君に私を受け渡すために、ね。』  ーーあの夢にはそんな意味があったんだね。 『そうだ。実際のところ、彼の君への評価は適切だった。』  ーー僕の評価? 『それは私との親和性。数多の生命体の中から、それが高い個体を見つけ出すのは、私と言えど難しいのだ。  そのことは、新たな端末として君との強固な繋がりを得た私が、一番よく感じていることだ。』  ーーところで、君は僕たちをどうしようとしているの? 『それは少しだけ言いにくいのだが……』  そう前置きして、母なるうろんは続けた。 『君たちが、うろんを求めうろんを食すように、私も、君らの経験を求め、君らの人生を食すのだ。分かってくれるね。』  ーー僕たち、食べられちゃうの? 『いや、食すと言っても、君たちが何か失うわけではない。君たちがうろんを食する事で、うろんが君たちの人格を分割して取り込み、一部をこのアルデバランのドリームランドに住まわせるだけだ。』  ーーそれって、やっぱり何かを失うんじゃ……? 『それは違う。君たちはいつでも、アルデバランの人格にアクセスできるし、アルデバランの人格も君らにアクセスできる。もっとも、いささか距離が遠いので通信齟齬も起こりうるが。』  ーーなんかちょっと不安だなぁ。 『安心したまえ。それでも、我々の関係は至って良好なものだ。』  ーーふぅん、そうなんだ。  母なるうろんの言葉に安堵したからか、先程までの逃走の疲労が襲ったのか、急に意識が朦朧とし始めた。 『さあ、そろそろ目醒める頃合いだ。そして再び、君たちの新たな人生を私に提供してくれ。』  重い瞼が視界を狭める。その遠のく意識の中で、表情の読めないそれが、僕に微笑みながら言った。 『気が向いたら、また訪れると良い。私はいつでもここにある。』  それが、最後の言葉だった。  ◇ 「あー、よく寝た。」  カーテンの隙間から差し込む朝日に起こされる。  清々しい朝だ。これほどまでに寝覚めが良かったことがあっただろうか?  何か大変な夢を見たような気がしたが、覚えていないのだから大した夢ではなかったのだろう。 「それにしても、今日は執筆が捗りそうだ。」  気力が充実する俺は、緒方 那礼守(おがた だれす)のアカウントでWeb小説投稿サイトへログインする。  このサイトの好きなところはうろん推しな所だ。何を言っているかよくわからないと言われるが、俺だってよく分かっていない。うろん推しなのだから、うろんを広めるのにもってこいだ。  そうこうするうちに新作の『うろん』を書き上ゲた俺は、完結設定しながら『うろん』がランキングを席捲スる姿ヲ目に浮かべ屡。 「楽しみだなぁ……。」  ニヤケが止まらない俺は、づるりと投稿ボタンを押すのだった。  《了》

うろん。

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