うらぶれ神殿の司祭剣士 ――転生したら辺境の神殿を復興させます――

31 宙の迷宮

「急げ」  向かう先は深い闇。しかし、今はかなり先まで足元が照らされている。ユリアの光の魔法が強い光を維持したままなのだ。今更光源をしぼっても意味はない。突っ走っていく前方の様子がわかるほうがいい。  一発の銃声が轟いた。  キリウスが背後を振り返り、拳銃を撃ったのだ。 「無駄なことをするな」  追ってくるゴブリンの大群に向かって撃てば一匹二匹は倒せるだろう。でもそんなことをしても焼け石に水だ。  無論気持ちは分からないでもない。銃士たちは全力疾走の邪魔になるライフルはすでに『収納』に収容している。今しなければならないのは走ることだけだと分かってはいるのだ。それでも背後から迫る絶望に対して何がしか抵抗をしたくなったのだろう。  どこまで走っても平坦な石畳が続いている。この大広間はどれだけ広いのか想像もつかない。先ほどからすでに十分近く全力で走り続けているのだ。次第に呼吸が乱れ、息が上がってくる。このままではいずれゴブリンに捕捉され、なぶり殺しにされてしまう。 「前方で床がなくなってる!」  カーリナが警告の声をあげた。 「床がないだと?」 「大きな裂け目。橋があるみたい」  カーリナの声が尖っている。 「橋に向かって走るぞ」  やがて俺の目にも前方の状況が見えてきた。この先五十メートルほどで地面がすっぱりと途切れている。その一か所に石造りの橋の欄干が見て取れる。その先はまだ闇の中だ。当然対岸も見えない。橋の向こうがどうなっているのか不安しかないが、ただ一点いいこともある。橋の上ならば包囲される心配はない。背後を見渡す限り埋め尽くしているゴブリンの軍勢も一気には渡れないのだ。  すぐに橋とその周囲の状況が目に入ってきた。 「これは……」  大広間が目の前で真っ二つに切り裂かれ、幅百メートル以上にも及ぶ巨大な溝というか堀ができている。その対岸との間に網の目のように橋が渡されているのだ。その構造は立体的で、言ってみれば複雑に歩道橋が絡み合っているといった様相だ。  しかも先に進める対岸の石床へと繋がる橋の出口はひとつしかない。つまり複雑に組み合わさった橋の迷宮で道を誤れば、そのひとつ以外の橋の出口は巨大な溝の石壁で行き止まりになるのだ。そうなれば背後から迫るゴブリンの群れに追い詰められるほかない。  あまりのことに俺たちは橋を目前に一瞬足を緩めた。  ひゅっ。  風を切って何かが耳元をかすめていった。からんと音を立てて棒状のものが転がる。黒く塗られた矢だ。比較的短く矢羽根はぼさぼさだが、当たり所が悪ければ十分致命傷になりえる。ゴブリンどもめ飛び道具を使ってきやがった。躊躇している暇はない。イチかバチかこの空中迷宮に挑むほかない。背後から迫るゴブリンは目につく範囲だけでも数百を数えるだろう。 「カーリナ、案内を頼むぜ。しんがりは任せな」  ウルが盾を掲げて最後尾についた。軽い金属音を立てて、幾筋もの矢が『シモ』の装甲にはじき返される。  頷き返したカーリナは固く口を引き結んでいる。ここはカーリナのスカウトとしての能力とセンスに頼るほかない。  俺たちは橋へと駆けこんだ。すぐに下りの階段があり全力で駆け下る。足を踏み外しでもすればことだ。溝の底は闇に包まれ、いったいどれほどの深さがあるのか見当もつかない。 「カーリナ、落ち着いて。少しでも時間を稼ぐから」  ユリアが振り返って魔法を使おうとする。 「おっとユリア、足を止めるんじゃねえぜ」 『シモ』の腕がふわりとユリアの体を抱きかかえて肩に預ける。 「この体勢で魔法を撃てるかい?」 『シモ』の肩越しにユリアは後ろ向きになっていた。 「助かるわ。流水の精霊の力により彼の者らを滅せよ、氷結之霧(ブリザード・ミスト)」  ユリアがその姿勢で杖をかざした。白い輝きとともに凄まじい冷気が放たれ、橋に殺到しつつあったゴブリンの先頭集団を包み込む。たちまち数体のゴブリンが凍りつき倒れこんだ。その冷気は橋の表面をも凍らせる。  無理やり狭い橋へと密集したゴブリンは仲間の死骸に躓き、着氷した石造りの橋で足を滑らせ次々と転倒した。それにも構わず押し寄せる後続のゴブリンがさらに折り重なり、勢い余った者たちが溢れるように橋から零れ落ちていく。  ゴブリンたちは死骸を脇に放り投げ、まだ息がある仲間の体を踏みつけて前進してくる。しかし、だいぶ距離を開けることができた。  一方先頭を行くカーリナは目の前に迫る丁字路になった分かれ道に走りながらも集中しているようだ。頭を左右に向けてそれぞれの行く先を読んでいる。 カンッ。 「キャッ」  ユリアがウルの鎧の胸に頭をうずめた。橋に進むことができず崖っぷちに並んだゴブリンが一斉に矢を放ってきたのだ。また乾いた音を立てて『シモ』の装甲に矢が命中する。テレスも後衛にまで下がり、銃士たちの上に矢が降りかからないように盾を後ろに掲げながら走っている。 「右」  カーリナが走る速度を緩めず右にルートをとる。すぐに上りの階段だ。 「放て、炎熱火球」  ユリアが放った火球がゴブリンの先頭集団に着弾し、炎をあげる。何匹かが火だるまになり、その熱に反射的に立ち止まった後続のゴブリンのせいで橋の上は再び大混乱になる。勢いの止まらない後方のゴブリンに押されてかなりの数が丁字路の突き当りから転落していく。 「ユリア、結界の魔法は使えないか?」  ふと思いついてユリアに向かって叫ぶ。 「ダメよ。この状態じゃあとても維持する集中力が保てない」  くそ、結界を後ろに設置して逃げ切れればと思ったんだが無理か。  また分かれ道に差し掛かり、今度はカーリナが戻るかのような向きに進路を定める。その先にあるのは下りの階段だ。下ったところですぐに左に折れた。 「でもこれなら」  ユリアが叫び杖を構える。 「(そび)えよ、土壁」  曲がり角の出口に高さ二メートルほどの土壁が現れ道をふさいだ。行き止まりとなった角からまたばらばらとゴブリンが転落していく。たちまち先頭集団は土壁を乗り越えて追ってくるが、後続の圧力に負けて落ちていくゴブリンは数知れない。 「カーリナ、まだか」  カーリナの集中を乱したくはないが、たまらず声をかける。カーリナは俺に背を向けたまま黙って頷くだけだった。

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