緒方隆の廻愁奇譚3

読了目安時間:23分

木村明人

1

 う~ん…疲れたなあ…集中して勉強していたから、今何時か解らん。  壁に掛かった時計を見ると、6時30分を回ったところ。お客もちょっとだが来ている。全く来ない訳じゃ無いんだな。  西高の糞共はまだ見えない。  と、思った直後に、カランカランと来店を告げる鐘の音。 「いらっし…」  店員さんが言葉を止めた。って事は? 「おー!!あの春日っつうビッチはいるかあ!?」 「今日こそは付き合って貰わなきゃって、気合入れて来たんだよねえ」 「なんならアンタでもいいよ?つか歓迎!!」  糞やかましいムカつくからかい。間違いない、西高の糞共だ。  ちらっと見ただけで8人。まだ店の外に、何人かたむろってるな。 「アンタ達!!ホント迷惑だから来ないでって昨日も言ったでしょ!!」  これは波崎さんの声。マジ切れしている様子だ。 「はあ?俺達客だぜ!?早く席案内しろや!!」  茶髪の小僧が波崎さんに詰め寄る。 「木村君から何も言われてないの!?」 「木村君だって仲間の俺達の方を優先するだろうが?ビッチなんかよりよお!!」  ぎゃっはっは!!と下品な笑い声が店内に響いた。  うん。いいや。殺そう。お前等が木村の仲間な訳無いし、春日さんはビッチでもないからな。嘘偽りは良くない。  俺はカバンに教科書をしまい、速足で糞共の元に向かった。  結構な足音を立てて、波崎さんの後ろに立つ。  下品に笑っていた糞共の、耳障りな笑い声が消えた。  同時に気配を察したか、振り向く波崎さん。  その、顔面脇を掠める右ストレートを、糞の一人に叩き込んだ。勿論鼻っ柱だ。  ぎゃあああああ!!と喚きながら転がる糞。景気よく鼻血を噴き出して。見ていて汚らしい。つーか、鼻折れたか。砕けた感触が右拳にあったから。 「お!!緒方ああああああ!?」  別の糞が俺と確信して叫ぶ。だが、こいつの次の台詞は無い。悲鳴だけだ。  何故ならそいつの髪を思い切り引っ張って、毟り取ったからだ。 「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」  な?悲鳴だけだろ?コミカルに転がってはいるが。 「もう!?早過ぎねえか!?」 「誰だよ!?まだ緒方には知られていないから大丈夫っつったのは!?」  パニックになる糞共。一斉に店から逃げ出した。鼻骨折と髪毟られの糞をほっといて。  追う俺。だが、一旦足を止めて波崎さんに振り向く。 「ドリンクバーとポテトのお金、立て替えておいて。明日返すから。ヒロが」 「ちょっ!!!」  噴き出しそうになるのを堪えながら波崎さんが制止するも、俺は聞きやしない。  糞共は一匹たりとも逃がしはしないからだ。  追い付いた奴からぶち砕いた。ワンパンで沈めただけだが。  それでも結構ぶん殴ったな。合計十一発か。つまり十一人。店での糞共を合わせると十三人か。  肉眼で追っているのはあと二人。これ以上いてくれるなよ?捜すの面倒なんだから。  細い路地に逃げる糞共。追う俺。距離がなかなか詰められない。あいつら運動なんかするキャラじゃないから、俺が疲れてきているんだろう。 「待て糞共!!待たなきゃ明日から付け狙うぞコラあああああ!!」  苛立ってつい脅してしまったが、付け狙うのは本当だから、問題ないのかもしれない。 「ま、待ったら許してくれんのか!?」 「ぶち砕くに決まってんだろうが!!死ねよ糞共!!おおお!?」 「じゃあ逃げるだろうが!!」  そりゃそうか。殴られるのが解っているのなら、逃げるか普通。  諦めて素直に追う。そして糞共は、建設途中の何かの建物の中に入り込んだ。  普通はバリケードで囲われて入る事は叶わない筈だが、此処はカラーコーンで入り口のみ封鎖している状態。簡単に立ち入りできた。  つか、ガキ悪戯しに入って来るよこれじゃあ。高校生なら悪い事しに来るよこれじゃあ。  看板に関係者以外立ち入り禁止と注意書きをしているが、此処で何かあったら工事受注した業者の責任になるんだから、もうちょっとちゃんとして欲しい。  しかも道具もちゃんとしまっていない。壁に掛けてあるだけだし、建材も剥き出しの儘。この業者やる気あんのか?  おかげで糞共を見失っちまったじゃねーか。足場が悪くて思い切り走れないんだよ。  苛立ちながら周りを見ると、ポッと小さな明かりが点いている。俺の位置から約10メートル。恐らくスマホの灯りだ。  見つけた、と叫びたい所だが、そっと近付いた。  大声は近所迷惑になるし、糞共をみすみす逃がす切っ掛けにもなるし。  木村君!!木村君!!とか聞こえる。助けて、とかやべえ!!とかも。木村に助けを求めている最中なんだな。  そ、そんな!!俺達仲間だろ!!とか聞こえた。木村に突っぱねられたんだ。自業自得とか言われて。  そりゃあいつも簡単に出張る訳にはいかないんだろうけど、俺もワンパン程度で済ませてやったんだから、勿体ぶらずに出て来て欲しい。  お互い面倒事は早めに終わらせたいのが本音で、(こじ)れると余計に被害が出てしまう。  チッ。仕方ない。助け舟を出してやるか。  俺は糞共の前にいきなり躍り出た。 「うわあああああ!!来たあああああ!!」 「待って待って待って待って!!」  糞共の悲鳴と命乞いは、これで電話向こうに木村に届いた。 『緒方あ!!』  ちょっと離れているにも拘らず、俺を呼ぶ声が聞こえたのだから。  俺は糞からスマホを取り上げた。 「木村か?」 『俺にも事情がある。解るな?』  助けに入る事になっても、報復したくなるくらいボロボロの状態じゃなきゃ、大義名分が出来ないってか? 「知っているけどよ、面倒なんだよ。お前だってそうだろ?」 『……面倒だろうがなんだろうがだ。聞いた話じゃ、ワンパンで終わらせたらしいじゃねえか?もっとボロボロに追い込めよ。じゃなきゃ、あんな程度でも出て来てくれると勘違いされちまうだろうが?』  それも躾の一環か?頭ってのは色々考えなきゃなんねーようだからな。 「だけどな、俺は糞共に加減はしたくないから、全員漏れなく病院送りにしちまう。それはそれで俺にとってもあんま良くないんだよ。つーか、鼻骨骨折と頭皮がヤバくなった奴がいるから、それで我慢しろよ」 『お前らしくねえな?関係無ぇだろ、普段のお前なら?』  そう、関係無い。糞共が病院に長期入院しようが、万が一くたばろうが、俺の知ったこっちゃない。因みにやり過ぎたと良心が咎める事も無い。  病院送りとなれば、朋美の居る病院にも行く奴が出て来るだろう。そこで入院なんかされてみろ?俺が勘付いた事が知れるかもじゃねーかよ。  朋美には言い逃れができない証拠を送りつけたいんだよ。早い段階で知られたくない。  それに、お前相手だったら、体力は残しておかなきゃいけないからな。じゃなきゃ、負けちゃうだろ?お前に。 「まあ、俺も色々あんだよ。だからお前、早く来い。場所は…」 『おい!!緒方!!俺は行かねえぞ!!おい!!』 「残りの馬鹿共も出来るだけ集めとく。早く来いよ」  ガチャリ、と一方的に電話を切った。  そして持ち主と思しき糞に放り渡す。 「お前、さっきの連中、此処に集めろ」 「え?」 「木村が来てくれるんだろ?俺が木村に勝ったとしても、ただじゃすまない。ボロボロの俺を袋に出来るかも知れねーぞ?」  半信半疑、と、言うより、疑ってはいたが、仲間は多いに越した事は無い事もまた事実。  糞は言われた通りに、奴らに電話をかけ始めた。 「……おい…」 「は…はい?」  凄んだ俺の目の前には、ファミレスでふざけた真似をした糞共が、正座している姿がある。  電話した結果、半信半疑なから殆どの奴等が集まったのだ。勿論、普通にバックれた奴もいる。取り敢えず7人は来て、俺の前で正座中だ。 「あれから一時間経ったが?」 「え?あ、ああ…そっすね。木村君遅ぇなあ…」  他人事のように…!!お前等が面倒臭い真似すっからこうなったんだろうが!! 「もう一度電話しろ」 「え?でも、木村君あんまウゼえ真似するとぶん殴るからなあ…」 「なんなら俺がお前等全員ぶち砕くぞ?そうすりゃ木村もちゃっちゃとでてくるだろ?」  押し黙る糞共。暗くてよく解らないが、多分冷や汗くらいは掻いているだろう。 「解ったら電話しろ!!」  大袈裟に拳を振り上げると、見事全員が電話をかけ始めた。  解り易いな。それでこそ糞。自分が助かる為の行動の素早さは見事だ。だがなあ… 「駄目だ!!繋がんねえ!!通話中だ!!」 「こっちもだよ!!畜生木村君は誰と話してんだ!?」 「お、俺も繋がらない!!ど、どうしよう!?」  当たり前だ。お前等全員、木村宛に掛けているんだろうが……  一人を除いて通話中になるには当然だろうが。偏差値がやたら低い高校なだけはあるな。 「き、木村君!?よ、良かった!!」  その一人が木村と話をしている。 「え?そ、そんな!!マジで!?」  なに?まだゴネてやがんのか?  聞き耳を立てる俺だが、その時、この建設現場に無数の人の気配を感じた。  砕石を踏み締める音。一つや二つじゃない。10は超えている。  俺は注意深く其方を見る。  月明かりの身なので良く見えないが…一人だけ制服を着ている奴がいる。  その制服には見覚えがある。つーか、さっきも沢山見たばかりだ。西高の制服。 「おい、あいつ等、お前等の仲間じゃねーのか?」  一番近くに居た糞に聞いてみる。 「え、えーっと、西高の頭は木村君なんだけど、当然NO2ってのがあってだな…」  ナンバーツー?俺が今までやり合ってきた中では聞いた事も無いな。木村が飛び抜けて強いんじゃないのか? 「そ、そのNO2の福岡君の仲間ってのがイケイケの武闘派で…」  ふーん、要するに。 「お前等を助けに来たっつー訳か」  ならば敵だ。木村の前の肩慣らしには丁度いいかもな。 「い、いや、福岡君は俺達なんかどうでも良くて、木村君の命令しか聞かなくて…」 「だから木村に言われて、お前等を助けに来たんだろ?」 「だ、だって木村君は俺達なんか知らねえって…勝手に殺されてろって…」  だからさっきの電話で動揺していたのかよ。  でも、増援が来たって事は、木村も来ているんじゃねーの?  そうこうしている内に、ナンバーツーとやらの増援が俺の前に並ぶ。  真ん中に居た金髪ロン毛が一人で俺の前にすたすた歩いて来る。ポケットに手を突っ込みながら、だるそうに。 「アンタが緒方君?」 「そうだけど。一応聞いとくけど、お前はこの糞共の仲間か?」 「仲間?ははは」  愉快そうに笑う金髪。 「俺達の仲間は木村君だけだよ。アンタが言う通り、そいつ等は糞さ」  一斉に縮こまる糞共。  無理も無い。金髪は本当に侮辱している目で、糞共を見たからだ。  そしてその目は、糞共に腹が立っているようにも見えた。  何となく気持ちは解るが…… 「そうか?俺にとっちゃ、こいつ等もお前等も同様の糞だぜ?」  金髪の仲間が殺気立つ。  しかし、当の金髪は、愉快そうに笑い飛ばした。 「ははっはは!!木村君が言った通りだな!!いいよ!いい!!アンタ最高だ!!」  気安く肩をバンバン叩きながら。  俺はそれをうるさそうに払い除ける。 「要するに、木村は俺とやり合うための大義名分が薄いから、お前を人身御供にしたって事か?」 「察しがいいねえ、その通り。いつものアンタなら、そこで正座させる事も無く病院送りにしていただろ?おかげでそいつ等はピンピンしている。報復するには全然足りない。そこで、NO2の俺がアンタにやられりゃ、そこそこの大義名分は付くって事さ」  木村の顔を立てる為に、犠牲になろうっていうのか。こんな奴もいるんだな。 「だけど、俺もただ痛いのは御免だし、正直アンタにムカついてもいる。だからマジでいかせて貰うぜ?」  軽い口調ながらも表情はマジだ。  木村の次に強いってんなら、こいつもそこそこやるだろう。それなりの自信もあるようだし。  しかし、俺にムカついていたのには意外だ。こいつは俺との確執は無いだろうに。 「アンタが素直にこいつ等を半殺しにしていたら、木村君はこんなまどろっこしい事はしなくて済んだ。電話でも話したんだろ?既にどっちも覚悟は決めていたって」  ……そうか。こいつが俺にムカついたってのは、木村の覚悟を俺が踏みにじるような真似をしたからか。  そりゃこっちが悪い、全面的に。しかし言い訳をさせて貰おうか。 「木村が控えてんのに、余計な体力は使いたくなかったんだよ。あいつは万全でやらなきゃ勝つのが難しいからな」 「……まあ…そんなこったとは思っていたが…結局俺が出て来たんだ。アンタの言いたい事は良く解るが、木村君にもメンツってもんがある。それも解るだろ?」  頭がそう簡単に出てきちゃいけない理由だったか。俺と木村、お互い自分の都合よくはいかないよな。 「お前、福岡っつったっけ?」 「そうだけど?」 「福岡、俺はお前みたいな奴は嫌いじゃ無い。木村や的場を知れたおかげで、お前等みたいな奴は全員糞じゃ無いって事も知ったしな」 「そりゃどーも。俺もアンタはムカつくけど、一回話をしたかったよ」  同時に構える。俺はオーソドックススタイル、ボクシングの構え。福岡も似たような構えだが、空手か? 「んじゃ、次は話そうぜ。見舞いに行ってやるからよ」 「……入院はしたくねえな…金が掛かるからさ」  福岡は言い終えると同時に、俺に向かって走った。  入院は嫌、か。んじゃ入院一歩手前で留めてやるか!!  牽制の左ジャブ。福岡はそれに臆することなく、前に出る。  ジャブだからダメージはあまりないとの判断か?  素拳では確かにダメージを与えにくいジャブだが、なかなかの度胸だ。  そうこうしている内に俺の懐に入ってくるが、そこは俺の間合いでもある。右のショートアッパー。 「ぐ!?」  福岡の顎が跳ね上がる。俺は半歩ほど引いて、左ストレートを打ち込んだ。  しかし、俺の左ストレートは空を切った。顎が跳ね上がった状態だが、身体を反転させて逃れたのだ。  全く見えない状態だったから、勘で回避した。  福岡は其の儘後ろに跳んで間合いを取る。  思った通り、結構やるな。  福岡の口から血が滲む。それを袖で拭い、言った。 「マジシャレになんねぇな、アンタのパンチ……」  褒めているつもりか?お前はそのパンチを喰らっても立っているんだぞ。いくら浅かったと言っても、ショートアッパーを喰らったってのに。  だが、まあ…… 「先手は取ったかな?」  口の中をちょっと切った程度だが、俺の懐は迂闊には飛び込めない事を知っただろ。 「先手も何も、アンタ、木村君と同じくらい強いんだろ?俺にはハナから勝ち目ねえし」  じゃあ向かってくんなよと言いたいが、それは意地だから無理か。 「そういや、俺って今日は練習していなかったんだよな」 「ふーん。で?」 「異種格闘技戦でも練習にはなるか?」  今度は俺がダッシュして懐に潜り込む。 「ち!!」  福岡がカウンター気味に膝を出すも、そんな手は飽きる程体験した。  俺はボディへの左フックのように、膝の内腿を叩いた。  体勢を崩し、身体が泳いでも尚倒れない。  やはり後ろに跳んで間合いを取る福岡。ふーっ、と大きく息を吐き、額の汗を拭った。 「随分と汗掻いているじゃねーか」 「そう言うアンタはかなり余裕だな……」  褒められたが、余裕っつーか、経験値の差だ。  繰り返さない俺だったら、膝を貰っていたな。  んじゃ、ちょっと意地悪な質問をしてやろうか。 「俺と木村、どっちが勝つと思う?  眉尻が上がる福岡。だが、それも一瞬、直ぐに治めた。 「……わかんねえな…」 「へえ?普通なら木村っつー筈だろうに」  客観的に物を見れるのか。感心した。 「だがまあ…」 「ん?」 「俺も簡単にやられる訳にはいかねえ…!!」  懲りもせず、再び突っ込んできた。今まで以上に速く。  横っ面にカウンターを当てられる。確かに速いが、追えない程じゃ無い。  だが、俺の間合いに入るちょっと手前で急停止しやがった。  出し掛けの右フックを強引に止めるが、隙はどうしても生じる事になる。  まばたきする間に、奴の右拳が飛んできた。  躱しきれないと判断し、ガードで凌ぐ。  みしっ、と、ガードした右腕が鳴った。骨折れたんじゃねーかってくらいの威力。 「お前がNO2なのは、この破壊力かよ?」  返事は無い。代わりに其の儘俺の右手首を掴んできた。  俺は引かずに、逆に前に出て、奴の身体を飛ばそうとした。  だが、飛ばない。腰を入れて踏ん張られた。  しかも密着した間合いとなり、俺の右手首が完全に掴まれた!!  捕まれたまま左フック。 「ぐあ!!」  福岡の顔が横に跳ねるも、右手首を放しはしない。 「いい加減放しやがれ!!」  何度も何度もフックを叩き込む。地面に血が飛び散るが、福岡は放さない。 「この…!!」  左の打ち下ろしの構え。大振りで隙もあるが、決まれば必ず倒れるパンチ。  しかし、その隙をついて、俺の右手首を捻じった!!  苦痛に顔を歪める俺だが、打ち下ろしがテンプルに決まった。  無言で崩れ落ちる福岡。此処で漸く俺の右手首が解放された。 「こいつ…!!最初から…!!」  倒れた福岡も見下ろしながらも、敗北を感じた俺。  福岡は最初から俺に勝つ気は無かった。ボッコボコにやられて、木村が出やすいようにするのが役目だった。  だが、奴もNO2。咬ませ犬なんてやる気は、ハナから無かったのだ。  どこでもいい。俺のどこかを壊して、木村が勝つ確率を上げようと…  いや、そうじゃない。単純にただではやられない。意地。木村の為は後付けの理由だろう。  俺が使えなくなった所は右手首…利き手だ。木村相手に利き手を失ったハンデはかなりキツイ。  意地も義理もきっちり通しやがった!!  俺は倒れている福岡に屈んで話す。気を失っているから、話しても意味は無いが、どうしても言いたかった。 「お前…大した奴だ。ある意味俺の負けだ」  そして福岡の連れに向かう。 「お前等の友達は俺がやった。仇討ちたいなら来い。来ないなら、福岡をどこかに寝かせて、木村に連絡を取れ」  福岡の仲間は動じずに俺の指示に従ったが、糞共はざわついた。  まさかこんなに簡単にやられるとは思わなかったんだろうが、糞の思考じゃそこまでが限界だ。福岡も木村もある意味報われないな。下がこんなじゃ。  木村に電話し終えた福岡の仲間の一人が、俺に話し掛けてきた。 「30分くらいで到着するらしい。福岡をもうちょっと柔らかい場所で寝かしといてもいいか?」  いいも悪いも、俺はそのつもりで言ったんだが…… 「つっても建設現場だ。何なら家に送ってやれよ?」 「福岡も見たいだろ。木村君とアンタの喧嘩をさ。それに建設現場ならではの物がある」  指差す場所を見ると、仲間がブルーシートをわんさか集めてクッションの様にして、福岡を寝かせていた。成程、建設現場ならではだ。 「で、福岡は強かったかい?」  俺は自分の右手首を見ながら言った。 「久し振りに焦ったな」 「そうか。意地と仕事はちゃんとこなしたか」  やっぱり元からこういうつもりだったのか。  木村の為に、そして自分の意地の為に。  そうだ。と、俺はそいつに向かって訊ねた。 「お前等は福岡の仇は取らないのか?10人いれば何とかなるかもしれないぞ?」  自嘲気味に笑って答える。 「勝てねえよ。あの木村君が絶対負けるから手ぇ出すな、ってしつこく言っていたんだから」  俺の言う事より、木村の言葉を信じるか…… 「お前もなかなかの奴だな」 「そうでもねえよ。西高じゃ下っ端だ」 「福岡の次じゃないのか?」 「だから、俺は下っ端だって。あのアホ達と同じ下っ端だよ」  正座中の糞共が縮こまる。奴等の反応を見る限りじゃ違うな。 「NO3か?」 「アンタもしつこいな?俺は弱いんだよ、煽んなよ。身の程を越えちまうだろ」  そうか。こいつも内心は俺にムカついているのか。切っ掛けがあれば喧嘩になるだろうと。 と。 「しかし、聞いた話とちょっと違うな。狂犬とか化物とか呼ばれていたようだけど、なんつうか普通の…」  当たり前だ。俺はどこにでもいる、普通の高校生だ。 「なにもしなけりゃ俺もなにもしない。こいつ等は俺の友達をビッチって呼んでからかったからな」 「だから、からかった奴をワンパン制裁の正座で終わらせる人じゃねえ、って言ってんだよ」  鼻骨骨折と頭皮がヤバくなった奴もいるんだが…  いや、本心は病院送りにしたいんだが、朋美の居る病院に入院でもされたら困るし、後に木村が控えているとなると、少しでも体力を温存したいし… 「木村君とダチになるっつうのも、ちょっと信じらんねぇし」  ちょっと前までの俺ならそうだろうなあ…糞の掃き溜めの西高の頭だ。こいつも糞だと決め付けていたから。 「まあ、人は変わるもんだよ」 「達観しているねえ?」  そりゃ人生経験がパネエからな。いくら俺でも、どこかで変わる時もあるさ。  フォン…  バイクの音だ。来たか木村?  俺は右拳を握り固めて確かめた。  ズキン!!と痛みが響く。無理すりゃ何発かはぶち込めそうだが…  じゃり、じゃり、と砕石を踏む音。それが段々と近付いてくる。  正座している糞共も緊張しているようだ。中には喜んでいる奴もいるが。  じゃり  足音が止まった。  暗くて良く見えないが、解った。木村だ。怒っているのも雰囲気で解った。 「……勿体振るなよ木村…」  挑発しているつもりは全く無いが、糞共はそう捉えたらしい。 「なんだテメェ!!木村君にタメ口きくんじゃねえ!!」 「木村君!!早くこいつやっちゃてよ!!」  正座をやめて立ち上がって囃し立てやがった。木村が来たぐらいでこれかよ。  俺が負けたらもっと盛り上がって、翌日から調子に乗り捲るんだろうなぁ…  囃し立てる糞共の前に立つ木村。  何の前触れも無しに蹴りをぶち込んだ。 「「「な!?」」」  ざわめいた糞共。木村は目に入った奴から蹴る。殴る。しかも一発じゃ無く何度も。 「ち、ちょ!!木村君!?ぎゃ!!」  話をする気も、聞く気も無いように、ただぶん殴る。蹴っ飛ばす。 「な、なんか解んねえが逃げろ!!う!?」  建設現場から逃げだそうとした糞だが、福岡の仲間がいつの間にか周りを囲んで逃げ出せない。  俺を袋にする為に集まったんじゃない。糞共を逃がさない為に集まったのか?  しかし、木村…俺も大概糞をぶち砕いて病院送りにしてきたが、木村も俺と同じように、慈悲を見せないでぶっ叩いている。  小一時間程暴れ回った木村。場には立っている糞は一人も居ない。  流石の木村も肩で息をしている。あの人数を一方的とは言えぶっ叩いていたんだ。疲労して当たり前か。 「……お前の仲間達じゃなかったのかよ木村?」  木村はゆっくりと俺に方を向く。 「……お前がケジメ取らなかったからだろうが?代わりに俺がやったんだ。感謝しろよ緒方ぁ?」  感謝ってお前、バリバリやる気満々じゃねーかよ。目の座り方が違うぞ。 「お前とやり合う前に、無駄に体力を使いたくなかったんだよ」 「そうか。じゃあハンデ無しだな、お互いに」  俺の負傷を知っているのか…?さっきの電話で何かしらの情報を得たのか? 「……福岡は強かっただろ?」 「そうだな。大した奴だったよ」  俺はいつも通り、オーソドックススタイルで構えた。 「……緒方、お前とはやりたくなかったが…」 「そりゃ俺もだよ」 「違うな…」 「?」 「お前のやりたくないと俺のやりたくないは意味が違う!!」  木村が地面を『蹴り上げた』!!俺の視界に土や砂利が舞う!!  目を瞑ってしまった。瞑った後に後悔した。馬鹿か俺はと。  それと同時に、腹に痛みが走る。  薄く目を開けるが、木村は既に俺から離れていた。一発じゃ無理と判断したのか、追撃は無しだった。 「……硬ぇなオイ…」  褒められているのか、呆れているのか、それともその両方か。 「ミドルのキックかよ…まんまと喰らっちまったよ」  腹がジンジン痛むが急所からは外れていた。これならダメージは薄い。  今度はこっちから!!  俺はダッシュして間合いを詰める。  木村が大振りのパンチを繰り出すモーション。バレバレだ。そんなの喰らうかと、構わず突っ込む俺。  程よい間合いには行った時、木村はいつの間にか握っていた砂をぶちまけた。  大振りのモーションは、ただ砂をぶん投げるだけのものだったのか!!  俺の視界は今度こそ奪われた!!  右頬が跳ね上がる。パンチの感触じゃない、蹴りの感触だ。  大人しく倒れとけばいいのに、なぜか俺は堪えてしまった。砂が目に入って全く見えないってのにだ。  左頬にパンチの感覚。やっぱ倒れときゃ良かったんだ。倒れたら終わり、俺の負けで終了。  そう思うんだが、左頬にパンチを喰らっても、倒れるのを拒んでいる。何で?自分でも驚きだ。  みぞおちにモロに喰らう。前蹴りか?兎に角とんでもなく痛い。だが、堪える。何で!?  この様じゃサンドバッグだ。俺が木村ならそうするし、実際そうなっている。 だが、俺は倒れない。倒れたら終わるのに、倒れない。何でだ?別に負けても良かった筈だ。今回は勝ち負けじゃない。  口の中に鉄の味が充満した。口の中を切ったんだ。  右手首がビリッと痛んだ。負傷した手首を、更に捻られたんだ。  同時に顔面が一気に痛くなった。顔面にモロに喰らったな。パンチを。  だけど俺は倒れない。自分でも不思議だが、倒れない。 「いい加減くたばれよ緒方あ!!」  木村の叫びと同時に、俺の顎が跳ね上がった。  アッパー…じゃない、蹴り上げられたのか。  今度こそ倒れる事が出来る。何で此処まで堪えたのか、よく解らないけど、漸く……  じゃり!! 「「「!!」」」  場が驚愕した空気を発した。かく言う俺自身もそうだ。 「……普通は倒れるぞ!?」  俺もそう思う。顎に蹴りを喰らったんだ。アッパーよりも強烈な蹴りを。 「これ以上やらせんなよ緒方!!」  木村が叫ぶ。俺もこれ以上はやられたくねーんだよ。最初に言っただろ?俺もやりたくねーって。  そう言えば木村が言っていたな。俺とお前のやりたくないの意味は違うって。 「俺は色々背負ってんだよ!!負ける訳にはいかねえんだ!!だから大人しく倒れてろよ緒方!!」  ひゅん、と風切音が左から聞こえた。  俺はそれにカウンターを合わせた。見えないのに。  左拳に肉と骨がぶつかる感覚。そして砂利に何かが倒れる音。  信じられない事かもしれないが、俺のカウンターは木村を捕らえ、更にダウンを奪ったのだ。  ああ、そっか…  俺は毎日に毎日練習してきた。シャドーだって欠かしていない。  こう来たらこう返す。こう来たらこう防ぐ。  毎日の練習が身体に染み付いているんだ。  目が見えなくても身体が覚えている。勝手に反応してしまうんだ。  今日練習をサボったのはまずかったかなあ。ちゃんと俺の身になって、助けてくれているってのに…  実戦練習していると思えば何とか誤魔化せるかな?しかも相手は木村だ。  そして俺も漸く解った。 「……木村。お前のやりたくないは、負けたくないんだな?」  答えは返ってこない。しかし俺は無視して続ける。 「俺のやりたくないは、友達と喧嘩したくないだった。お前の言う通り、全く違うな」  返事は無い。  俺はゆっくり目を開ける。  砂がまだ残っているが、殆どが流れている。視界が回復したのだ。  真正面には木村がいた。俺の言葉を無視していた訳じゃ無い。黙って聞いていた。  睨んでいる訳でも無い。なんつーか、怖がっているようにも見える。 「木村、お前負けるのが怖いのか?」  ピクリと反応する木村。 「俺は割とどうでもいい。負けるのがどうでもいいと言うよりは、最後に糞をボロボロにできればいい」  今日負けても明日追い込めばいい。そう考えていた。  今回の場合は、友達と喧嘩したくない、負けても木村相手なら全然いい。糞じゃないから負けてもいい。 「そんな考えじゃあ、お前には勝てそうもない。やる前から結果は決まっていたのかもな」  勝ちたい、負けたくない木村に対して、馴れ合った木村とやりたくない、別に負けてもどうでもいいと考える俺とじゃ、最初から勝負は決まっていた。 「けど、俺はなんで倒れないんだろうな?教えてくれよ、木村ぁ…」  一歩前に出る俺。それに呼応し、一歩下がる木村。  木村は相変わらず平然とした表情だったが、さっきとは明らかに違った。 「……お前と知り合う前から、噂は聞いていたんだぜ。狂犬みたいな危ない奴だってな…」  そう言われていたようだな。どうでもいいけど。  また一歩出る。木村は一歩下がる。 「そのツラ、噂通りだぜ…お前の言う通り、お前とやりたくない理由は負けるのが怖かったからだ。メンツだ何だ言ってもよ、俺は結局は臆病もんなんだよ」  一歩出る。木村は一歩下がる。 「なんで倒れないって聞いたよな?そりゃあお前が危ない奴だからだ」 「危ないって、俺が?」  一歩出る。木村は一歩下がる。なかなか間合いが縮まらない。 「じゃあ聞くが、何で笑ってんだお前?」  俺の足が止まる。木村は一歩下がる。  そうか。俺は笑っているのか。こんなにボッコボコにされても笑って向って来るなんて、そりゃ危ない奴だって言われるよな。  危ないから倒れない。危ないから向かっていく。  んじゃ何で危ないんだ俺は?弱虫のカスだった俺が、何で危なくなったんだ?  そりゃあ決まっている… 「お前等糞共をぶち砕く為だよ……!!」  言うや否や、俺の足は地面を蹴った。

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    2021年6月25日更新

    藤ヶ咲北高校の曰く付きとされるクラス・二年E組には、不幸を振りまく『呪い人』が存在する――というのは十年前の話である。 西暦二〇一九年。呪いは途絶え、不運な話も今では全く聞かない。そのはずだったのに―― 二年E組に在籍する望月渉は、雨音続く六月の上旬を憂鬱に過ごしていた。そんな梅雨の時期のこと、クラスに転校生・橘芽亜凛がやってくる。 容姿端麗・頭脳明晰の転校生は、学校中から歓迎される存在となった。しかし彼女が優先するのは、渉の幼馴染の百井凛。 凛との距離を縮めていく芽亜凛は、その日の放課後、彼女とその親友と下校する。それを最後に、凛の親友は行方不明となってしまって……。 呪い、監禁、怪文書、次々消えゆく生徒たち……不穏な要素が満載の這い寄る系ホラー! 現在約70万文字が綴られている長編作品です。ストックが尽きるまで毎日19時に更新していきます。 略称は造華(ゾウカ)!ぜひそう呼んでください。 ◇この物語はフィクションです。登場する人物、団体、事件、地名などは実在するものとは一切関係ありません。また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。 ※本作は一部の性的指向を含みます。 (イラスト:自作)

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:4時間30分

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