うらぶれ神殿の司祭剣士 ――転生したら辺境の神殿を復興させます――

カーリナ視点です。

32 迷宮の果てに

「ユリア、降りてくんな。あたいが壁になってゴブリンを防いでみせるよ」 「ダメだ」  のんきなウルの言葉にラウリ兄がぴしゃりと応じた。 「どうして、これだけ通路が狭けりゃ、あたいひとりで相当戦えるぜ」 「その後はどうするんだ」 「なあに、平気平気。ヤバいと思ったら逃げっからよ」  平気ではないことぐらいウルも分かっているのだ。圧倒的な数のゴブリンにたかられたら、いくら強力なパワーを誇る『シモ』といえど動きはとれなくなるし、頼みの重装甲も隙間を長時間かけて攻撃されればいずれ倒される。 「大丈夫、私に任せて」  カーリナは声を張った。  自分がしなければならないことは、とにかく一刻も早く正しい道筋を見極めること。今までのルートが間違っていないことはスカウトとしての勘が訴えかけてきている。しかし僅かな躊躇すら許されぬ状況にあってはその勘を活かす集中力がどれだけもつか……。  にわかに沸き上がりそうになる不安を噛み殺してカーリナは走る。  カーリナは絶えず四方に目を配り続ける。入り組んだ橋の迷宮の全貌を頭に叩き込み、先を読み続ける。ルートは幾重にも重なり、合流し分散する。最悪どん詰まりに追い込まれず、迂回路があればなんとかできる。そして唯一対岸に繋がる一点だけは、絶えず高速で演算を続ける思考の中心に置いている。  ユリアがまた呪文を唱えて魔法を発動した。また少し時間が稼げたはずだ。落ち着け。  カーリナは全力で駆け続けながらも息を整え、心を鎮めた。  この程度の芸当はニボンザ師との特訓の中で容易くできるようになっている。体を酷使しながらも平静な精神を保つこと。  カーリナはニボンザ師との訓練を思い出す。 「強敵を前にし、息つく間もなく激闘と繰り広げていようとも、心は常に鏡のように、波のない水面(みなも)の如くあれ」  その教えが今活きている。  ニボンザ師にしてみれば、カーリナの沈着冷静な性質という長所を伸ばすことを意図したのだろう。その教えはカーリナの心の土壌によく合い、今またさらに花開こうとしていた。  カーリナの暗視、マッピング、探知といったスキルが全開で駆動し、頭の中に描かれた三次元マップの上を幾通りもの試行ラインが走査していく。 【『マッピング』のスキルLvがMAXになりました。スキル『マッピング』はユニークスキル『ナビゲーションLv.1』にランクアップしました】  カーリナの脳内にメッセージが響いた。  無数に描かれた三次元マップ上の光の軌跡がただ一筋を除いて消え去る。 「視えた!」  もはやカーリナには毛筋ほどの迷いもない。ただ脳裏に浮かぶ一条の光に導かれるままに走るのみだ。  角を曲がり、階段を駆け上がり、直線を疾走する。 「あと少し」  背後に目をやる余裕もできてきた。ユリアの魔法による妨害、そしてルートが判明したことによる迷いのない走りで、ゴブリンの群れはかなり後方に置き去りにできている。  隊列は少々長く伸びすぎ、しんがりを受け持つつもりのウルはともかく、キリウスたちのグループが少し遅れ気味だ。  目前に対岸へと通じる通路が一直線に広がった。最後の階段を駆け上がり対岸にたどりついたカーリナは息をつく間もなく振り向いて叫んだ。 「急いで」  麦、カリマンタン、テレス、ラウリが続いて岸に上がり。少し間がありキリウスたちが向かってくる。その時―― 「うわっ」  最後の階段でパクストンがまるで何かに躓くようにして転倒し、そのまま階段を転げ落ちていく。ウルがそれを避けようとしてバランスを崩したが何とか持ち直す。パクストンは階段の下で蹲っている。  ラウリが助けようと階段を降りかけるの手で制し、カーリナは階段を駆け下る。 「私が行く」  キリウスたちはもはや岸近くまで来てしまっている上に疲労で足元もおぼつかない。ウルの階段をのぼる速度では戻って連れてくるのは間に合わない。最も敏捷性の高いカーリナが走るのが最適解なのだ。 「立てるか?」  カーリナはパクストンの腕をとった。 「あ、ああ、なんとか」  ゴブリンの群れが迫る。 「行くぞ」  腕を引いて走り出そうとするが、引いていた手が突然ずしりと重みを増した。 「ぐっ」  カーリナが振り返ると、パクストンの背中に深々と矢が突き刺さっていた。 「傷は浅い。頑張れ」  励ましつつ力を込めたカーリナの腕をパクストンが振り払った。 「見ろよ、突き抜けてやがる」  背中から刺さった矢の鏃が腹を貫通して顔をのぞかせていた。 「くそ……俺は……もう助からねえ。行けっ」 「しかし――」 「実験を兼ねて、一世一代の死に花を咲かせてやるぜ」 「……」  カーリナはパクストンが懐から取り出した血塗れの金属塊に目を落とした。 「早くしろ!」  カーリナはギリリと歯ぎしりをしつつ、固く目を閉じてパクストンに背を向けた。  ――― 「いい女が目の前にいたもんだからつい格好つけちまったなあ」  パクストンはともするとぼんやりしそうになる頭振った。マッチを取り出そうとポケットを探るが出てきたのはくたびれた煙草だった。 「ちっ、こいつを吸う間もねえか」  煙草を脇に放り、ひとつため息をついた。  ゴブリンの群れの足音が響く。  パクストンは唸りながら別のポケットに手を突っ込み、マッチを取り出すと導火線に点火を試みる。マッチは震える指の隙間から零れ落ち、彼自身の血溜りの中で音を立てて消えた。もう一本取り出して擦るが今度は風に吹き消されてしまった。  ゴブリンの喚き声が間近に迫り、足元に歪んだ影が躍った。 「無駄死にできるかよぉ」  パクストンは拳銃を握り、彼の秘密兵器に銃口を向けて引き金を引いた。  耳をつんざくような轟音。猛り立つ火柱。  広大な大広間にできた亀裂に架かる橋梁の迷宮は無限の闇へと崩れ落ちていった。

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