うらぶれ神殿の司祭剣士 ――転生したら辺境の神殿を復興させます――

あれ? 予約更新に失敗した? ※キリウス・クベリーク視点です。

4 闇の森

 鬱蒼と茂った森の木々から弱い陽射しが漏れている。頭上の視界はほとんど効かないが、日が暮れつつあることだけは、重い足どりで歩く一行にも分かっていた。  どこで歯車が狂ったのだろう。  キリウス・クベリークは湿った苔に足を取られながらも、思いに耽っていた。 「坊ちゃん、この辺りならば比較的木々がまだまばらです。今日はここで休みましょう」  セベスがそっとキリウスに歩み寄ると耳打ちした。 「全員止まれ。ここを野営地とする」  はっと我に返ったキリウスが宣言し、セベスに目礼をした。  リーダーは皆の納得できる指示を出さなければならない。どこかぼんやりしたまま歩き続けるキリウスでは野営すべきポイントを見逃がしてしまうと心配したセベスが、他のメンバーに気づかれないようにそっと助言をしたのだ。  野営の支度をしている間に日はとっぷりと暮れてしまった。闇の中に心許ない小さな炎が踊る。じゅくじゅくと湿気た苔の上の焚火はどうにも気が滅入る様相を呈していた。よく乾燥した枯れ木が見つからず、生木の枝を切って焚きつけにしているので、やたらと煙ばかりたてる火は寒々として暗い。  一行がこの森に入ってすでに五日が過ぎていた。焚火を囲む面々は言葉もなく沈み込んでいる。  渋るギルドマスターを押し切ってこの依頼を受けたのはキリウスだった。 『北東の森の魔物調査』、最近目立ち始めた普通ならばロジーヌ近辺には出現しないはずの魔物についての現況調査である。  大した依頼がなく不満をかこっていたキリウスが掲示されずにカウンターの隅に置かれた依頼書に目をつけたのだ。  窓口のグレタは杓子定規に掲示されていない依頼は受けられないと突っぱねた。虫の居所が悪かったキリウスはギルドマスターを出せとゴネた。ギルドマスターのヴィクトルは「この依頼は指名依頼にしようと考えていた」と口にした。 (またヤツらだ)  キリウスの脳裏に神殿の連中の顔が浮かんだ。  やりどころのない苛立ちのはけ口程度のつもりだったが、彼らが介在することを感じ取ると、輪をかけて頑なになった。  湿気た粗朶がぱちりと爆ぜた   「坊ちゃん、そろそろお休みなられては。見張りは私どもが交代でしますから」  セベスがキリウスの傍らに片膝をついた。  他のメンバーが暗い視線を二人に送り、また焚火へと目を戻した。  気を利かせて何くれとなく世話を焼くセベスの存在が、こんな時ばかりは疎ましく感じられる。 「いや、最初の見張りには俺が立つ。皆は休んでくれ」  薬術師のノルベルトの口許が皮肉の色を漂わせ微かに吊り上がった。  パーティーのメンバーの信頼を失いつつある。そのことをキリウスは肌で感じ取っていた。  深い森林での探索は銃の射界が限られるというリスクがある。そんな依頼を別段金銭的に差し迫った理由があるわけでもないのに独断で受け、挙句の果てに道に迷い、あてどなく陰鬱な森を彷徨う羽目に陥っている。どういうわけか魔物がほとんど姿を現さないことだけが唯一の救いだったが。  メンバーから直接不満があがらないのは、セベスがなにかと調整係になっていることと、キリウスがロジーヌで活動する上では必須の指定商会の御曹司だからだ。その機嫌を損ねれば、ロジーヌで銃の整備や弾薬の補給を受けられなくなることを承知しているのだ。 (俺のリーダーとしての能力故ではない) 『良家のお坊ちゃま(・・・・・)の御機嫌を損ねてもいいことはないからね』  いつぞやあの司祭に言われた嫌味が脳裏をよぎる。  少しでもメンバーの冷たい視線から離れたくて、焚火に背を向けるとひとり見張りに立った。  どこで歯車が狂ったんだろう。  思考が堂々巡りを繰り返す。  そもそもなぜこんな依頼にこだわったのか。 (神殿の連中に指名依頼が行くんじゃないかと思ったからだ)  神殿の連中に指名依頼が行くからどうだというのか。 (あいつらは、街の人間を惹きつけている。ロジーヌの街を支えているのはクベリークの商会だというのに)  別に競合する他の商会というわけでもあるまいに。 (しかし、やつらはメランジという特産を開発した)  こちらから取引を願い出ればいいことではないか。 (……ヤツには怪我をさせた負い目が――いや、本来商会が取り扱うべきものなのだ! 神殿勢力になぞ頭を下げてたまるものか!)  軽い眩暈とともに視界が赤く染まるかのような怒りが渦巻き、ふと浮かんだ思考を飲み込んでいった。  キリウスの母親は神殿の下位の巫女だった。  父ロベルは若いころから行商暮らしに明け暮れ、王都のシャウゼク商会に入ったのはかなり歳がいってからだった。ようやく店の中である程度認められるようになり、身を固めようと思ったときに出会ったのが、母のマノンだったのだ。  商会とは因縁のある神殿勢力から嫁を迎えることについてはひと悶着あったようだが、父が押し切ったらしい。  その結果、父の出世は遅れた。ようやく番頭になってからも冷や飯ぐらいの扱いが続き、父よりも若手の番頭が次々に支店を任されていったという。  それでも父は黙々と働いた。母はそんな父を支え続けたが、商会内の家族ぐるみの付き合いなどでは絶えず冷たい視線に晒されることになった。  たとえどれほど邪険に扱われようと、心無い黙殺に遭おうと母は健気に笑顔を絶やさず、父とキリウスとともにあり続けた。  キリウスは幼心にどうしてこんなにも優しい母が人から冷たくあしらわれるのか不思議でならなかった。  そんな母を支えていたのが毎週の神殿通いだった。王都の勢力を二分する大手商会の番頭の妻という立場もあり、大っぴらには参詣できなかったもののひっそりと神殿の片隅で祈りを捧げる母の姿を、キリウスは何度も目にしていた。  ところがある時期を境に、母は神殿への出入りを禁じられてしまったのである。幼いキリウスにはその事情は分からなかったが、門前でけんもほろろに追い返される母の姿に随分胸を痛めたものだった。  それでも、家に帰ってきた母は何事もなかったかのように笑顔で父やキリウスに接するのだった。  商会内での冷淡な扱い、心の支えだった神殿からの拒絶。優しい母が次第に窶れていくのをキリウスはただ見守ることしかできなかった。幼いながらも自分と父の愛情だけでは追いつかないなにかが母を苛んでいることに気づきつつ、何もできないことにどれほど歯痒い思いをさせられたことか。  やがて母は患いついてしまった。明日をも知れぬ重い病の床にあっても笑みを浮かべる母。父は神殿に助けを求めた。治癒の魔法の使い手を派遣してもらおうと頼み込んだのだ。しかしその望みはにべもなく断られた。  高額の治療薬を薬術師から買うために、父は商会の給料を前借りし、できる限りの看病を続けたが、母はキリウスが十歳の年に逝ってしまった。最期まで、誰に対しても恨み言を言うでもなく、静かに息を引き取った母。  もしも、元巫女の母に神殿が救いの手を差し伸べていれば……。  ふと、いつも呑気な顔をしているロジーヌの神殿の司祭のことが思い浮かんだ。ラウリという男には何度も苛つかされたものだ。しかし、それは王都の神殿に対する怒りとは僅かばかり種類を異にするのものだったのではなかろうか。  あの見ているほうがバカバカしくなるようなお人好し。ドブを掃除し、肥しを運び、日がな一日公園の草むしりをする。  そして、信頼できる仲間に囲まれ、街の人々の心まで捕らえ……。  脳裏に浮かんだ『羨望』という言葉をキリウスは慌てて打ち消した。  しかし、元々生真面目な性格の持ち主だけに、認めたくなくとも認めざるを得ないこともある。  あいつは俺に撃たれたとき責任を追及することすら――  ガサッ  目の前の藪が揺れた。その奥に魔物の眼が光る。  しまったこんなに近くまで。なんのための見張りだ。  ぼんやりと物思いに耽っていたことを後悔するが後の祭りだ。 「敵襲ーッ」  キリウスは喉も張り裂けんばかりに叫ぶと、藪に潜む魔物に向けて発砲した。

※あれー? おかしいなあ、妙に重い展開になってしまった。

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