168cmの日本人サッカー選手が駆け上がるバロンドールへの道

間章 Brothers:ORIGIN その4

 大吾はトレーニングにはもう行かない。  朝早く起きなくても良い。しかし慣習とは恐ろしいもので、いつもの時間に目が覚めてしまう。  大吾は二度寝をする。しかしもう寝付けはしない。  心がサッカーを諦めようとしても、身体に染み付いたものがそれを拒否する。 今までやってきたことはなんだったのだろう 自分が12年生きてきた意味は? 何を得意げになっていたのだろう  たった数年の儚い栄誉。    大吾は朝練のトレーニングコートに顔を出す。  だが練習に参加することはない。 「おい、大吾何してんだ。練習やるぞ、早く来いよ!」  その勇也の言葉から逃げるように、大吾はコートから脱走した。  大吾は夜の街を徘徊する。  目的地のない、いや目的地にたどり着けなくなった難破船のように。 ――どこへ辿り着いてももう自分の責任じゃあない。  大吾は糸の切れた凧のように彷徨う。  サッカーを失った大吾は孤独を感じる。 ――いままで友達だと思っていたのは、ただサッカー仲間なだけだったのか……  サッカーを失った今、大吾に価値を見出すものなど居ないであろう。  空き缶が転がってくる。  思わず大吾は()が出てしまい、その空き缶を蹴ってゴミ箱にゴールする。  1個だけではない。  2個、3個とまるでキックで美観行為を行う清掃業者のようだ。  お母さんと一緒に歩いていた子供が思わず拍手をする。  母親は――ほら、行くわよ!と子供の手を取り道を急ぐ。 「へえ、おめーなかなかやるじゃん」 「サッカーやってるんか?」 「やってたんだよ……」  現在進行形に、過去形で大吾は返す。 「もうやめたってことか。じゃあさ、ひとりなら俺たちと遊ばねえか」  大吾が出会ったことのない人種たちだ。  今までサッカーしか見てこなかった大吾には興味深く感じられる。 ――こういうひとたちと付き合ってはヤバいのかもしれないけど、もうどうでもいいや……  破れかぶれの大吾。  サッカー以外で出会った友人たちは大吾の既成概念を破壊し、大吾自身も悪い意味で自分の殻を破っていった。  大吾はゲームセンターでゲームに興じる。  新しく出来た悪い仲間と一緒だ。煙草を吸ったり酒を呑むのはさすがに控えたが、法律に抵触しない程度に『悪いと大人に教えられること』は大抵やった。髪の毛は黒から茶へと染められていた。  ゲームセンターで大吾はサッカーゲームをプレイする。  まだ完全にはサッカーから心が離れていない証拠なのかもしれない。  不貞腐れた日々。自分が情熱をかけてきたものが報われないとわかったときのむなしさ。消えていく光。憧れに届くことがないと通告された現実。  大吾の現実 ――今、生きていると感じる……  サッカーでできた以外の友達は、大吾という砂漠に延々と水を垂れ流す。  大吾がその水をいくら吸っても乾きがなくなることはない。  大吾は錯覚でできてしまった場違いな充実感を、そのまま自分のアイデンティティとしてしまおうとしている。  アスリートとしての自分を見失った大吾はついに煙草を手に取る。  大吾は一瞬煙草を眺める。  これを咥えたら自分の競技生活は終わりだろう。  躊躇しながらも大吾は煙草を咥える。 「誰か火持ってない?」 「なんだよ大吾、おまえタバコ吸うのか?」 「まあ、ね」 『ほらよ』と仲間がライターを大吾に渡す。  大吾はライターに火を灯す。  火の揺らめきが大吾の心を揺さぶる。 ――これを煙草に付ければ、僕は今までの僕じゃなくなる。  大吾は火を煙草に近づける。 ――すべてが終わって楽になれる…… 「なにやってるんだ、おまえは!バロンドールを目指すって言ってたじゃないか!」  大吾が下部組織の練習どころか学校にも来なくなり、心配していた勇也が噂を聴きつけそこへ駆けつけた。  勇也は大吾の煙草を取り上げ、下に捨て足で踏みつける。 「おまえは俺のライバルじゃないのか!サッカーへ未練はないのか!」 「……ないよ」 「嘘だッ!だったらなんで今更こんなサッカーゲームをやっているんだ!おまえのやっていることは矛盾している!サッカーが嫌いな奴がサッカーゲームなんかするわけがない!」  勇也は続ける。 「そうやっていじけてても誰も本気のお前(・・・・・)を相手にしてはくれないからな!おまえの戻るべき場所(・・・・・・)はひとつしかないんだ!」 ――本気の僕……戻るべき場所……  そして大吾は感じる。 ――瀬棚勇也は『サッカーだけの友達ではない』、と。

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