戦地で声を失った婚約者様に念話で溺愛されています

読了目安時間:5分

3 誰ですか!?

 私をきつく抱き寄せたまま、その人は首を振って被っていたフードを下ろす。  漆黒の短髪に、薄い蒼眼。  何の感情も読み取れない、恐ろしいほどに凛々しく整った顔立ち。  ……間違いない。  二年の歳月を経てさらに迫力を増しているけれど、紛れもなく、世にもおっかない婚約者様の姿がそこにあった。 「アーロン様! どうしてここに?」  そしてこの状況は一体!?  心臓が早鐘を打ち、頬に熱が集まっていく。  この年にもなって殿方と手を繋いだ経験すらない私にとって、いきなりのハグはあまりに刺激が強すぎる。  まあ、経験不足なのは戦地にいてもなお強大だった彼の威光のせいなのだが。   『新聞を読んでいないのか? 終戦したのだ、五日前に』  露骨に狼狽えて硬直していると、再び脳に直接響くような奇妙な声が聞こえた。  そういえば、毎日欠かさずに新聞を確認していたのに、今日に限ってはキースの邪魔が入ってきちんと目を通していなかった。  逞しい彼の腕を何とか振りほどき、受付カウンターの上に放っていた新聞を手にする。 “対ブルミア戦、戦況について”――読みかけだった記事を隅々まで眺めると、最後の数行にこう書かれていたのだ。 “ファレーズ軍、副騎士団長アーロン・バフェット卿、 敵国ブルミアの要塞を攻略。これにより、二年に渡った戦争は我らの勝利にてまもなく終結の見込みである” 「ほんとだ……」  新聞に載っている情報は、早くて数日、遅ければ一週間以上前のこと。五日前に終戦したという彼の話と辻褄が合う。  ただ、それにしたって早すぎる。  国境付近からだと、連日馬を走らせても一週間はかかるはずだし、騎士団という大所帯での移動ならなおさらだ。 「ひゃっ!」  そんな疑問を抱いていると、急にアーロン様が私の頬をふわりと撫でた。  大きく骨ばった手の感触に、どくんと心臓が跳び上がる。 『わがままを聞いてもらい、一人早馬で帰還したのだ。一刻も早く君に会いたくて』  全てを見透かすような瞳から目を逸らし、彼の口元に視線を落とす。  やっぱり唇はちっとも動いていない。  声色と言い、受け答えのタイミングと言い、アーロン様の声で間違いないはずなのに……。  私が不思議そうにしていることに気づいたのか、しばらくして、アーロン様の口が音もなく“あ”の形に開いた。 『言い忘れていたな。これは念話魔法だ』 「ねんわ魔法?」  そんな魔法を継承している貴族家、あったかしら?  聞いたことがないから、きっと王都ではなく辺境に住む辺境伯なのだろう。 『こうして触れている相手に対し、自分の伝えたい言葉を自在に送ることが出来る。実は、敵軍に火魔法を扱う厄介な騎士がいてな。奴との戦闘中に魔炎で喉を焼かれ、声が上手く出せなくなってしまったのだ。こんな具合に――』 「!」  試しに喋ってみせてくれた彼の声は、あまりに痛々しいものだった。  動物の鳴き声にも劣る、藁半紙を擦り合わせた時のガサガサとした雑音のような……とにかく酷くしゃがれていて、言葉として何一つ聞き取れないのだ。  思わず言葉を失っていると、アーロン様はそっと私の手を取り脳内に語りかける。 『今、俺が何を言ったかわかるか?』 「え? ご、ごめんなさい。わかりませんでした」  何だか申し訳ない気持ちで目を伏せる。  しかし、そんな私を見て、アーロン様の表情は何故か少し和らいだように見えた。 『”愛してる”と言ったんだ』  ちゅ。  アーロン様が、私の手の甲に口づけて薄く微笑む。 「※@&〇#△~~~!?」  いや、いや、いや、いや。  ちょっと待って。  この人、誰!?  本当にあの、泣く子も黙る岸壁の貴公子、アーロン・バフェット様なの?  だって私の知る限り、彼は冷徹で必要最低限のことしか言わない淡白な人間だ。  何度お茶会を重ねても悲しいほどに距離が縮まらず、というより向こうにそのつもりが無いようで、いつだって私は無言でおっかない顔をしている彼に震え上がりながら紅茶を啜っていたのだ。  その彼が、私に愛を囁いてキス!?  豹変、というか、もはや別人である。  ひょっとして戦争で喉だけでなく、頭も負傷したんじゃないかしら。うん、きっとそうだ。 「アーロン様、一度父に診てもらった方がいいのでは?」 『問題ない。軍医の話では、受傷してすぐに強力な治癒魔法を施したので、半年もすれば自然に元に戻るらしい。それまで不便だろうからと、知人がこの念話魔法をかけてくれたのだ』  診てもらった方がいいのは、喉じゃなくて脳みそなんですけど。  なんて言えるわけもなく「はぁ」と曖昧な相槌を打つと、アーロン様は私の手に触れたまま饒舌に続ける(舌は動いていないけど)。 『これがなかなか便利でな。俺はどうも口下手で、何を話すか熟考しているうちに会話の機を逸してしまう質なのだが、念話だと躊躇う余地もなく触れた相手に意思を伝えることが出来る。手を尽くしてくれた軍医には悪いが、己の発声器官の必要性を疑問視しているぐらいだ』  口下手って……もしかして地獄のティータイムの時にほとんど何も話してくれなかったのもそのせいなのだろうか?  無口な人ほど頭の中ではたくさんのことを考えているとはよく言うけれど、こんなに極端な人がいるなんて、ちょっと信じがたい。 『騎士団の皆には“人が変わったようだ”と驚かれたがな』  同僚さん達に深く同意。  私なんて、今すぐ彼の背中に継ぎ目がないか確認したい気分だもの。  アーロン様の皮を被った誰かが喋っていると言われた方がしっくりくる。 『そういえば、軍医は確か君の叔父上だったな。彼には随分と世話になった。明日の挙式にも呼べたら良かったのだが、衛生班の引き上げにはまだ時間がかかるだろうしな』 「そうですか……ん?」  何か今この人、とんでもないこと言わなかった? 『早速衣装合わせに行きたいのだが、少し仕事を抜けられるか?』 「ちょぉ~っと待った!」  私が大声を出すと、アーロン様は相変わらず何を考えてるのかわからない無表情でこてんと首を傾げる。 『どうした?』 「どうしたもこうしたもないです! 明日の挙式って、一体何の話ですか?」  いけない。はるかに上級貴族の公子様相手に、つい思いっきり怒鳴ってしまった。  しかし、アーロン様は特に気を悪くした風もなく続ける。 『何度も伝書を送っていたはずなのだが、読んでいないのか?』 「え? 郵便受けには何も無かったですけど」 『戦地から郵便を出せるわけないだろう。伝書鳩だ』 「……あ」  まさか、最近しょっちゅう診療所の回りを飛び回っていた白い鳩って。  窓の外を見ると、足に小筒を巻き付けられ、途方に暮れたようにうろうろと軒先を歩き回る小さな働き者達の姿があった。

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