2回表はラーナが三者凡退に抑え、続く2回裏は5番リンツから始まった。
リンツにとってクリーンナップでの打席は何も初めてではない。元々リンツはボトムリーガー時代にそのパワーを見込まれ、ペンギンズの外野手として入団した。
やっとの思いで初めてレギュラーを手にした時のポジションはライトだった。それだけにあっさりとアイリーンにポジションを奪われた時は、アルビノ嫌いも相まって胸が張り裂けるような屈辱を味わった。リンツは守備力が平均以下でスピードもそこまでないが、肩はかなり強く、バックホームでランナーを刺したこともある。
リンツは功を焦った。一刻も早くライトを取り返したいのか、一発狙いで空振りを繰り返し、あっけなく三振に倒れた。
「くそっ!」
――何でだ? 何で打てねえんだよっ? このままじゃビノーにライトを取られっぱなしじゃねえか。
丸雄の打席になるが、ランナーのいない丸雄はあっさりと低めの球に手を出してピッチャーゴロとなる。
「噂の二刀流か。言っておくが、メルリーグはそんなに甘くねえぞ」
キャッチャーのアッシュが洗礼を浴びせるように言った。
「ええ、だから練習してきました。どちらでも結果を残せるように」
しかし、焔は怯むことなく左のバッターボックスに入り、足を大きく開いた。
初球から油断のないピッチングを披露するロジャーに対し、焔は何度もファウルで粘る。いや、ボールにバットを当てるので精一杯なのだ。
7番打者に対して球場が盛り上がるのは珍しい。
このままでは埒が明かないと、ロジャーは渾身のストレートを内角低めに投げた。
咄嗟に反応した焔がアッパースイングでバットを振り抜き、弾丸のような勢いでセンター方向へと向かう。ボールはやや高めの甘い投球となっており、焔は数少ない失投を見逃さなかった。
「何っ!」
ロジャーが真後ろを向くと、ボールはやや左のセンター方向へと飛んでいき、ペンギンスタジアムの名物である作り物の氷山にぶつかった。
球場は一気に盛り上がり、ビギナーズラックを決めた新人にエールを送った。
ダイヤモンドを1周すると、ベンチに戻ったところでブレッドたちとハイタッチを交わした。
「やるじゃん」
「お兄ちゃんに負けてられないもん」
「それはいいけど、登板前にも守備に就いて大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。私はこう見えても頑丈だから」
豊満な膨らみに手を当てながら強気に語る焔。
しかし、そんな焔を心配そうに見つめるラーナは不安を隠せないでいた。
プレクが凡退すると、ネクストバッターズサークルからロジャーの投球を観察していたアイリーンがバッターボックスに入った。すると、さっきまで比較的大人しかった観客たちが一斉に立ち上がり、親指を下に向けながらブーイングを始めたのだ。
「帰れビノー!」
「お前のホームは強制収容所だろ!」
「てめえなんざレギュラーどころか戦力外だ!」
周囲の罵詈雑言にも構わず、アイリーンは目の前の投手にだけ目線を集中する。
重いストレートをファウルボールにするのが精一杯だったが、外へ逃げるシュートにバットの先を当たった瞬間に走り出し、サードを守るパイの送球をファーストのブランが足を広げながらキャッチする。
『アウト』
先にファーストベースに触れていたのはアイリーンの足だった。
「おいっ! 今のはセーフだろ! 誤審だぞ! チャレンジだ!」
ベンチからは叫びながら外に出ようとするブレッド、怒りを露わにする監督の手を引っ張るジャムの姿がペンギンズのファンたちには風物詩のように見えている。
チャレンジを行うも、映像を見てもアイリーンが早いが、結局アウトの判定となった。
妙な違和感を持ちながらも、アイリーンがロボット塁審と目線を合わせ、渋々ベンチへと戻っていく。
「何で文句言わねえんだよ?」
「文句を言ったら最悪退場よ。ロボット塁審は、作った人の意図が少なからず反映されるようになっているわ。次は文句なしの当たりを打てばいいだけよ」
「1点リードしているとはいえ、油断はできませんよ。特に上位打線は」
エース同士の好投による膠着状態が続き、ラーナは焔に対する不安から解放されないまま4回裏を迎えた。
余計なことばかりを考えていたのか、ツーアウトから3番デービッドに対してコントロールが定まらず、プレクは様子がおかしいラーナを気遣う余裕はない。ボール球が先行し、打者有利のスリーノーからボール球のサインを出した。ラーナはサイン通りに外角にストレートを投げた。
あっさり見逃すと、デービッドはバットを捨て、肘用プロテクターを外した。
『フォアボール』
今度はラミーが打席に入ると、異様に集中した様子でラーナを睨みつける。
ラーナは牽制することなくラミーの身に集中する。デービッドは巨漢で足が遅く、守備も苦手であることが知られていることもあり、ストライクゾーンギリギリに投げ込むが、ボールの判定を貰い続けてから徐々に焦り始めている。肩に力が入りすぎていることに気づきもしないまま、内角低めにストレートを投げた。
プレクが大きく目を見開いた。ストレートは内角の真ん中に甘く入ってしまった。
ラミーはラーナの失投を見逃すことなく、いとも簡単にレフトスタンドへと運んだ。
「ぎゃ……逆転ツーランかよ」
「これで1対2ですか。ロジャーを早く引きずりおろさないと、まずいですよ」
「外野からコンバートしたばっかりだし、やっぱ不慣れなままじゃきついものがあるか」
「まだ始まったばかりですよ。ここはプレクを信じましょう」
強打の捕手を見出すために多くの選手に捕手をやらせた結果、プレクはピッチャーたちと仲が良く、リードもかなりうまいことにブレッドが気づいた。
足の速さと肩の強さもあり、『俊足の捕手』としてプレクを起用することを考え、スモールボールを更なるステージへと昇華させようと考えた。
タイムを取り、ラーナに歩み寄るプレク。
「ラーナ、一体どうしたんだよ? いつものお前らしくもない」
「何でもないデス。ワタシにも不調の時ってものがあるのデス」
「エースは不調の時でもしっかり抑えるもんだぞ」
「また開幕戦負けは真っ平御免デス。せっかくここまでやってきたというのに」
「ラーナ、諦めるのはまだ早いよ。正直、僕だって監督が何を考えてるか分からないし、キャッチャーになるなんて……思ってもみなかった。でも監督なら、今までのペンギンズを変えてくれる。そんな気がするんだ」
「……分かったデス。プレク、ここからはバックを信じて打ち取るデス」
変わったなと言わんばかりの笑みを浮かべ、元の位置へと戻った。
ラーナは変化球を積極的にストライクゾーンに入れていくと、ボールは誘われるようにスイングをするバットの芯を外していき、このホームラン以降は一度も失点をしなかった。
『ストライクアウト。チェンジ』
ラーナは8回表まで109球を投げ、3安打2失点3四球11奪三振の好投を見せた。
一方でロジャーは6回でマウンドを降り、エジル・エジソンに後続を任せた。
ブルーソックスベンチはこの早い降板に驚きを隠せなかった。ロジャーはスタミナもあり、完投することも珍しくなかったが、6回を投げ終わった時点で112球を投げており、降板せざるを得なかった。
「どうやらこっちの作戦が刺さったみたいだな」
「そうですね」
「まさかあたしたちが
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