うらぶれ神殿の司祭剣士 ――転生したら辺境の神殿を復興させます――

3 継承者候補

「ゴードン先生が……」  場を沈黙が支配した。ニボンザ師ですら、次の一言を口にするのを恐れているかのようだ。  秋の夜風が窓を叩いている。暖炉で燃えていた薪がぱちりと爆ぜた。  やがて、お茶を淹れ直すために、台所の火に掛けられていた薬缶が沸騰して噴いた。ユリアがびくりと反応して慌てて立ち上がる。  それをきっかけに止まっていたかのような時が流れ始める。 「できることならば……」  意を決したように言葉を紡ぎ始めるニボンザ師の口調は過去に例を見ないほど弱々しいものだった。俺は初めて、ニボンザ師に本当の意味での老いを感じた。  この人は迷っている。ここまで準備し、俺たちを鍛え上げながら。それはおそらく―― 「俺が継承者になります」  俺は立ち上がって言った。安請け合いのようでいて安請け合いではない。ニボンザ師と出会ってからのことが頭をよぎる。この人は失ったゴードン先生の代わりとして俺たちを見ていたのかもしれない。しかし、それだけではない。人として大切な何かを学んできたのだ。 「俺は継承者になれますか」  ニボンザ師の眼を見てたたみかけた。ニボンザ師はついと目を逸らした。肩は落ち、いつもしゃんと伸ばしていた背が丸まっている。 「資格は……十分じゃ。しかし――」  相変わらず老いた師の眼は膝の上で握りしめた自らの拳を見詰め続けている。 「死を覚悟せねばならん難行じゃぞ」  顔を上げたニボンザ師は縋るような視線を俺に送ってくる。その瞳には事を成し遂げられるかもしれないという希望と、断ってくれていいという願望が綯い交ぜになって浮かんでいた。  俺はふと頬を緩める。 「ニボンザ師の眼から見て、成功の確率はどれくらいですか?」 「五分五分、いや、今のお主ならば七割は……」  ニボンザ師はゆっくりと吟味するかのように言った。その言葉には重みがある。 「結果も残せず、無駄死にしにいくのならばお断りですが、それだけの可能性があるならば、俺はゴードン先生の遺志を継ぎます」  ゴードン先生の遺志。ニボンザ師はこの言葉を説得材料として使うことはなかった。だからこそ、俺は引き受けようと決めたのだ。 「待て、まだお主には言っておかなければならないことがある」  ニボンザ師が苦し気な表情を浮かべた。 「儂とギジエンはお主たちを『封龍の陵』の前まで送り届けることはできる。しかし中までついて行ってやることはできん。一度継承の儀に立ち会った者は『封龍の陵』に二度と足を踏み入れることができないのじゃ」  なるほど、それは問題だな。しかし―― 「そのためにあたしたちを鍛え上げたんでしょ」  何事も無いような様子でお茶を淹れ直しながらユリアが口を開いた。 「ラウリ兄を守り、ゴードン先生の遺志を遂げる」  カーリナが静かに言った。 「へへ、面白くなってきやがったな」  ウルはいつもの調子だ。 「俺には仲間たちがついています」  ほっとひとつため息をつき、ニボンザ師が頬を緩めた。 「そうか……」 「んじゃよ、とっとと細けえ作戦をたてようじゃねえか」  ギジエンさんが仕切り直す。 「そうじゃな」 「その前に、ちょっとお茶を飲んで肩の力を抜いたら」  ユリアが湯気を立てるお茶を盆にのせて運んできた。 「ユリア姉、私も手伝う」  カーリナが立ち上がった。 「んじゃ、ひとつあたいも」 「オメエは座っとけ。ひっくりけえすのが関の山だ」 「んだとぉ」  ウルとギジエンさんのやりとりで場が和んだ。 「過去の事績と儂たちの経験からして、おそらく『封龍の陵』は深い地下にある。地上に開いた洞窟の入り口からはかなりの距離があるはずじゃ」  ニボンザ師を中心に『封龍の陵』攻略の会議が始まった。 「入口の場所は北東の原生林、アウロンヌの大森林じゃろう。お主らが例の虫と断層を見つけた辺りが怪しい」 「ダリオが言っていた『穴ノ奥、人ノ古イ古イデカイ家』か」  その一言がきっかけだったのだ。 「ラウリの使い魔はどうするの? 苦しい戦いが待っているならみんな連れてく?」  ユリアが言った。その問題もあるんだよな。 「先祖からの知識で土地勘のあるかもしれないダリオ、ウルと二枚で前衛を張るオークチーフのカリマンタン、一番素早いブルータルウルフのグレンといったところでしょうか。直線的な突撃を得意とするネーサンポークたちは洞窟や遺跡の建造物の中での戦闘には向かないし、連中を残すならダイアウルフは『サンクチュアリ』の守備に回さないと」  俺は使い魔の面々を思浮かべて作戦を練る。 「うむ、ダリオは儂が鍛え上げてかなりの腕になっておるが、ゴブリンだけに小柄すぎる。おそらく往く手にはかなり大柄な魔物も多いはずじゃし」  聞けばカーリナが『サンクチュアリ』で修行を始めた当初は、カーリナを翻弄するだけの力を発揮していたらしいが、間もなく実力をつけたカーリナに圧倒されるようになってしまったというからな。ゴブリンという種族の限界もあるのかもしれない。  少し残念な思いとともに軽くため息をつく。 「何、まだあやつは底を見せておらんようじゃ。お主らが戻るまでに更に鍛えておいてやる」  ニボンザ師は俺の懸念を見抜いたようだ。それはそれでダリオがどこまで魔改造されるか不安を残すわけだが。 「だとすると、メンバーは『単眼鬼の窟屋』のときと同じね。ギジエンさん、カリマンタンの防具はどうなの? それなりのものを揃えたって言ってたけど」  ユリアがお茶を淹れたカップを包み込むように持ちながら言った。 「ああ、それなりとは言ったが、決して程度の低いもんじゃねえ。ここにはねえが、要所に魔鉄鋼を使った鉄の胴鎧、鉄の兜に鉄の籠手、鉄の脛当てってところだ。以前より格段に防御力は上がってるはずだ」  ギジエンさんが胸を張って髭をしごいた。 「グレンに装備できる武器や防具はある?」  カーリナがウルに尋ねた。 「グレンは速度重視だしブルータルウルフの毛皮は高級な革鎧並みの耐久力を持つ衣服の材料になるくらい丈夫らしいんだ。そのままのほうが強えよ」 「ふん、ようやく生体材料についても分かってきたじゃねえか」  ウルの答えにギジエンさんが満足そうに頷く。 「では、明日からは道具類を揃えて調査に入る。そう簡単には入り口は見つからんじゃろうが、油断はするな。ここ数か月ロジーヌ近辺で珍しい魔物の発見情報が多いのも『封龍の陵』の影響なのかもしれんからな」  ニボンザ師が腕を組んで言った。たしかに続けざまに現れたバルグといい、あの悍ましい虫型の魔物といい、そうそう目にする魔物ではない。他にも妙な魔物の出現情報があるようなことをヴィクトルさんが言っていたしな。  その時、入り口のドアが勢いよく開け放たれた。こんな時間に誰だろうと見ると、戸口に立っていたのは、まさにそのヴィクトルさんだった。 「夜分に済まない。北東の森林でCランクのパーティーが消息を絶った。『水の神殿奉賛会』にギルドマスターの俺から指名依頼をしたい。彼らの行方を捜してくれ」

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