戦地で声を失った婚約者様に念話で溺愛されています

読了目安時間:6分

2 受付って大変です

 抜けるような青空に白い鳩が飛び交う、麗らかな春の朝。  国境付近で起きている戦争などまるで他人事のように、ファレーズ王都はいつも通りの一日を迎えていた。 「最近やけに鳩が多いわね。繁殖期?」  独り言を呟きながら、ほわほわと舞い落ちる白い羽毛を箒で掃き終えると、郵便受けの中身を脇に抱えて診療所の中に入る。  しばらくして。 「おっす、いつもの頼む」  カラン、カラン――とドアベルが鳴り、幼馴染みのキース・トンプソンがやってきた。 「おはようキース」 「おい、また新聞なんか読んでんのか? 挨拶するときくらい顔上げろよな」  この二年間。  本当に戦争なんて起きているの? と疑問に思うくらいに、街は平和そのものだった。  わかっていたけどアーロン様からは手紙の一つもなくて、唯一の情報源は新聞だけ。  だけど新聞となって私達の手に届く情報は、数日、ひどければ一週間以上前の出来事である。 「そんなに未来の旦那のことが心配か。熱いね~」 「違うわよ。いつ戦争が終わるのか知りたいだけ。じゃないと私、いつまでたってもお嫁にいけないんだもの」 「婚約したの二年も前だろ? もうとっくに忘れられてたりして。ハハッ」 「あり得るわね」 「いや、否定しろよ」  真顔で頷く私にキースは呆れた顔をしているけど、実際彼の言う通りかもしれない。  だって毎週会っていた頃ですら、いつも素っ気なかったのだ。もしもあの方の前に治癒魔法より有益な魔法を持つ女性が現れたら、私なんてあっさりお払い箱だろう。  かといって、一応婚約状態にある以上、別の殿方と新たに婚約も出来ない。  そもそも相手があの岸壁の貴公子様なので、舞踏会に行ってもみんな恐れをなして私に近づこうとすらしないのだ。  結果、宙ぶらりんのまま二十歳になった私は、こうして父の診療所で受付業務を手伝う日々を過ごしていた。 「安心しろ。誰からも嫁の貰い手がつかなかったら俺が貰ってやるよ」 「結構です」  ニヤニヤしながら親指を立てる怖いもの知らずのキースにぴしゃりと言い放ち、私は立ち上がってぱっぱっとスカートの皺を伸ばす。 「冗談はさておき、今日もおばあ様のお薬を取りに来たんでしょ?」 「いや、丸っきり冗談ってわけじゃ……」 「すぐに持ってくるわね」 「聞けよっ」  私は拗ねた顔のキースと読みかけの新聞をその場に置いて、奥の薬置き場へ向かった。  ちなみにキースは、王都でも有数の商家であるトンプソン商会の跡取り息子である。  トンプソン商会は昔から我が家に安くて良い品々 (特に医療品) を下ろしてくれている贔屓の店で、親同士が商品の取引をしている間、二人でよく遊んでいたのだ。  けどまあ、お互い成人してからはこうして診療所で会うくらい。  キースは商会の仕事の一部を任されて忙しそうだし、体調を崩されているおばあ様のお世話もある。  私も一応アーロン様の婚約者として世間に知られているので、無闇にキースを訪ねて変な噂をたてられる訳にはいかなかったのだ。  ま、その婚約者様はいつ帰ってくるのかもわからないけどね。 「はい、いつものお薬。毎週来てもらって悪いわね」 「別に。魔法で調合してるから一週間分しか出せないんだろ?」 「まあそうなんだけど、仕事忙しいんでしょ? 薬を取りに行くくらい、使用人に任せてもいいのに」 「あー……ま、ここに通うぐらいの暇はあるから大丈夫だ」  言葉を濁すような言い草のキースに首を傾げつつ、私は「ふーん」とカウンターに頬杖をつく。  淑女らしくしなさい、とお母様に叱られそうだけど、今はキースしかいないからいいだろう。 「あーあ。キースはいいなぁ色んな仕事を任されて。私なんて受付よ? 最近は二コラですら治癒の手伝いをしているのに」 「え? ああ」 「何でお父様は、いつまでたっても私に治癒魔法をやらせてくれないのかしら。やっぱり私が女だからなのかな」  アーロン様との婚約が決まった時点で、ラインハート家の次期当主は弟の二コラに内定している。  お父様からしたら、どのみちお嫁に行く私に治癒魔法を教えても仕方ないと思っているのかもしれない。  だけど、よく考えて欲しい。  治癒魔法という()()()が無かったら、お金持ちでも美人でもない私に一体何の価値があるというのか?  まともに治癒が出来なかったら、嫁ぎ先で肩身の狭い思いをするのは目に見えている。  それに、アーロン様も私の魔法を見込んで婚約を申し込んできたのだから、「〇〇の治癒はやったことないから出来ませーん」なんて言おうものなら、最悪地の底に埋められかねない。    正に死活問題。  平々凡々な私にとって、治癒魔法は生きる術なのだ。 「うん、なんでだろなー」 「もう、相変わらず適当な返事ね。傾聴と共感は問診の基本よ……あら?」  私がこの手の愚痴をこぼすと、キースは決まって困ったように鼻を掻くのだが、今日はその右手から血が滲んでいた。  私は思わず(不謹慎だけど)目を輝かせ、受付のカウンターから身を乗り出す。 「その手どうしたの?」 「何でもねえよ。仕事中にぶつけただけだ」 「だめよ、ちゃんと止血しなきゃ」 「いいって別に」 「ねえねえ、私に治癒させてくれない?」 「断る!」  キースはバンッとお金をカウンターに叩きつけると、一目散に出口に向かう。 「何よ、そんなに私に治癒されたくないわけ!?」  私は踵を返すキースの背中を射るように叫ぶが、あえなく逃げられてしまった。  あーあ。  誰でもいいから、治癒魔法の鍛錬に付き合ってくれる人はいないものだろうか。  そう思いながら、気だるくカウンターに頬杖をつくと。  カラン、カラン――。 「あ、こんにちは!」  ドアベルが鳴り、新しい患者さんがやって来た。  反射的に笑顔で挨拶した私だが、その姿をひと目見て思わずぎょっと頬を引き攣らせる。  物騒な鎖帷子(くさりかたびら)と腰の双剣。屈強な肩幅に纏う殺気。擦りきれた土気色のローブを目深に被り、足元は血痕のようにも見える染みだらけのブーツ。  天を衝くような体躯の、なんとも不吉な雰囲気の男を見上げ、私はごくりと唾を飲む。 「け、怪我ですか? 病気ですか?」  内心震え上がりながらも、必死に作り笑いを浮かべて決まり文句を問いかける。  診察で忙しいお父様やニコラを呼ぶわけにもいかないし……。  あぁ、こんなことなら、もう少しキースにいてもらえば良かったわ。  カウンターの下でぎゅっと拳を握り、返事を待つ。けれど、ローブの男からは一向に応答がない。  少し心配になって見てみれば、フードのせいで表情はまったく見えないけれど、肩が小刻みに震えているようだった。 「あの、大丈夫ですか?」  もしかして、かなり具合が悪いのだろうか。口を開くのも辛いぐらいに。 「とりあえず座りましょう! 肩、貸しますね」  大変だ、怖がっている場合じゃない。  私は慌てて立ち上がり、ソファへ案内しようと受付の外に出て肩を差し出す。  と、次の瞬間。 「ひゃっ!?」  突然、男に後ろから腕を回され抱きしめられた。 「なっ、ななな何っ? 離して!」  あまりのことに、全く理解が追いつかない。  しかも、全然振りほどけないし!  私が暴れるほどに、男の腕はしっかりと私を包み込んでいく。  逃げられない――。  そう覚悟して、きつく目を閉じた時だった。 『会いたかった』  突然、頭の中に声が響いた。 「……え?」  なに、今の。  音が鼓膜を揺らしているのではないと直感的にわかった。  まるで脳の中に直接語り掛けられたみたいな、不思議な感じ。 『やっと、やっとだ』  逃げようとしていたのも忘れて耳を澄ましていると、再び脳内に男の声が響いた。  どこか聞き覚えのある、猛獣の唸りのような、おっかない低音。  ……まさか、ね。  恐る恐る振り向くと、フードの下からこちらを見下ろす双眸と目が合った。  その瞳は、氷のような薄い蒼で――。 『迎えに来たぞ、レイラ』  奇妙な声よりも。  微動だにしないその唇よりも。  まるで魔法の如く目の前に現れた婚約者様の姿に、言葉を失ったのだった。

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