緒方隆の廻愁奇譚3

読了目安時間:22分

二年の夏

1

 月日は流れて、もう直ぐ期末テストがやってくる。  新しいクラスにもすっかりなじみ、ヒロや国枝君以外にも話をする男子が増えたし、女子のアドレスもちょっとだけ増えた。  しかし、朝っぱらから暑い。トレーニングした後にシャワーを浴びてスッキリしたのだが、それが無駄に終わる。  ホームルームが始まる前だってのに、じっとりと汗が滲み出てくる。 「………ハンカチ、要る?」  隣の席の春日さんが、可愛さ全開の素顔で俺にハンカチを貸してくれた。 「ありがとう」  タオルを持っているとは言えずに、ご厚意に甘える。  目のやり場に困りつつ、借りたハンカチを返す。  実は春日さん、楠木さんの指導で、規定きっちりの制服の着こなしをやめたのだ。  胸元のボタンを一つ外し、スカートは短め。地味だったイメージが、若干ながら薄れていた。  おかげで告ってくる男子がアホみたいに湧いた。  全てお断りしているようだが、まあ、元々可愛いのが更に増したんだから、仕方が無い事だろう。 「おはよー。あっついねえ」  胸元を、見えそうで見えない絶妙な角度を以て、少し開けて手でパタパタ仰いで風を送りながら入って来たのは、左隣の席の楠木さん。  こっちは初心者(?)の春日さんと違い、かなり着崩している。少し制服も改造しているようだ。  スカート短っ!!少し屈んだだけでパンツが見えそうだった。 「ん?何?」  やべっ。チラ見してるのバレた。 「いや、今日もスカート短いな、と」  素直に言っちゃうのが俺だ。一気にジト目になった春日さんが怖いが、下手に誤魔化すと後々面倒だ。 「だから、付き合ってくれるなら、パンツどころか全て見せるってば」 「………あ、あの、わ、私も頑張るから…」  どっちにしても面倒な事になってしまったか……  思わず溜息を付く。  二年になってから、三人のアプローチが、人目も憚らずに露骨になって来たのだ。  いつだったか、国枝君に言われた事を思い出す。  ちゃんと決めないといけない。みたいな内容だ。 「……いつからこんなくだらない男になったんだ。俺は……」  傍から見れば、あっちフラフラ、こっちフラフラの最低男。実情を知っている奴が見ても、好意を利用しているように見えると思う。  自己嫌悪に陥る。  麻美に相談したくても、全く姿を現さなくなったし。  厳密には稀に現れて話はするが、こっちからの呼び出しには一切応えなくなった。  一体どうしたんだ?話する限りは、変わったようには見えないんだが。 「おはー。緒方君、今日もモテモテですなあ」  ニヤニヤしながら入って来たのは、後ろの席の里中さんだ。  いつも遅刻ギリギリなのに、ヒロより早いとは、ちょっと驚きだ。 「今日は早いな?」 「うん。ちょっと報告があってね」  ちょいちょいと耳を貸せ的なジェスチャーをする。  言われた通りに顔を傾けると、ヒソッと耳打ちしてきた。 「朋美、また退院伸びたって」  ……またか…  これで何度目だ?心配する義理は無いが、ちょっとおかしいんじゃないか? 「あの子、結構病院抜け出していたりしているからね。なかなか病気治んないかも」 「それにしても、治り遅すぎじゃねーか?無茶し過ぎてんだろうから、仕方ないのかもしれないけど…」 「まあね。それにお薬の副作用か知らないけど、幻覚見たり幻聴聞いたりしているみたいだし、内臓だけの問題じゃないのかもね」  幻覚?幻聴?まさかヤバい薬に手を出しているんじゃないだろうな?  入院しているから、それは無いか…… 「少なくても夏休み中は退院は無理っぽいね。此の儘じゃ留年確実かな」  そうだろうな。二年に進級して、一度も学校に来ていないんだからな。 「気になるんなら、一度病院にお見舞いに行ってくれば?」 「うん…一度義理立てで病院行ったんだけど、看護師さんに追い出されてさ。なんか行き難いかな」 「そうなんだ?でも緒方君的には良かったんじゃない?」  ギクリとした。  確かに、今の状況は俺にとっては良い状況だ。此の儘疎遠になってくれれば、と思っている。  その思考を読まれたようで……  他人の不幸に乗っかるような、汚い俺を見透かされたようで…… 「おはよー」  槙原さんと黒木さんが登校してきた。  その後ろには国枝君。何か苦笑いをしている。  黒木さんが、なにやら思いつめたような顔をしているが… 「どうしたの黒木さん?具合でも悪いの?」 「緒方君。んー…ちょっと相談があるんだけど…」  俺に相談とか、どんだけ追い詰められているんだ? 「相談事なら、国枝君の方がいいんじゃないかな?頭もいいし」 「僕が緒方君に相談してみた方がいいって言ったんだよ。木村君と仲がいいのは、緒方君だしね」  木村がらみの相談か…嫌な予感しかしないが…  恐る恐る聞いてみる。 「そ…相談って…?」  言い難そうな黒木さん。えっと、えっとと繰り返している。  焦れたのか、槙原さんが黒木さんを押し退けて、顔を近付けて来た。  ドキンとした。勿論おっぱいも当たりそうだった。 「海に行きます!!」  人差し指を突き出して、ニカッと笑う。  つか、海?  首を傾げると同時に、楠木さんと春日さんが同時に発した。 「海!!」 「………海?」 「そう!!夏休み一泊して!!」  海か…いいなあ…三人娘の水着が見れるとはな……  ここで申し訳なさそうに、黒木さんが話した。 「実は明人と夏休みの事で「あきと!?」…木村明人って名前なのよ。知っているでしょ?で、あいつ夏休みは友達と「あいつ友達なんかいるの!?」…そりゃあいるでしょ。緒方君にだっているんだから。で、ツーリング行くからいないって。そこで私と友達どっちが大切だって聞いたら「うわ面倒くせえ!!」…緒方君の周りの方がすんごく面倒臭いんだけど!!で、お前も友達と海にでも行けよとか言われて。んで、つい緒方君誘って行くって言っちゃたら、少し考えだして、緒方が行くんなら俺も行ってもいい。って言い出して……」  所々の俺の突っ込み部分は置いといて、木村が俺と海に行きたがるとはな……  何考えてやがるんだあいつ?  まさかそっちの方面か?  嫌だよ!!俺は女子の方がいいんだよ!! 「何を青ざめているのかは知らないけど、もう海辺のコテージ押さえたから。だから決定事項です」  槙原さんがグイグイ顔を近付けてくる!!近い!近い!!いい匂いするから!!  顔を引いている俺を押し退け、楠木さんが乗っかった。  物理的に。俺の顔面に。  おっぱい全力で当たっているってか、押し付けている!! 「ねね!!そのコテージ何人用!?」 「10人は大丈夫!!」 「メンバーは!?」 「私とー、黒木さんとー、木村君とー、隆君は確定!!あと、国枝君と川岸さんも呼ぶ予定」  俺は確定なのか?まあいいけど…… 「私も行く!!」  楠木さんが元気よく手を上げて、そして静か~に、だが、指先も真っ直ぐにして、春日さんも挙手した。 「解っているって。大丈夫大丈夫」  槙原さんが笑って了承したが、最初から呼ぶつもりだったのだろうか?  なら、先に提示したメンバーに入れて無かったのは何故だ?  まあ、用事があるかも知れないからって気遣いかもしれないか。春日さんはバイトもある事だし。  あからさまに安堵している楠木さんと春日さん。  なんだ?何かおかしい?どうなっている?  仲良しな筈だよな?休み時間も一緒だし、昼飯も一緒だし…… 「で、後二人余裕あるんだけど」  ちらり、と里中さんを見る槙原さん。 「あ~…私パス。一応彼氏とどこか行く事になるだろうし、その日にちが被ったら困るし」  そうだよな。彼氏優先だろう、普通は。 「と、言う訳でさ、大沢君に話しといてよ」 「は?ヒロも誘うのか?それこそ波崎さんと、どこか行くんじゃ?」 「だから、海に行こうよ。みんなで」  ……なんか、周りの事情なんか、お構いなしなような気がするが…  まあ、一応話してはみるが、なんだろう。釈然としない。  休み時間、ヒロにその事を話した。 「海か。コテージって事は、一泊か?」 「多分…」 「そっかあ…そっかああ!!」  なんかやたらテンションが上がったヒロ。 「で、波崎さん……」 「絶対連れてく!!心配すんな!!バイトも休ませる!!」  何故そんな必死に俺の腕を掴む!?痛いだろうが!!離せ!!  無理やり腕を振り解いて言う。 「そんな訳だから…日にちはまだ決まってないみたいだが、予定は入れといて」 「任せろ!!」  胸を力強く叩くヒロ。なんか頼もしく見えるが、顔がだらしないくらい垂れ下がっている。  こいつ、何かに期待しているんだな。徒労に終わらなきゃいいんだが。  小走りで教室から出て行くヒロを目で追いながら呟く。 「まあ…夏は開放的になるって言うしな…」 「緒方君、そんな呑気な事、言っていいのかい?」  にゅっと国枝君が俺の目の前に入り込んだ。  びっくりしたが、それよりも… 「呑気な事ってなんだ?」 「だから、夏は開放的になるんだよ」  ?????? 「悪い。さっぱり解らない……」  首を捻る俺に、国枝君がやや呆れたように肩を竦めた。 「緒方君、この頃あの三人、よそよそしく感じない?」  視線を向けた先は、槙原さん、春日さん、楠木さんが仲良く談笑中の場面だった。 「よそよそしいって言うか…なんか違和感があるな…」 「へえ?ちゃんと見ているんだね?実は結構意外だったよ」  眼鏡の奥で目をまん丸くする国枝君。  失礼な事を言われているような気がするが、見直されたような気もする。  要するに、本心を曝け出してくれているのだ。  だがしかし、相変わらず何を言いたいのかは解らない。 「なあ国枝君、ちゃんと言ってくれないか?俺はほら、馬鹿だから…」 「いや、そんな、馬鹿にした訳じゃ無いよ。気に障ったら謝るよ」 「いやいや、別にムカついたわけじゃないから…ただ、本当に解らないんだ」  暫く見つめ合う。  BLか!?薄い本になりそうだ!! 「……そうだね。僕が言えるのは、そろそろはっきりさせなきゃならないって事だよ」 「はっきり?何を?」 「あの三人の内誰を選ぶのかをさ」 「………」  国枝君はフッと笑う。俺の答えを知っている様に。 「その顔は、まだ決めかねている、ってとこだね」 「……言い方はアレだけど、正直誰でもいいんだ。楠木さんも、春日さんも、槙原さんも好きだし…」  ホント最低だ。消えてなくなりたい程の自己嫌悪に陥る……  だが国枝君は俺を責める事無く、寧ろ当然だと言わんばかりに、大きく頷く。 「それは当然だよ。みんな君の為に頑張っているし、君もその姿をよく知っているんだから」  そう言ってくれるのか。この最低な俺を当然だと。 「だけど、だからこそ選ばなければならないよ。じゃないと四人が可哀想だ」 「四人?」 「日向さんもだよ」  ちょっと待て。麻美は死んでいるんだから……  え?幽霊と付き合えって事?  そりゃ麻美も好きだけど、それはちょっと話が違うんじゃ…… 「絶対に何か勘違いしているだろうから言うけど、君がそんな顔で悩むのは、彼女も辛いって事だよ」 「え?だから選べって?だって麻美は朋美と俺を完全に離す為に…」 「だから、ちゃんとした人を作れば、完全に離別できるだろう?」  君も、彼女もね。  ……やっぱり国枝君は、最後まで含みを持たせた言葉でのみだった。だから、俺は馬鹿だって言うのに…  予鈴が鳴って、この話は一旦終わりだ。  昼休みにでも、海の話をしなきゃな。  しかし、なんか疲れたな。  朋美の事でもいっぱいいっぱいなのに、俺の脳の処理が追いつかない。  ふぁあ…と欠伸をする。  刹那の瞬間、隣の春日さんがハンカチを出す。 「……涙出てるよ」  ハンカチで拭けってか。欠伸の涙でハンカチ汚すのもなあ… 「いいよいいよ。ありがとう」  手の甲で拭いながらお礼を言う。 「……」  少し寂しそうな顔をして、ハンカチをしまった。  ……悪い事したかなぁ……  つか、以前はこんな事で悩まなかったよな……  いかんいかん。こんな事考えるなんて、失礼だろ。  ……こんな調子で頭使っているんだ。眠くて欠伸が出て当たり前か…  ………  うわ、授業中だってのに、俺寝てるわ……  そして今現在、夢の中真っ只中だ。  あの何もない空間に、椅子とテーブル。片方に麻美が座って、その対面に朋美が座っている。  よく見る麻美と誰かとの会話の夢。  麻美の相手は川岸さんだったり、今みたいに朋美だったりと決まっていない。  麻美は朋美に指を刺してゲラゲラ笑っている。嘲笑うように。  対する朋美は…なんだ?痩せすぎだろ?頬はこけて目だけぎょろつかせている。隈が出来ているな。ただ、麻美に対しては、憤怒の形相だと言う事が解る。 「いや~、粘るね、流石朋美。そこまで行くのに、私結構犠牲にしたんだよ?」  感心しながらも小馬鹿にしている体だ。  つか、何を犠牲にしたんだ?  まあ、夢に理由を求めるのがおかしいか。  朋美はそのぎょろついた目を吊り上げ、唾を飛ばす勢いで叫んだ。 「あんたなんか、ちいいいいっとも怖くないのよ!!何なら、もう一回殺してもいいのよ!!」  完璧に今自白したよな。だが、所詮夢。俺の脳内での処理。どうやっても証拠にはならんな。 「いやいやいや。遠慮しとくよ。私をもう一度殺してくれる人は予約済みだからね」 「その人を殺せば予約キャンセルになるんじゃない?試してみようか?」  ざわり  空間の温度が一気に下がった気がした。  馬鹿にしているとは言え、笑っていた麻美の顔が、真顔になったからか?  無表情で朋美を見据えている…… 「ふん。どうやらそれは困るようね?久し振りじゃない?あんたがマジで怒るのは。私に取りつ」 「ふざけた事言ってんじゃないよ。今直ぐぶち殺してもいいんだよ?」  押し黙る朋美。どうやら朋美は麻美をマジ切れにさせた事があるようだ。  あくまでも俺の夢の中だけでだろうが。  やや沈黙の後、真顔の麻美が破顔した。 「やあね。冗談よ冗談。前にも言ったけど、手を引いてくれるんなら、直ぐにでもやめてあげるから」 「……その話、信じると思っているの?私をここまで追い込んだのはあんたよ?」 「信じる信じないは勝手だけど、私は一貫してそう言っている筈だよね?」 「じゃあ私が諦めるって言ったら、あんた信じるの?」 「………信じないでしょうね」 「じゃあどっちみち無理じゃん。何回も言っているけど、私とあんた、どっちかが死ぬまでは終わらないし、終わらせない」 「っても私、もう死んじゃっているんだけどね。あんたに殺されて」  互いに見つめ合い、沈黙。  物騒な話だ。殺すとか死ぬとか。  あくまでも俺の夢だが、それは、俺は潜在意識で二人を殺し合わせたいと思っているのだろうか?  その視線を先に逸らしたのは朋美だった。  そして伏せ目で言い放つ。 「あんたのやっている事は無駄。だって隆は私の事が好きだから」 「だからね、隆は迷惑しているって言ってんのよ?馬鹿なの?何度言ったら解るの?」 「じゃあなんで隆はいつも一人なの?私ならずっと一緒にいられるんだよ?死んじゃったあんたと違って!!」  ムッとした。  誰がボッチだこの野郎。つか、ボッチだったのはお前のせいじゃねーか!!  あの荒んでいた中学時代ですらもヒロがいたんだぞ。お前なんて、たまに学校でツラ合わせて挨拶する程度だったじゃねーか!!  今は国枝君もいるし、クラスは違ったが蟹江君も吉田君もいる。赤坂君も……うん。まあ…  女子だって。黒木さんも里中さんも仲良しだ。  俺は一人じゃねーよ。一人なのはお前だろうが!!  声に発したかったが、何故か声が出ず、脳内のみでも反論となった。  だが、あいつにその事を言っても仕方が無い。  真の孤独者のお前には、何を言っても無駄だ!! ――あの三人は?  え?この頭に直接聞こえてくる感覚は……  麻美か?だけど麻美はあそこで朋美と話している筈。  確認の為にもう一度見てみるが、やっぱり麻美と朋美が顔を突き合わせて、険悪状態ながら話している途中……  そっか。夢だからなんでもありなんだ。  それならそれでいいんだ。話したい事もあったし。  俺は麻美に話し掛ける。  お前この頃顔出さねーよな?何で?  麻美の姿を捜そうとして周りをきょろきょろ見回すも、いない。 ――いいから答えて。あの三人は入ってないの?  あの三人とは、楠木さん、春日さん、槙原さんの事か?それなら入っていると言うよりも、もっと深い所に居るから、改めて述べなかっただけだ。  そう、心の中で答えた。 ――そう…そこまで深いんなら良かった  明らかに安堵したような口調。  つか、どこに居るんだ麻美? ――捜さないで。見ないで。それよりも、隆の事だから、誰にするか決めかねている、って事だよね  そうだな。ぶっちゃけ俺は三人とも好きだし。 ――逆に言うと、三人とも煩わしい?  ……… ――あの子に好かれた事で、困った考え方になっちゃったんだね  ……そうかもしれない。俺は必要以上にくっつかれる事は無かったからな。俺の周りには誰もいなかった。お前とヒロ以外は誰も来なかった。糞共に苛め抜かれていた時も、力を付けて報復した時も。  ……それに、まだ朋美の件が蹴りついてないだろ。ちゃんと結着ついてからじゃないと、誰かを選ぶ事なんてできない。  もしも朋美に逆恨みされて、殺されたらと思うと、躊躇してしまうんだ。 ――それなら大丈夫だよ  ………え? ――あの子の身体じゃ、もう復学できない。いろんな病気を併発しちゃって、退院しても自宅療養するしかない  そんなに酷いのか…あいつ入院中、どれだけ無茶したんだ? ――無茶も無茶。もう引き返せない程の無茶をしたからね  それは、具体的にはどんな無茶なんだろうか。  入院中勝手に外出して病気悪化させたのは聞いたけど、それよりも、もっと凄い事をしたのだろうか? ――先輩の四人からも、もう大した情報は入って来ないだろうし、あの子ももう駄目。だから隆は安心して選んでいいんだよ  ……そうか。俺を縛るものは、もう少ないって事か。 ――そう。だからね。遅くても秋までには結論出してね?絶対、絶対だよ……………  麻美の声が遠くになって行く。  同時にさっきまでの空間が、渦に呑まれて行った…  こつん  こつん  頭に何か軽い物が当たる。  半目を開けて、それを見る。  千切った消しゴム。左隣の楠木さんが、何度も何度も俺に投げている。  その楠木さんと目が合った。  楠木さんは本当に小声で言う。 「どしたの?随分魘(うな)されていたけど?」 「……魘されていたのか…ちょっと悪い夢を見たせいかな…」  悪い夢?そうだろうか?麻美と話した事が悪い夢だというのか? 「え?マジ?大丈夫なの?」 「うん。ただの夢だしな」  本当にただの夢なのか?朋美と麻美の会話は、ただの夢でいいのか?  解らない。解らないが、心配してくれている楠木さんの手前、俺は笑って答えるしかなかった…  昼休み。俺はヒロを誘って学食に来ていた。海の話をする為だ。  カレーを持って着席する。ヒロもカレーか。  食いながらでも話は出来る。なので咀嚼しながら呟いた。 「キャンプだからカレーだろうな」 「あん?」  ああ、そうか。言ってなかった。 「当日荷物は男子が持つんだと。勿論食材も」 「荷物持ち?それってみ、水着も?」 「さあ…そこまでは知らんが…コテージだから、そんな大きな荷物は無いとは思うけど」 「そう言うもんか?俺もよく知らないから何とも言えないが…それより、木村だよ木村」  そう。俺もその事を話したかった。  何故木村が、俺が来る事を条件にキャンプに来ると言ったんだ?  全く心当たりがないが…… 「この前西白浜に行った時偶然会ってさ、あいつ、須藤の事気にしていたぞ。それ絡みで、お前の事も気になるんじゃね?」  気になるとか言われても。つか、朋美の事を気にしていた?  あいつも槙原さんに仕事を預けられていたな。  須藤組の動きっつうか、噂っつうか。 「須藤組に何かあったのか?」 「ああ、違う違う。あいつの海浜の連れ……なんつったっけ、眞鍋?あのクリパの参加チケ、須藤に転売したって事で、木村のツラに泥塗ったって事で、縁切りさせられただろ?」  ああ、眞鍋君か。今まで木村の名前で調子こいていたツケを払わされているんだよな。  西高に狙われ捲られているとか。 「まあ木村も絶縁したんだが、西高生がちょっかい出し始めて、ちょっと洒落ならない状況になったんだと」 「それ、物騒な話か?」 「本格的に物騒な話になる前に木村が西高生押さえて、問題になってないんだが、眞鍋がビビッてしまって、学校の連れに助けを求めたんだが、あいつ相当嫌われているらしくて、誰も相手にしてくれなかったんだと。そうじゃなくても、海浜の優等生が西高の馬鹿達とやり合おうなんて考えないだろうが」  そうだろうな。あんな糞共といちいち関わってやってんのは、俺とヒロくらいのもんだろ。 「んで、追い詰められて、何をとち狂ったのか、入院中の須藤を頼ったんだって。須藤の家に同級生を装って電話して、入院先を聞いたらしい」  それはまた……  朋美の御実家の稼業を知っての事だろうか?それとも親父が代議士の先生だと知っての事だろうか?  いずれにしても勇気あるな。そこまで追い込まれていたって事なのかもしれないが。 「その寸前に木村が気付いて、西高の馬鹿共を止めたそうだ。で、もう狙わない筈だって事を眞鍋に告げに行った」 「ふむふむ」 「で、お前もこれ以上おかしなことすんなって事で、須藤の入院先の事を記したメモを奪った…いや、貰い受けた」 「今奪ったって言ったよな!?」 「ついでにお前の敵の現在を拝んどこうって事で、その病院の入院している病室に行ったら。なんと個室だったと!!」 「朋美ん家は金あるから個室なんだろ」  なんつうオチだ。呆れるわ。  だが、ここはまだ、オチじゃ無かった。 「木村はこっそりと須藤の個室を見に行ったんだ。面会謝絶の札貼られていたけど、その日は偶然にもドアが開いていて、中が見れたんだと」  まあ、トイレとかいろいろあるだろ。家族の面会とかもあるだろうし。 「たまたまだろうが、中には誰もいなかった。ベッドで騒いでいる須藤以外には」 「ベッドで騒いでいた?」  頷くヒロ。精一杯怖い顔を拵えて。 「まるで誰かと喧嘩しているような口調だったと。中には誰もいなかったのに」  それは…またゾッとする話だな…心療内科の方がいいんじゃないか? 「ところで最初は、木村は須藤だと思わなかったそうだ」 「そりゃそうだろ。内臓の疾患で入院している筈なのに、間違って違う科に来たと思ってもしょうがない」  ヒロは首を振って否定した。 「木村は須藤の顔は見た事がある。あのクリパの時、お前と木村の間に無理やり座った女だ。そうじゃなくても、あの騒ぎだぜ?嫌でも顔覚えるってもんだ」  まあ…そうだよな。あんな空気悪くした女、印象に残らない筈が無い。 「……顔がごっそり変わっていたらしい」 「はあ!?どういう事!?」 「すげえやせ細って頬はこけ、髪は滅茶苦茶。隈なんか顔半分もあったとか…」  多分大袈裟に言ったんだろう事は理解出来た。  だが、大袈裟に言わねばならない程、顔が変わったって事か……  しかし、病気だから、それも仕方ない事じゃないか? 「あの木村が、怖くなって逃げ出したって言ったんだぜ?どれだけ須藤が異常な状態か…」  いきなりさっき見た夢を思い出す。  麻美は言った。朋美はもう何もできないと。 「……この事か…」 「ん?なんだって?」  俺の呟きにヒロが反応したので、何でも無いと首を振る。  そりゃ、そんな状態じゃ、何も出来やしない。  だけどそれは俺に別の疑念を抱かせる。  じゃあ…あれはただの夢じゃない?  ただの夢じゃないって事は……  暑い筈なのに、背中から冷水を掛けられたように寒くなった……  証拠に鳥肌が泡立っている… 「だけど、それじゃ木村が、お前を気にしている理由にはならないんだよなぁ…」  確かに朋美の事はディープな件だ。  だが、それじゃ条件で俺を呼ぶ意味が全く解らない。  単純に俺達と遊びたいとか?  だったら電話でもメールでもしてくりゃ、暇な時に相手してやるってのに。 「それとも槙原みたいに、盗聴とか警戒して、お前に直接話したい事があるとか?」  それも…どうかな…  あいつ、頭も切れるし、慎重だが、槙原さんレベルでの警戒はしないと思う。 「そりゃあ…単純に緒方君を気に入っているからでしょ」  呆れ顔で俺達の会話に入って来たのは、トレイにうどんを乗せた黒木さんだった。  つか、普通に黒木さんに聞けば済む話だった!!  俺とヒロは互いに顔を見合わせ、ぽかんとした。  ヒロも同じ事に気付いた様子だった。  そして、流れるような動きで、自然に俺達の前に座る。 「な、なあ黒木…木村が隆を気に入っているって?」 「そりゃそうでしょ?ここら辺じゃ、緒方君と大沢君ぐらいしか、明人にずけずけ物言わないんだよ?」  な、成程。群れの頭特有の寂しさ的なヤツか。  木村は馬鹿で糞で有名な西高の頭だ。つまりここいら一帯のトップでもある。  その木村に無遠慮で物を言ったり、頼み事しているのは、俺とヒロくらいのもん。  微妙に嬉しいんだ。俺も気持ちは解る。  なんつーか、友達だなーって感じ。 「え?だったら俺を海に誘えば……」 「大沢君は緒方君が来るって言えば、ついて来るでしょ?」 「オマケか俺!?」  声を殺して笑った。  木村はどっちかって言うと、俺に近親感を持っている。  友達がいない同士だと思っているんだろう。  そしてそれは、間違いは無いし。  だけどまあ、安心はした。別におかしな意味は無かった事に。 「なんなら、暇な時に遊びに誘えって言っておいてよ」 「駄目だよ!!そうなると私、留守番になっちゃうじゃん!!」 「じゃあ俺なら…」 「大沢君だったらいいかな?」 「俺どんな位置なんだ!?」  やはり声を殺して笑ってしまう。  ヒロよりも俺の方が目立っていたからな。悪目立ちってヤツだ。俺の方に近親感を持っているだけだろう。  そして、そんな俺に、大事な大事な明人君を取られるとか思っているんだな。  やきもちを焼かれるのは満更でもないが、男相手にちょっとなあ。 「そんな訳だから、コテージにはちゃんと来てよ?緒方君が来ないんなら、明人も行かないと思うし」 「解ったよ。なんなら木村と二人で、黒木さんをナンパする馬鹿共をぶち砕いてやるから」 「それ確実に警察沙汰になるよね?」  まあ、そうなるな。  俺は確実にやり過ぎるし、木村はしつこそうだしな。  少し談笑し、食べ終わった黒木さんは、学食から出て行った。  それを眺めながら、完全に見えなくなった時に、いきなり閃いたと手を叩くヒロ。 「そうか…ナンパか!!」 「どうした?」 「海と言えばナンパ。隆、夜に女子の目を盗んで、こっそりナンパに出るってのはどうだ?お前ツラはいいから、結構簡単に成功すると思うぜ?」 「バレないと思うか?」 「………そうだよな…」  波崎さんはどうか解らないが、楠木さん、春日さん、槙原さんの目を盗んで、ナンパができるとは、とても思えない。  バレた日には、其の儘海の底とか、海面に浮かんでいるとか、そんな絵しか思い浮かばない。 「でもよ、そうなると国枝が可哀想じゃないか?」 「なんで?別にカップル同士で行く訳じゃ無いだろ?川岸さんも来るんだし」 「そっか…そういや一応お前もフリーなんだよな」  そうなんですよ。早く一人に決めろって、周りからせっつかれているんです。  思い出してまた溜息が漏れる。  だが、このキャンプで、少しは前に進めるのでは?と期待も持っていた。

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