168cmの日本人サッカー選手が駆け上がるバロンドールへの道

Final その1 National anthem

「よくここまで来た。ひとまずノルマ達成だ。実は、昨日はあまり眠れなかった。プレーするのは実際は君たちなのにな」  山口荒生監督は、決勝前のチームトークに普段はあまり開かない口を潤滑油で湿らしたかのように広げる。 「エース(真吾)を失い、動揺もしているだろう。だが、ここまで来たからには……」 「勝ちたいです!」  続けたのは大吾だった。 「ここまで来たからには絶対に勝ちたい!」 「大吾、おまえが目指すバロンドールにはオリンピックのタイトルは何の影響ももたらさないぞ。気負い込みすぎじゃないか!?」  松葉杖を横に置き、体を椅子に投げ出している真吾が問う。 「俺は人生の半分をこの試合に賭けてるんだ!」 「人生の半分……??」 「これだよ、これ」  利根が小指を突き出して右手を真吾に向って掲げる。 「人生の半分、つまりはパートナーをこの試合で手に入れるってさ!」 「サッカーで金メダルと同時に女も手に入れるってか……」  呆れた失笑を真吾は隠さない。 「負けて振られちまえって、少しは思わんでもないが……ね」 「みんな、金メダルを取ることによって、これから先の人生が変わってくるだろう。そして向島弟は人生のパートナーすら変わってくる。少しは尻に火を付けて、今日の試合やってやろう!」 『おお!!!』  と、選手とスタッフ全員は気合を入れなおす。 「でも、相手はあのルカ・ボバンなんだよな……」  勇也が弱気に切り出す。 「真吾さんも居ない今、勝てる……かな」 「タコ!俺は途中出場でも出るぞ!?」 「兄貴!?」 「痛み止めを飲んででも、打ってでも出てやる。それまでスコアを整えておけ!」  ピッチへと続く選手入場  そこで歌うのは君が代。  準決勝では口ずさまなかったので、はっきりと声を出すのは高校の卒業式以来である。 君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔の蒸すまで  歌う場が違うだけでどうしてこうも、胸が熱くなるのであろう。  これから戦う前にはふさわしくないという人もいる。  だが、なんと心を打つのであろう。  静かな調べは、確かに日本イレブンに闘志を植え付けた。  スタンドに大吾はひとりの赤い眼鏡をかけた女性を発見する。  大吾は右拳を彼女に向って突き上げる。  彼女はそれをみて頷く。  両チームの選手が並列にならび、横へ移動しながら握手を始める。 「準備はできたかい?」  クロアチアの列から唐突な日本語が溢れ出る。 「何の準備だい?」  大吾が返す。 「逃げ帰って土下座をする準備だよ」 「その準備はいらないね」  二人の手が互いを握り合う。 「負けるつもりはないからさ!」  視線がぶつかり、火花が飛び散る。そして両者は手を放す。

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