Märchenica League Baseball ~アルビノ初のメルリーガー~

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エピソード:21 / 48

第19球「不正判定」

 正午を迎え、ペンギンズとマンキースの選手たちの練習が終わった。  公式戦ではないため、選手たちがグラウンドに並ぶことなく、試合開始の前兆としてそれぞれのスターティングラインナップが発表された。  アナウンスで次々と打順、ポジション、選手名が発表されると、葵やアリスといったスタープレイヤーの名前が発表された時が最も大きく歓声が沸いた。 【オリュンポリティア・ペンギンズ・スターティングラインナップ】  打順 ポジション 選手名  昨シーズン成績 ※はボトムリーグ及び外国リーグでの成績  1番ライト アイリーン・ルーズベルト  ※.350(打率) (本塁打) 29(打点) 78(盗塁) .769(OPS)  2番ショート 椎名葵  .363(打率) 42(本塁打) 85(打点) 46(盗塁) 1.178(OPS)  3番セカンド アリア・レチタティーヴォ  .309(打率) 12(本塁打) 69(打点) 15(盗塁) .786(OPS)  4番サード マカロン・クラックレ・ダミアン  .281(打率) 26(本塁打) 74(打点) 22(盗塁) .948(OPS)  5番レフト 江戸川丸雄  .272(打率) 19(本塁打) 82(打点) (盗塁) .893(OPS)  6番ファースト リンツァートルテ・クレス・フォーゲル  .231(打率) (本塁打) 38(打点) (盗塁) .623(OPS)  7番センター クラップフェン・オリークック  .290(打率) (本塁打) 35(打点) (盗塁) .841(OPS)  8番キャッチャー ジョージ・マッケンジー  .229(打率) (本塁打) 33(打点) (盗塁) .709(OPS)  9番DH 椎名焔  ※.279(打率) 18(本塁打) 53(打点) 11(盗塁) .854(OPS)  先発投手 スヴェトラーナ・ボルトキエヴィチ  32(登板) 8勝6敗(勝敗) 2.53(防御率) 352(奪三振) 0.85(WHIP) 【アウグスト・マンキース・スターティングラインナップ】  打順 ポジション 選手名  昨シーズン成績 ※はボトムリーグ及び外国リーグでの成績  1番ショート テレック・サンダーソン  .283(打率) 24(本塁打) 69(打点) 39(盗塁) .868(OPS)  2番センター ワット・ワトソン  .297(打率) 22(本塁打) 63(打点) 10(盗塁) .856(OPS)  3番ファースト ルーシー・ゲーリッグ  .312(打率) 35(本塁打) 124(打点) 18(盗塁) 1.083(OPS)  4番サード アリス・ロドリゲス  .305(打率) 60(本塁打) 158(打点) 32(盗塁) 1.214(OPS)  5番DH マンデル・シュトレン・ジュニア  .325(打率) 44(本塁打) 116(打点) (盗塁) 1.023(OPS)  6番キャッチャー ブライアン・ブラウン  .282(打率) 35(本塁打) 106(打点) (盗塁) .941(OPS)  7番レフト リチャード・リチャードソン  .293(打率) 20(本塁打) 68(打点) (盗塁) .873(OPS)  8番セカンド ハリー・ハリス  .238(打率) 12(本塁打) 57(打点) (盗塁) .733(OPS)  9番ライト オスト・カーカ  .274(打率) 14(本塁打) 49(打点) (盗塁) .746(OPS)  先発投手 ゲイリー・コール  32(登板) 22勝4敗(勝敗) 2.28(防御率) 405(奪三振) 0.79(WHIP)  ペンギンズは選手が大きく入れ替わっているのに対し、マンキースはほとんど選手が入れ替わっていない。入れ替える必要がないのはチームの完成度が高い証である。  ブレッドはスタメンをジッと見つめながら口を開けて静かに驚嘆する。  去年の成績から見ても、チーム成績に圧倒的な差がついていることを考えれば、大人と子供の戦いのように見えてしまっているのも無理はない。 「……何だ? ……この圧倒的な戦力差は」 「去年のチーム本塁打数は300本を超えています。ホームランを30本以上打っているのが4人、20本以上打っている選手が7人、しかも控えの選手まで二桁本塁打を打っていますから、これは少なくとも2発以上貰うことを覚悟した方がいいですね」 「これじゃ戦力均衡どころじゃねえぞ」 「でもうちにはラーナがいます。両方ともエースなので、しばらくは投手戦が続くでしょうね」  スタメンの発表が終わった時だった。 「ねえ、ちょっと。何で私がスタメンから外れてんのよ?」  ブレッドたちに近づきながら文句を言ったのはワッフルだった。 「打力がないからに決まってんだろ。ていうか去年の成績でよくスタメン起用してもらえたな」 「分かってないなぁ~」  余裕の笑みを浮かべながらワッフルが言った。 「私のお父さんはオーナーの経営難を救ったことがあるのよ。奇しくもビノーに売りつけるための商品を発売したせいで不買運動に陥った時、お父さんが資金援助したから助かったのよ」 「だから何?」  まるで他人事のようにグラウンドに目を向けながら言葉を返すブレッド。 「資金援助の条件は私を正捕手の座に置くことよ。今からでもいいから私を試合に出して」 「お前の事情なんか知らん。そういう文句はジジイにでも言え」 「!」  信じられないと言わんばかりの目でブレッドを見つめるワッフル。  ワッフルはてっきり交代してもらえるものだとばかり思っていたが、ブレッドにとっては選手たちの些細な事情など、意に介することではない。ワッフルの言い分はあくまでもエステルの管轄であり、ブレッド自身にとっては管轄外の案件だ。  しかし、それでもワッフルは怯むことなくブレッドに近づいた。 「あんた、自分が何を言ってるか分かってんの?」 「もちろん。それと、去年のペンギンズが最下位になった原因がまた1つ分かった」 「なっ……何よ?」 「お前、コネで入団しただろ?」 「……だっ、だから何よ。コネとか推薦とかで入団した人なんていくらでもいるわよ」 「確かにそうですけど、それは田舎とかで相当な腕を持っている人がスカウトの目に留まった場合の話です。キャッチャーの場合は、打撃と守備の両方で貢献できる人が通例ですよ」 「まあでも、守備力はかなり高いようだから、控え捕手としてならまだ使える。それにとっておきの起用法も考えてあるから安心しろ」 「……」  ワッフルが不満と不安が入り混じった顔でブレッドとジャムを睨みつけた。  そんなことは露知らず、ブレッドたちは試合を見始めた。  ジャムの予感は的中し、ラーナは見事に1回表を3人で抑えた。  テレックは三振、ワットはファーストフライに倒れ、続くルーシーの打席では、しぶとく何度もバットに当て続け、ファウルコールが何度も続いた。  ――ちっ、かなり粘ってくるデスネ。  ラーナは去年と全く同じ戦法に怯むことなく投げ続けると、ルーシーの当たりが三遊間を抜かんとする強い打球が飛んだ。  しかし、そこは葵の守備範囲だった。  葵はバックハンドでボールを掴むと、すぐさま右手に持ち替えて剛速球をファーストに投げ、間一髪でルーシーをアウトにする。ルーシーはファーストだが、決して足が遅いわけではなく、走力は平均以上である。 『スリーアウト、チェンジ』  ショートゴロに倒れ、ベンチへと戻っていくルーシー。 「ラーナには苦戦しそうね」 「ええ。だから何球も粘ってあげたわ。ペンギンズは投手陣が弱いから、ラーナさえ引きずりおろしてしまえばこっちのものよ」 「そううまくいくといいけどね」  アリスはブレッドの狙いを探りながらもエースの早期降板を誘うべく、粘り強い打撃で攻めた。ラーナは1回表だけで21球を投げ、既に相手の作戦に気づいている。 「あいつらはリリーフを出させる気デス」 「だろうな。特別優秀なリリーフがいない中で、わざわざラーナと勝負する理由がない。でも心配はいらんぞ。投手陣の問題なら任せとけって」 「――やはり心配デス。なるべく長く投げるデス」 「無理すんな。スプリングトレーニングの期間中だ。6回まででいいぞ」 「ワタシもなめられたものデス」  ラーナがどっかりとベンチの後ろの方にある席に腰かけた。 「監督、何で葵が2番なの? 葵はバント苦手なのよ」  セカンドから戻ってきたアリアが疑問を呈した。  多くの選手たちの脳裏には2番=繋ぎ役という方程式が成り立っている。これはリードオフマン時代が長く続いた影響もあるが、何よりスラッガーは3番以降に置くのが通例とされている。だがブレッドにそんな固定観念はなかった。ヘレンの指示通りにベースメトリクスに従ったオーダーを組み、それが本当に通用するのかを確かめようと試みている。  データを用いる監督や選手は昔からいたが、それはあくまでも個人対個人の限定的なもので、ベースメトリクスのようにチーム全体の勝率を上げることに特化した膨大なデータを活用する者は長い間存在しなかった。  ベースボールは時にデータをも覆す超次元的なものであると信じる者が多く、どちらかと言えば、根性や気力で逆境を乗り越えようとする選手が圧倒的多数派であった。 「見ていれば分かる」  1回裏、ゲイリー・コールが投球練習を終えると、ペンギンズの攻撃が始まった。 『1回裏、ペンギンズの攻撃は、1番ライト、アイリーンルーズベルトー!』  アイリーンの名前がコールされると同時に観客からはブーイングの嵐が飛んでくる。  しかし、アイリーンが見ているのはゲイリーが持っているボールだけだ。  内野陣はルーシーの守備範囲の広さもあり、それぞれのポジションが左寄りに守っていることをすぐに見破ったアイリーンは、一塁線を抜こうと3球目のボールを引っ張った。  素早く打球に反応したルーシーがヘッドスライディングで捕球すると、マウンドから走ってくるゲイリーに送球し、ゲイリーがすぐそばにまで迫っていたアイリーンにタッチをするが、既に悠々と一塁を踏んだ後であった。 『アウト』 「おい! 今のはセーフだろ! どこ見てんだポンコツ!」  ブレッドが一塁を指差しながら一塁側のベンチを飛び出し、ロボット塁審に大声で抗議する。 『今すぐ暴言をやめなさい。退場処分にしますよ』 「上等だぁ。スクラップにしてやるよ」 「やめてください。初回から退場になってどうするんですか?」  バットを持ってベンチを出ようとするブレッドをジャムが抑えた。 「チャレンジを要求する」  ブレッドが怯むことなくロボット球審に申し出た。チャレンジ制度は両チームの監督が2回失敗するまで要求することができる。これはメルリーグの創成期以来、何度も利用されてきたお馴染みのルールだ。 『公式戦ではないため、チャレンジは認めません』 「はぁ!? ちょっと待て! チャレンジはプレイ終了から30秒以内であればできるはずだ。公式戦とか関係ねえ。どうしてもチャレンジを認めないってんなら、ペンギンズはこの試合を放棄する。不正を平気でやる上に、チャレンジも認めないポンコツ審判の下じゃ、安心してプレイできねえよ。事と次第によっちゃあ、お前はスクラップ工場行きになるかもな」 『規則により、チャレンジは認めません』  プログラムに忠実なロボット球審は断固として判定を変えようとしない。  頑なに規則に従事しようとするが、ブレッドは一歩も引かなかった。 「あーそうかい。みんな、ホテルに帰るぞ」 「本当にいいんですか? 観客たちが黙ってませんよ」 「構わんね。あれはビデオ判定をするまでもなくセーフだ。マンキースの連中に塁審ロボットが壊れたから試合ができないって伝えてくる」 「その必要はないぞ」 「「「「「!」」」」」  気づいてみれば、さっきまで三塁側のベンチにいたジョーが立ち上がり、一塁付近に立っているロボット球審の前までツカツカと迫っていた。 「公式戦じゃないなら、審判をどうしようと、レギュレーションをどうしようと我々の自由だ。ここでビデオ判定をしないと、本当にスクラップになるぞ」 『……分かりました。ビデオ判定を開始します』  スコアボードの画面がさっきの問題となった画面に切り替わり、アイリーンが一塁を踏んでからグラブタッチされ、一塁線を駆け抜けていく様が映し出された。  更には主審までもが介入し、主審が両手を横に広げると、判定は一転してセーフに覆った。  球審や塁審はロボットだが、主審は人間であり、ロボットに明らかな問題がある場合は、人間である主審や予備の審判が代わりに業務を遂行することとなっている。 「ふぅ、助かったぁ~」 「ブレッドさん、お願いですから無茶をしないでください。一歩間違えば退場処分だったんですよ」 「ジャム、世の中には絶対に譲っちゃいけない時ってもんがある。今がその時だった」 「はぁ~、そういうところは昔っから変わらないんですから、冷や冷やしますよ」 「ふふっ、私はブレッドのそういうところ、好きだよ」  キルシュが子犬のようにブレッドに寄り添い、大きく柔らかい弾力をブレッドの腕に押し付けた。 「今試合中なの分かってる?」  ブレッドが両手でキルシュの顔を押し返した。  ノーアウト一塁から試合再開となり、アイリーンが一塁から少しばかり離れると、葵は左打席に入ってバットを横向けに構えた。 「ランナーがいるのに右打席に入らないんですね」 「葵が右打席に立つのは得点圏にランナーがいる時だけよ。一発長打は足の遅いランナーを返すためのもので、アイリーンの足だったら、二塁打で帰ってこれるはずよ」 「それだけじゃない。左打席に立つことで、相手キャッチャーの視点からアイリーンを見ることができなくなる。見てみろ。アイリーンのリードの幅がいつもより大きいだろ。打者が右か左かでリードの幅を変えてるんだ。キャッチャーから見て、葵でアイリーンが見えなくなる位置にな」 「あっ、ホントだ」 「しかもキャッチャーにとって、左打者は送球の邪魔になりやすいですからね」 「そこまで分かるのね」 「元キャッチャーですから」 「じゃあ、これだけ有利な条件が整えば――」 「盗塁成功率は大幅に上がるはずだ」  ブレッドが自信の笑みを浮かべながら言った。  アイリーンはいつものように盗塁を試みようとゲイリーの投球フォームをジッと見続けている。だがその動機はブレッドの期待に応えようとする気持ちからだった。 『ファウル』  ツーツーとなり、ゲイリーがグラブに腕を隠しながら首を縦に振った。  これを見たアイリーンは、投球フォームに入った途端に走り出した。

 メルリーグにおいて野手として登録されている者は、5点以上の点差があり、投手登録されている登板可能な選手を全て同一試合で使い切った場合のみ登板することができる。これは投手の疲弊を防ぐための処置として導入されたものである。  歴代ベースボール評論家たちの著書『ベースペディア』より

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