緒方隆の廻愁奇譚3

読了目安時間:23分

さよなら

5

 俺達が教室に入ると同時にみんな立ち上がる。花村さんも顔面蒼白ながら、俺達を拝むように見た。 「言ってきた。展示は中止」 「他は何か言われたのか?クラス展示中止になったから、他のクラスを手伝えとか」 「何も」  じゃあ何をしたらいいんだ?と困るクラスメイト。 「部活の展示がある人は部活に協力すればいいだろうし、そうじゃない人は適当に過ごせばいいんじゃない?何か用事があったら校内放送で呼ばれるだろうし」  槙原さんの弁である。指示が無いからそう言う事になるんだろうけど。担任もあの時会話に参加して来なかったし。 「それもそうだな。あ~あ、優になんて言えばいいのかな…普通に盗まれたから上映できなくなったでいいのかな…」 「いいんじゃない?明人にはそう言うわ」 「そもそも木村はこんなもんに興味持たねえだろ…」  俺もそう思う。つか、二人共、自分が出ている映画だからって呼んだんだろうに。 「じゃあ…何かあるまで自由行動でいいかな?僕は一応上映中止の張り紙を貼っておくよ」  それは国枝君に甘えよう。じゃあ俺は少し仮眠取るかな。昨日あんま寝てないし。 「じゃあ…春日ちゃん、ちょっと来て?」 「……え?うん」  楠木さんと槙原さんに肩を組まれた春日さん。連行されるようにどこかに連れ去られた。 「じゃあ私もどっか遊びにいこうかなっと。その前に」  里中さんが花村さんを見ていやらしく笑う。 「花村って何もしていないね。昨日はテキパキしていたから、もう少し出来る子だと思っていたけど、監督が逃亡する事は読んでいたのかな?今日は予期していなかったみたいだから、全く動けてないね」 「……」  花村さんは何も言い返せない。その通りなのだろう。大和田君逃亡は前例がある分読めていたようだが、流石に窃盗までするとは思わなかったんだろうな。 「先生に報告に行ったのは緒方君と春日ちゃんだしさ。中止の張り紙は国枝君だし。なんて言うかさ。ダサいよね。昨日の勢いはどうしたのさ」  吐き捨てるように言って其の儘立ち去る。  花村さんは俯いて唇を噛み締めるのが関の山だった。  さて、丸一日暇になった訳だが、仮眠を取るにしても、どこで寝て良いのか解らん。  遊びに行くにしても、ヒロは波崎さんと回るだろうし、国枝君はどこかに行ったまま。 「しゃーねえ。一人で回るか」  去年は誰かしらと何かしら遊んだが、今回はいきなり休暇をもらったようなもん。全く予定が無いので、プラプラと校内を回る。 「おう緒方。一人で何してんだよ?」  声を掛けてくれたのは吉田君だ。 「いや、暇になって」 「え?あの訳解んねえ映画の主役だろ?忙しいんじゃねえの?」 「いや、実はさ」  カクカクシカジカ、と説明をする。  吉田君の反応は、鼻で「ふ~ん」言ったのみだった。 「窃盗なぁ…俺、昨日から泊まり込んでいたから、大体犯人解るけど」  驚きの新情報だ!! 「犯人って誰!?」 「いや、昨日?今朝?まあ、兎に角真っ暗な時間帯にE組から物音がしてさ。行ってみたら、大和田が機材を触っていたんだよ。俺はチェックしに来たのかと思ったから放置したんだけどさ。あいつ、お前のクラス展示の監督なんだろ?」 「つー事は、やっぱ大和田君か…」  想像通りだ。特に驚く事は無い。 「でも、大和田が犯人っつうのもなあ…そうなりゃ今日は学校を休む筈だろ?あいつ、さっき屋上にいたから」  本気で驚いて心臓が飛び出そうになった!!屋上!?昨日クラスに侵入してそのまま学校に泊まったのか? 「ま、まだいるかな!?」 「さあ…さっきっつっても6時頃だからな。まだ校内にいるにしても、屋上はどうかな…」  俺は吉田君にお礼を言って飛び出した。  屋上!!取り敢えず行けば何かあるかもしれない!!  全力で屋上に駆け上がる。  しかし、鍵が掛かっていて屋上には入れない。吉田君も恐らく廊下で見たんだろう。 「もう校内にはいないか…?」  帰ったんだろう。そう考えるのが自然だ。だが… 「なんでわざわざ屋上に来た?」  フィルムを回収して上映を阻止する目的なら果たした筈。そのまま帰っても良かった。  なのにわざわざ?  ……何かヤバい…気がする…  人が立ち寄らなそうな場所は…  今日は文化祭だから限られている。俺も仮眠を取ると思ったが、一人になれる場所は思いつかなかった?  じゃあやっぱ帰った…  一応、念の為に確認してみるか…  俺はスマホを取り出してコールした。 『は~い。今ちょーっと大事な話中だから、後にして貰えるかな?隆君』  電話した相手は槙原さん。 「ごめん。直ぐ済むから。今日人が立ち寄らなそうな場所、知ってる?」 『文化祭だよ?どこもかしこも誰かしら居るよ。学校の人間だろうが、外部の人だろうが』 「それでも、心当たりない?」 『う~ん…美咲ちゃん、今日に限って人が来なさそうな場所知ってる?あ、やっぱ知らない?』  楠木さんも一緒か。手掛かりが無いなら楠木さんに聞こうとしたけど、意味無くなったか。 『え?……プール?隆君、春日ちゃんがプールだって。そう言えば、季節が外れている上に今日は部活も休みだから、誰も来そうも無いね』  春日さんも一緒か?じゃあそっちの用事も読めたわ。  取り敢えずプールに行こうか。ひょっとしたら更衣室が開いているかもしれないしな。  俺は礼を言って通話を終えた。そしてダッシュでプールに向かう。  プールに来てみたけど、当然ながらフェンスに鍵が掛かっていて入れない。  更衣室はそのフェンスの中。確認は取れないが、そのフェンスは頑張れば乗り越えらる高さだ。  まさかわざわざこんな所にはいないだろうと思いつつ。確認の為にフェンスを越える。  そして更衣室に行き、ドアノブを回した。 「……やっぱ鍵が掛かっているか…」  水泳部などプールを使う部活も、今の時期は使っていない。室内プールじゃないんだから。だったら来季に使うときまで封印しとくだろう。 「……一応周りも確認しとくか…」  身を隠せそうな場所は…とプールを一周する。  つか、水入ってねーじゃん。中に入って初めて解った事実。実のところホッとした。  水が入っていれば…俺の考えが間違っていなければ…だが。  角の茂み。そこは手入れが行き届いていなかったのか、結構な雑草が生えている。  つか、雑草じゃねえ。木だ。雑木が育って茂っているんだ。明石やだっけ?あの棘が生えている木。それが一メートルほどの高さで10本ほど生えている。  隠れられそうだが、こんな所にまさかなあ…とか思いつつも掻き分けてみる。 「………居たよ…」  そこには捜していた大和田君が、体育座りで顔を膝に埋めて震えていた。 「…寒いんだろ?出てきなよ」  ぶんぶん首を横に振って拒否。でも寒そうだ。 「……皆と顔を合わせるのが都合悪いのか?」  特に反応は無い。まあ…逃亡するくらいだから、申し訳ないとかはあまり思わないんだろう。ならばやっぱり… 「……自殺できなくて悲しいのか?」  大和田君の震えが止まる。  やっぱりそうか…俺は溜息しか出なかった… 「あのな?いくら作品が酷評されても、それをネタに笑われても、自殺する程のもんじゃないだろ?悔しかったら次の作品で頑張ればいいんだよ」  返事も無いし、なんのリアクションも無い。面倒くせえな。 「逃亡については、俺は非難するよ当然。何逃げてんだ?まさか逃げるのに疲れたから死のうと思ったのか?だとしたら本気でアホだなお前」  やはり何の反応も無い。ただ蹲っているのみ。 「窃盗を後悔してんの?だったらみんなに謝れよ。許してくれるかは知らないけど」 「……お前に…」  ん?今声出したな?だけどなんか逆ギレしてるようだけど? 「お前に何が解るんだ!!」  やっぱ逆ギレだ。胸座を掴もうとするが、軽やかに躱してそれを阻止する。 「解らないに決まってんだろ。解ったのは、逃亡した事と窃盗した事と、死のうと思った事くらいだ」  全くの正論。だって俺は大和田君じゃない。自分の心は自分しか解らないのだから。 「うるせえ!!俺だって!!俺だってな!!一生懸命頑張ったんだよ!!それを花村の奴が!!」 「だって逃亡したのは事実だろ。その尻拭いをしたのは、紛れもなく花村さんだ。お前が押し付けた責任は、みんなで分担したんだ。お前は何も頑張っちゃいないだろ。ただ迷惑掛けただけだ」 「だからって俺の作品をパクリとか言うな!!せめて参考にしたとか言えよ!!」  うわ~…何だこいつ…?マジ引くくらいおかしい… 「パクリと言ったのは観客で、それが感想なんだから仕方ないだろうが?お前は観た人全てが高評価してくれるもんだと思ってんのか?そんな考えなら作品を作るな。作ってもいいけど公開すんな。一人でひっそり楽しめよ」 「ド素人が知った風な事を言うな!!」 「いや、お前もド素人だろ」 「大体お前等の演技がクソだから、監督の俺が苦労すんだよ!!」 「それでも起用したのは監督のお前だ。俺達の演技が下手くそなのも含めて、全ての責任はお前にあるだろ。責任放棄するくらいなら最初から作品作るな。演技のせいにするなら、演劇部あたりに頼めばいいだけだ。つか、糞はお前だカス野郎」  なんつーか、怒りがあまり湧いてこない。俺が口で勝てているからだろうか?多分そうだろうな。  いや…そうじゃないな。  理由は何であれ、自殺するかも、と思って捜したが…  こいつそんな度胸ねーわ。ポーズだわ自分自身の。 『責任感じて自殺する俺ってカッコよくね?』みたいな感じ。  そう考えると… 「ふざけんなよお前」  怒りの方が勝って来て歯止めが利かなくなっちまう。 「死にたきゃ死ねよ。ただ、一筆書いて死ね。死んだら臓器は病気で大変な人に全部提供します。ってな」  生きたい人が大勢いる。でも、叶わず死んでしまう人が大勢いるんだ。  死ぬんならその臓器は無用な物だろ。だったらせめてその人達が生きられる為に死ね。  無駄な死は御免だ。どんなクズだろうが。 「麻美は死ななくてもいいのに死んだんだ!!麻美だけじゃない、他に生きたい人が大勢いるんだよ!!カッコつけて死ぬんなら、役立ってから死ね糞が!!」  気付いたら、俺は大和田君の胸座を掴んで投げ飛ばしていた。  ぶん投げられた大和田君は少し引き攣っていたが、やがて渇いた笑い声を上げた。 「は、はははは…そうだったそうだった。緒方、お前中学時代狂犬とか呼ばれていたんだっけ。西高の連中がお前の名前だけで逃げるくらい、おっかなかったんだっけ?」 「だからどうした糞」 「暴力で俺を脅すか?死ねってさ。成程、おっかねえなお前。殺さないで殺すかよ。ははははは…」  何言ってんだこいつ?自殺したかったのは自分だろ。無茶な責任転嫁も程々にしろよ。 「いいぜえ?殺せよ?自慢の腕力で俺を殺せよ!!」  そういやこいつは無責任の逃亡野郎だったな。責任転嫁はお手の物か。だが、一応聞いとくか。 「……そこまで言うんなら覚悟は出来ているんだろうな?死ぬ覚悟がさ…」 「ははははは…お、お前は出来ているのか?殺す覚悟が?」  舐めんなよクズが。その覚悟は中学時代にとっくに済ませてんだよ。  麻美を殺した糞野郎共を、この手でぶっ殺すって決めた時からな……  綺麗事っつうか、何と言うか。  こんな場面に良く聞く言葉がある。  そんな奴殴る価値も無い。ってアレだ。  この場合、大和田君は間違いなくそれに該当するだろう。殴る価値も無い奴。  じゃあ殴る価値のある奴って、どう言う奴なんだろう?  俺は馬鹿だから解らない。解らないからって訳じゃないが…… 「望み通りぶち砕いてやるよ糞が……」  俺の拳は糞をぶち砕く為に鍛えた物。価値云々じゃねーんだ。目の前の糞がふざけた事を抜かすのなら、その口を開けなくさせるまで。 「え?ちょ…え?お、緒方?マジになっちゃったの…か?」  大和田君は俺の異変に気付いてか、ビビりながら後退する。  異変ってのはおかしいか。俺は元々こう言う奴なんだから。 「お、落ち着けよ緒方…お、俺も言い過ぎたからさ…」  言い過ぎはどうでもいい。俺に覚悟を問うたんだ。当然そっちもあって然るべき。その覚悟、示して貰うだけだよ。 「あ、あれ?緒方ってボクシングやっていたんだろ?ま、マズイんじゃねえの?素人をぶん殴ったりしたら?」  いいんだよ。俺がボクシングやっている理由は、まさにお前みたいな奴をぶん殴る為なんだから。 「そ、そうだ!!俺、クラスのみんなに謝ろうと思うんだ!!と、当然お前にも謝るよ!!だ、だからさ!!」  知らねえよ。勝手に謝罪でも何でもすりゃいいだろ。俺にはいらないけど。今お前をぶち砕くから、それでチャラにしてやるよ。 「す、少し落ち着こうぜ!!緒方!なあ緒方!!ひゃあ!?」  フェンスに背中を付けて吃驚したのか?ひゃあって。  ああ、逃げ場が無くなったから、変な声出したのか。  こんな場所に隠れた自分の自業自得だな。そりゃ仕方ない。自業自得ばっかだなあ、お前……  もうこれ以上は下がれないようで、手のひらを俺に向けて首をイヤイヤと振っている。  それは来るな?それともガード?まあいいや。鼻っ柱をぶっ壊すのに支障はないな。  俺は拳を振り上げる。 「ちょ!!マジか!?マジ!?本気で!?ウソだろ!!」  嘘か本当か直ぐに解るさ。  鼻がぶっ壊れた後だけどなあ!!  真っ直ぐに突き刺さるように放った右。  拳には異質な手ごたえがある… 「…カス相手に何やってんだ緒方?」  木村…なんでここに??  木村が大和田君に届く前に俺の拳を止めたのか。手ごたえは木村の手のひらだったのか。 「ひ!!ひいいいいい!!」  情けなくも鼻水を流しながら頭を抱えて蹲っている大和田君に、酷く冷たい瞳をぶつけながら言った木村。 「おい、消えろ。じゃねえと今度は俺が殺すぞ?」  俺以上に明確な敵意に、大和田君はホウボウの体でフェンスから出て行った。  大和田君の姿が完全に視界から消えるまで、木村は俺の拳を掴んだ。そして見えなくなると同時にあっけなく放す。 「邪魔だったか?」 「いや…助かった…」  俺はへたり込みながら礼を言う。  あのままだったら俺は確実に…… 「……雑魚相手に熱くなるなよ。気持ちは解らんでもねえけど。」 「…知ってんのか?」 「……昨日、寝る時間を奪われる程聞いたからな…」  げんなりしながら答える。黒木さんの愚痴電話に付き合ったのか? 「で、なんでここに?黒木さんと待ち合わせしているんじゃねーの?」 「取り敢えず仮眠取りたくて…」  ぶらついてここを見つけたのか。  それにしても、仮眠取るくらいなら、午後からくりゃいいのに。まだ昼にもなってないだろ。  俺は尻に付いた泥と埃を掃いながら言う。 「礼代わりに何か奢ってやるよ」  木村は渋い顔になる。 「学祭の出店とか展示とかの飯かあ?不味いモン奢って貰ってもなぁ…」  まあ、同意だ、誰が好んで不味いモン食いたがると言うのか。 「外に出てもいいけど、お前黒木さんと待ち合わせしてんだろ?」 「あー…そうなんだよなあ…マジ面倒くせえ…」  言いながらも、ちゃんと我儘聞いてやっている辺り、愛があるよな。イメージと違うわ。  楠木さんの彼氏時代もこんなんだったんだろうか?アレは利害一致の偽物だから、また違うんだろうか。 「つっても、何時までも此処に居る訳にもいかないだろ。取り敢えず出よう」 「俺は仮眠場所を探している最中なんだが」 「プールに仮眠できる所なんかねーよ」  渋る木村のケツを叩いて、フェンスを乗り越え、外に出た。  しかし、良かった。  元々大和田君が自殺するかもしれないと思って捜し当てたんだ。自殺のポーズだとしても、手遅れにならなくて良かった。  ……俺が殺しちゃいそうだったけど。 「で、出たのはいいが、どこ行くんだよ?展示は中止なんだろ?」 「あー、知っていたのか。つか、だから早くから呼ばれたのか」 「……断ると後が面倒くせえんだよ…」  愛があると言うより、尻に敷かれているのかよ。それも意外だけど。  取り敢えずクラスに戻ろう。  木村もうろちょろするより休めるとか言って同意してくれた。  途中、屋台からたこ焼きを買って食った。 「…やっぱ学祭のモンはマジィな…」 「Cクラスに謝れ。Aの焼きそばよりマシなんだぞ!!」 「知らねえよ…つか、これじゃあウチの学校の方がまだマシだ」  意外だった。西高も文化祭をやるのかと。  まあ、それは冗談だが、西高の屋台の方がマシなのが意外だった。 「ちゃんと売らねえと打ち上げ資金が無いからな」 「え?出店で稼いだ金を打ち上げに回すのか?」 「当たり前だ。誰がカンパなんかするか。誰の懐に入るか解らねえのに」  西高らしいと頷く。横領着服で誰も信用できんと言う所が、凄く納得だった。  さて、自分のクラスに着いたぞ。  クラスメイトの姿がまばらだ。みんなどこかに行ったのだろう。部活ある人は部活の展示の方に行っているだろうし。 「緒方、この椅子三脚使っていいか?」 「いいけど、三脚もどーすんだよ?」  俺の質問を無視して椅子を縦に並べる木村。そしてそこに横になる。 「少し寝かせろ。あいつが来たら起せって言っとけ」 「成程…ベッドにすんのか」  西高の分際でなかなか考えていらっしゃる。  つか、もう寝息立てていやがる。黒木さん何時まで電話してたんだ? 「…俺も少し寝ちゃおうかな…」  椅子を縦に三列並べて横になる。ちょっと…かなり固いが、何とか寝れそうだ。    ……    あー!!明人!!ここにいた!!なんで寝てんのさ!!  …うっせえな。お前が寝かせてくれなかったからだろうが。  ち、ちょ!!!その言い方!!誤解招くから!!    …黒木さんが木村と合流したのか。しかし、あの木村がこんな会話するとはなぁ…  ……    あれ?緒方君寝てるよ?  ホントだ。昨日眠れなかったようだからな。少し寝かしといてやろうぜ。  アンタ昨日も泊まったんでしょ?迷惑掛けてないでしょうね?  …この声は…波崎さんか?展示中止になっても来てくれたのか。良かったなヒロ。  ……  … 「おい。起きろー」  身体を揺すられ、目を開ける。 「やっと起きたね。もう夕方だよ」  俺の顔を覗き込みながら、里中さんが苦笑しながら言った。  つか、もう夕方!? 「え?マジ?」 「マジもマジマジ。大マジさ」  窓から外を見ると、夕日で赤く染まっていた。結構爆睡していたのかよ… 「木村君とか波崎さんとかも来たけど、寝かせとけって言うからさ。気を遣って誰も起こさずでこうなった」 「いや…有りがたいよ。昨日は寝ていなかったようなもんだから。そうじゃなくても、この所満足な睡眠は取っていなかったからな」  駄作の主演のおかげでな。と毒付こうとしたが、やめた。  この映画は春日さんが最後の思い出だと言ったんだ。それを汚す事は憚れる。 「因みに打ち上げは無いよ。自主的に集まって騒ぐだけ。来るよね?」 「……その伝言役で起こしてくれたんだろ?」 「当たり!!凄いね緒方君!!その通り、わざわざお知らせする為に、君を起しに来たんだよ。そこまで言ったら解るよねえ?」  行かないって選択は出来ないって事だろ?恩着せがましくしなくても…昨日の事が残っていると思ったから、気を遣わせたのかもな。  里中さんに連れられて、電車に揺られて着いた先。 「カラオケか…」 「うんそう」  ここ、去年のクリパの会場じゃねーか。  呼んでもいないのに朋美が来て、俺が先に帰ったんだよな。あの時も大変だった。 「みんな中に居るの?」 「もう始まっている筈だよ」  店員さんに一言告げて案内して貰う。中からは音楽と歌声が聞こえている。 「おまたー!!主役の登場ですよー!!」  里中さんが勢いよくドアを開けると、歌声が止んだ。  俺はひょこっと部屋を覗く。 「おう隆!!遅かったなあ!!」  ヒロ…と波崎さん。 「緒方君、逃亡監督を追い込んだんだって?」  黒木さんと木村。 「まあまあ。隆君はこっちね」  楠木さんと槙原さんの間に座らせられる。正面には春日さんがいる。 「緒方君は何飲む?」  国枝君が既にアイスコーヒーを準備して待っていた。俺は苦笑してそれを受け取った。 「おう緒方、大変だったんだってな?」 「吉田君と…蟹江君も来ていたのか…自分のクラスの打ち上げに参加しなくて良かったの?」 「打ち上げ?なにそれ?」  ちょっと悲しい顔を拵える蟹江君。蟹江君のクラスは打ち上げが無かったのか。 「まま、みんな揃った所で、文化祭お疲れって事で。乾杯!!」  何故かヒロが音頭を取ったが、誰一人文句を言う事も無く、みんなコップを掲げた。 「さて、トップは誰から?」 「明人、歌って」 「何で俺が!?お前等の打ち上げだろ!!」  みんな思い思いに話し出した。  俺は楠木さんと槙原さんの囲まれながら、正面の春日さんを見る。  隣の里中さんと仲良く話している。よく笑っている。  ……うん。良かったな。それでいいんだ。  俺みたいなフラフラしている奴に依存しないで、自力でそこまで笑えるようになったんだから。  ちょっと寂しいが、それでいい。  そう思ってコーヒーを煽る。  ドリンクバーのコーヒーは、やはり味が薄かった。 「……ねえ隆君」  自分の世界に浸っている俺に、槙原さんが話し掛けてきた。 「大和田と花村、どうしようか?」  どうするも何も… 「別に?放置でいいんじゃない?」 「……隆君ならそう言うと思ったよ」  にこっと笑う槙原さん。  なんだろ?なんか…背筋がぞくっとしたような… 「学祭も終わって、次は修学旅行だよね」  今度は楠木さんが話し掛けてくる。 「京都楽しみだよね。私としては沖縄の方が良かったけどさ」  乗っかる形で里中さん。 「あれって行先誰が決めるんだろうな?」  旅行代理店とか? 「談合じゃない?あと接待とか」  身も蓋も無い事を…夢を壊すな槙原さん。 「同じ班になろうね?」  目を輝かせて言って来る楠木さん。俺は頷いて了承した。 「絶対だよ?」 「解ったって。つか、半決めのホームルームそろそろやるだろ」  あと一か月も無い事だし。 「多分来週の頭くらいにはやると思う。男女混合で6人だよね」  ウチのクラスは40人。何処かの班が7人になる。俺の班は何人になるだろう?  つか、修学旅行までもう一か月も無い。  前にもぼやいたが、ウチの学校は秋に行事が集中し過ぎている。正直忙しいわ。  …俺の大事な決め事も、もうそろそろリミットが来るだろう。 「修旅か…ウチのばーちゃん、ちょっと前に死んだんだよ。その寸前に言ったんだ。お前の修学旅行前に死ねて良かったって。楽しみを邪魔したくなかったって。俺としちゃ、そうなったらそうなったで仕方がないと思っていたけど、ばーちゃんがそんな事考えていたなんて知らなかったからさ、なんか来るものがあって…修旅目いっぱい楽しもうって思ってんだよな」  蟹江君が背もたれに体重を預けながら、天井を見ながら言った。  つか、蟹江君の家に不幸があったのか…… 「そっか、蟹江のおばあちゃん、それが気がかりだったのかもね。ちゃんとお別れ言った?」  楠木さんの質問に、俺の胸が痛んだ。 「なに言っていいか解らねえし、無難に心配すんなと言っといた」  俺が麻美に未だに言っている事を、蟹江君はおばあちゃんに言ったのか……  俺は心配ばかりかけているけれど、蟹江君は違うようになるんだろう…… 「でも、生前にもっと話しとけば良かったって、後悔したなあ…ずっと病気で入院していたから、ちゃんと見舞いに行ってさ」  蟹江君の言葉が、俺のもやもやを加速する。  そして、やはり、楠木さんの質問が胸に刺さったままだった…… 「ところで大和田と花村だけどね」  隣の槙原さんがいきなり切りだす。 「隆君はほっとけって言ったけど…」 「うん?」 「私はやっぱり治まらないかな?」  収まらないって… 「…なんか企んでいる?」 「勿論」 「…マジやめて。自殺でもしたらどうするの?」 「大和田はしないでしょ。隆君がそれを証明してくれたし」  …そうだな。俺が証明したようなもんだ。 「は、花村さんは解んないでしょ?」 「いいじゃない?別に?」  俺の背中に冷たい何かが走った。  何で笑うの?そんな冷たい目で?  いや、それよりも… 「だ、駄目だろ。自殺は?」 「なんで?勝手に死んじゃう奴の事なんか知らないよ?そんな豆腐メンタルなら、大和田にあんな事するべきじゃ無かったし、隆君の陰口を叩いて笑わなくても良かった。一クラスメイトとしてひっそりしていれば良かったんだよ」  …本気か…死んでも構わないって…  槙原さん…君は…狂ったのか?それとも、元々そうなのか? 「…春日ちゃんの事、聞いたよ?」  ドキリ、と心臓が痛む。いや、聞いたんだろうとは思っていたけど、改めて言われると、結構ダメージデカいな… 「この三つ巴…」 「三つ巴!?」 「いいから黙って聞く。春日ちゃんが一番強いかな?って思っていた。覚悟がハンパ無かったから」  あ、ああ…三つ巴ってそう言う… 「美咲ちゃんもそう思っていたって。最大のライバルは春日ちゃんだと思っていたって」  春日さん何気に評価高いな…俺を唯一殺した人だしな。  振り返ると、春日さんの覚悟は本物だったと言えるだろう。殺して後追いとか、マジぱねえ。 「春日ちゃんがまさかのリタイア。理由は日向さんに勝てる気がしないって。二番目は嫌だって」  俺は黙って聞くしかなかった。  結局麻美を引き摺っている、俺の軟弱振りが悪いのだから。 「美咲ちゃんはそこらへんドライだからさ。故人相手の二番目でもいいや、ぶっちゃけリアルでも二番目で構わないって。これって浮気相手でもOKって事だよね。それはそれで別の覚悟を感じると言うか」  それは…ちょっと違うと思う。  楠木さんのその考えは、自分が過去に起こした事件で、後ろめたさを感じているからって言うか… 『自分はこんなビッチだから、まともに付き合えなくて当然』と思っている節があるからであって、一種の自虐だ。  反論しようとした俺だが、槙原さんの続く言葉で止められる。 「私も故人相手じゃ別に二番目でもいいかな、って思うけど、リアルじゃ嫌だし。これじゃ、私だけ覚悟が足りないじゃない?」 「そんな事は…」 「だから…私も覚悟する。隆君を傷つけた奴は許さない。隆君の敵は私が倒す。どんな手を使っても…たとえ私がどうなろうとも…」  それ…絶対に覚悟って言わねえだろ…自暴自棄みたいな感じがするが…ちょっと違うと思うけど… 「春日ちゃんは強くなった。私は別の方向で強くなるから!!」  俺を見つめる瞳…そこには狂気があるように思えた…  怖え…正直言って怖い。  朋美と別ベクトルの狂気が直ぐそこにある…  俺は唾を飲みこんで言う。 「俺の敵は俺自身だよ。俺も倒してくれるか?」 「……自殺の手伝いをしろって事?それは出来ないよ」 「だったらその考えを引込めてくれ」 「隆君のその拳はどうなの?手段は違えど、私の考えに近いと思うんだけど?」  その通りだった。俺は頭が末期だから暴力しか使えなかっただけで、槙原さんは腕力が無いから頭を使う。その違いでしかない。だが俺は更生(?)したんだ。した筈だ。少なくとも、腕力に頼るのはやめようと思っている。 「はいはい。物騒な話はそこまでにして、遥香、歌いなよ?折角カラオケに来たんだからさ」  楠木さんが割って入って、マイクを強引に槙原さんに渡した。  槙原さんは苦笑いし、ステージに立つ。 「遥香も追い込まれてんねー…」  楠木さんが疲れたように呟く。 「追い込まれているって…?」 「春日ちゃんが隆君を諦めた事よ」  俺が振られた、呆れられた事で、何で追い込められる?  俺の疑問を感じたか、楠木さんは続けて話した 「春日ちゃんはホントに隆君の事好きだったんだよ。今も好き。だけど諦めた。二番目が嫌だからってのも本当だけど、勝てない相手が居るからってのも本当だけど、自分が傍に居れば隆君が苦しむから、離れたんだって」  俺が苦しむ?なんで?  意味不明な真実を告げられて、俺の頭が付いていけない!!  考え込んでいると、楠木さんは意味深に笑う。答えを知っているのか?  答えを期待していた俺に、楠木さんの口からは意外な言葉が!! 「ぶっちゃけ私も何で!?とは思ったんだけど」  解らないのかよ!! 「でも、何となくは解るかな?」  どっちだよ!!だけど何となくでも解るのなら… 「じゃあどういう意味なんだ?」 「何となくしか解らないから答えられません!」  ドン!!と胸を張って宣言した!! 「なんだよそれ…」 「いやー。塾に通っていても、解らない問題多いよね?」 「いや、知らないけどさ…」  塾に通って人の心が解るなら俺も通うわ。是非通わさせて戴くわ。 「まあ、私としては、ライバルが減った事は単純に喜ばしい事ではあるし、春日ちゃんとこれからも仲良く付き合えるんなら万々歳だし」  そう言う捉え方も当然あるよな…当事者の俺が言うのも何だけど。 「だけど、遥香の方は考えを変えたかも」 「槙原さんが?」 「うん。春日ちゃん離脱は遥香的に衝撃だったらしくてさ。その前までは日向さんは故人で、自分に関係ないと思っていたようだけど、春日ちゃんはその日向さんに負けたようなものだから…」  ちょっと凄味のある表情を作る。 「…遥香って完璧主義な所あるじゃない?一番に座るなら…日向さんも倒さなきゃ、って」  背筋が寒くなった。  楠木さんの凄味のある顔…それは怒っている顔。  何で怒っているのか解らない。解らないが、怒っている相手は解った。  楠木さんは槙原さんに怒っているんだ。  視線の先の、歌っている槙原さんに…

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