うらぶれ神殿の司祭剣士 ――転生したら辺境の神殿を復興させます――

7 一撃

 時間が引き延ばされたように感じる。  足は雲を踏むように心許ない。  自らの移動速度を落とすだけで、まったく意味はない行為と知りつつも、カーリナに向かって手を差し伸べる。  頭の中では分かっているのだ。  間に合わない――  ネーサンポークの巨躯がカーリナに迫る。圧倒的な重量を前にして、カーリナの姿はなんと儚げなことか。  その時、カーリナの目前の空間が陽炎のように揺らいだ。  そこに現れたのは小さな人影だった。  ニボンザさん!?  敵を突き上げるべく鼻づらを低く下げて突進するネーサンポークの前に、ニボンザさんが立ちはだかった。体当たりどころか鼻息でも飛ばされそうだ。  ニボンザさんの腕がスローモーションのように差し上げられる。小さな拳が力なくネーサンポークの鼻先に触れた。  ドンッ  その一点から凄まじい衝撃波が生じ、駆け寄る俺の足を止めた。  ネーサンポークの巨体が跳ね上がり、ニボンザさんはおろかその背後に立つカーリナの頭上すら越えていく。そして遥か後方に地響きを立てて落ちた。  カーリナの頭の上でぐるりと回転した巨体は背中を下にして叩きつけられ、足がピクピクと痙攣している。  あまりのことに、俺はその場に立ち竦んだ。カーリナも宙の一点を見詰めたまま呆然としている。 「な、何があったの?」  駆け寄ってきたユリアが叫んだ。  分からないんだよ。 「何をしておる。とっとと魔物と契約せんか」  何事もなかったかのようなニボンザさんの言葉に我に返った。  俺はよろよろと足の腱を斬ったネーサンポークに歩み寄り、その鼻先に剣を突きつける。 「我に従え。さもなくば死を」 『ブキッ、フウウゥ(我、畏レル。主ヨ)』  続いて、カーリナの背後で痙攣しているネーサンポークのもとに向かう。見れば体は痙攣し、完全に自由を失っているが意識だけはあるようだ。漆黒の瞳が怯えたように揺らいでいる。 「我に従え。さもなくば死を」  同様の問いを繰り返し、剣を突きつけた。 『ブキ……ブフウ(妾ノ命捧ゲン)』  俺はひとつため息をつく。なんとかここまでの作業をしたものの、頭の中は混乱したままだ。 「ネーサンポーク……『収容』」  手の中に褐色のクリスタルが二つ収まった。 「あ、あなたは一体」  カーリナがなんとか口を開いた。 「ただの旅の司祭じゃよ。まあ、いろんなところで修行はしてきたがな」  ニボンザさんが笑みを浮かべて答えた。  いや、どう見たってタダの司祭じゃないだろうって。 「そんなことより、治療せねばなるまい。『麗しき御霊の大いなる御恵を天降し、この者らを癒し給え』」  ニボンザさんが両手を広げ、掌を上に向けた。その掌から暖かい光が発したかと思うと、見る間に俺とカーリナの傷が癒えていく。上級の範囲治癒魔法だ。  ええと、言葉が出ない。頭を整理しよう。ゴードン先生の兄弟子とはいえ、旅の雲水を名乗るちっこい爺さんが、一瞬でカーリナの前に現れ、たいして力の籠っていないような一撃で体重五百キロはありそうな猪を吹き飛ばし、王都の大司教クラスの治癒魔法を使った。OK? うんOK。  くだんの緑色の小さな人物ほどかは分からないが、凄いことだけは分かった。 「それにしても……お主ら無駄な動きが多いのう。見てられんわい」  呆然とする俺たちを見回すと、ニボンザさんはおもむろに口を開いた。 「儂は武闘派の神殿でも修行をしてきたでな、ひとつお主らにも伝授してやろう」  昨日の今日で嫌な予感しかしない。武闘派の神殿って〇林寺とかそっちの系統なのかな。 「というわけで、お主らの神殿に厄介になるぞ。そうと決まれば早速出発じゃ」  ニボンザさんはそう言い放つと、意気揚々と歩き始めた。 「は、はあ」  うん、たぶんそうなるとは思った。ゴードン先生を訪ねてきたのだ。いわば俺にとって師匠の兄弟子に当たるわけで無下にはできない。無下にはできないが……。ユリアとカーリナが何事か目で訴えてくる。うん、分かってる。 「長旅でお疲れでしょう。帰ったら湯浴みの準備をします」  先を行くニボンザさんの背中に向かって言った。神殿には風呂がないんだよな。この世界では風呂は贅沢品なのだ。 「何、そんなに気を遣うでない。堅苦しいのはナシじゃ」  小さな背中を向けたままニボンザさんが呵々大笑する。ユリアに目をやると、ここで退くんじゃないと凄い顔をして訴えかけてくる。それ女の子がしちゃダメな顔だからね。 「え、えーと……あ、到着したらまずはメルリヨンさまに祈りを捧げていただきたいので、その前に潔斎が必要かと」 「おお、そうじゃ。司祭たるもの、まずは神に祈ることからじゃからな」  ニボンザさんはうんうんそうじゃ、などと頷きながら上機嫌で歩き続けている。とにもかくにも、この臭いからは解放されそうだと俺たちは胸をなでおろした。

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  • ひよこ剣士

    かじバン

    ♡500pt 2020年9月3日 21時01分

    肉をゲット、元気に育てよ。 師匠枠だー。

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    かじバン

    2020年9月3日 21時01分

    ひよこ剣士
  • 土偶(純金)

    岩永和駿

    2020年9月3日 22時01分

    美味しいお肉が楽しみです^^ いよいよ師匠の登場にラウリたちはどうなっていくのやら。

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    岩永和駿

    2020年9月3日 22時01分

    土偶(純金)
  • コウテイペンギンさん

    紅月ぐりん

    ♡500pt 2020年2月9日 7時06分

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    いいですねっ!

    紅月ぐりん

    2020年2月9日 7時06分

    コウテイペンギンさん
  • 土偶(純金)

    岩永和駿

    2020年2月9日 8時47分

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    「女神ですから」氷川Ver.ノベラ

    岩永和駿

    2020年2月9日 8時47分

    土偶(純金)
  • 猫

    紗雪ロカ

    ♡500pt 2019年9月25日 9時50分

    いい話の条件は強キャラジジイが出て来ることだってばっちゃが言ってた。師匠!師匠!いいですね、修行編は燃えるぜー/畜産ですか、豚コレラとか無いといいのだけど…(時事ネタ

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    紗雪ロカ

    2019年9月25日 9時50分

    猫
  • 土偶(純金)

    岩永和駿

    2019年9月25日 20時52分

    強キャラジジイ出ました(笑) ついつい、修行を書きたくなるのです。 異世界豚コレラとかすごいことになりそうですね❗ お読み頂いたことに感謝です。

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    岩永和駿

    2019年9月25日 20時52分

    土偶(純金)
  • かえるさん

    うららぎ

    ♡300pt 2019年11月5日 1時25分

    ニボンザ爺さんめちゃ強いじゃないですか!(笑) まさか主人公達何もせずに終了するとは。 おまけにその後のまた嫌なシゴキが始まりそうな予感が!

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    うららぎ

    2019年11月5日 1時25分

    かえるさん
  • 土偶(純金)

    岩永和駿

    2019年11月5日 8時34分

    じい様は強かったです……。主人公はちょっと剣のできる司祭で、まだ剣の能力に振り回されていますからね~。生け捕りには向かないのかもしれません。

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    岩永和駿

    2019年11月5日 8時34分

    土偶(純金)
  • あんでっどさん

    サイトウアユム

    ♡100pt 2019年8月13日 15時46分

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    「いつも楽しみ」氷川Ver.ノベラ

    サイトウアユム

    2019年8月13日 15時46分

    あんでっどさん
  • 土偶(純金)

    岩永和駿

    2019年8月13日 16時10分

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    圧倒的感謝

    岩永和駿

    2019年8月13日 16時10分

    土偶(純金)

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