ヤドリギの娘

読了目安時間:8分

29.王と王

 ムン族族長ルゴスは面喰っていた。  まさかひとつのいくさの、それも戦いが始まる前にふたつも驚かされるとは!  彼が敵国へと使いに出した五十七番目の息子が生きて帰って来た。  しかも向こうがたの“王”の身柄をひっぱって。それは分かっている。  豪快な男は驚かされる度に笑っていたが、その王が女で、子供で、小娘で!  いや、大楢の国の前の王が跡取りに困っていたのは有名な話であったが、まさかこんな!  娘が着飾らせただけのただの替え玉という可能性も捨てきれない。  ルゴスは族長として王を名乗る娘を問答で試してみた。  これに答えられねばただの小娘。影武者とてその内にぼろが出るだろう。  だが娘は大楢の国の歴史や宗教観、帝王学やいくさについての知識まで披露して見せた。  なるほど、王を名乗るだけあってそれなりの知識を備えている。  豪傑ルゴスは納得した。長い時間を掛けて育てた影武者や、一夜漬けの記憶力の良い人間の可能性はあったが、そんなことはどうでも良い。  こやつが王であることを証明する手は他にもある。  それに何より、この娘が言った言葉が気に入った。  ルゴスは訊いた。「お前は王なのに、身の証を立てるためだけに、それだけの事を敵に話してしまうのか」と。  エポーナ王は答えた。 「これがあたしの最初で最後の仕事だからよ。今までやって来たこと全てが無為になるなんて真っ平よ。  あたしの命は好きにすると良いわ。その代わり国に戦争を仕掛けるのは止して。  合併でも吸収でもなんでもいい。あたしの国民を殺さないでやって」  たかだか十数年生きただけだろうこの娘は、王としての資質と誇りを兼ね備えていた。  ルゴスが今まで見てきたどの娘とも違う。娘など悦ぶか怯えるかの二択だ。  男でもこれほどの胆力の持ちぬしにはそうお目に掛かれない。ルゴスは他人の武勇伝に目が無い。  つまり、これほどの人物が王ならば、我が耳に聞こえてこないはずがないのだが……。もしも、本当に王だとすればなお面白い。  そこでルゴスはこう言った。 「その言葉、拒否する。貴様が王であると信ずるに値しない」  そして息子たちに命令した。 「今すぐ大楢の国へ進軍だ。この娘を磔にして御輿にしろ。連中を脅せ。  こいつが本当に王なら、国民は手出しができないはずだ。  奴らが先に手を出すまでこちらも手を出すな。国へ入ったら適当な場所でこいつを火炙りだ」  もしも本当にこの秀外恵中の娘が王ならば、国民の支持は篤いだろう。  そんな中、これを磔に進軍すれば、連中はどうするか? 策に乗らずに正面衝突か? それならば予定通りだ問題ない。  命を賭して取り返しに来るか? さすれば宴は素晴らしいものになるだろう。  我が身可愛さに大人しく火炙りにされるのを待つか?  それならばつまらん。ワシが出向くまでも無い。使えるものだけ奪い、残りは復讐に燃える連中に好きにさせてしまえ。  ルゴスは己の嗅覚を信じていた。こいつは王だ。間違いなく。必死に王を取り返そうとするやつらにあえて四方を囲ませてやり、国を内から喰い破ってくれよう!  蛮族の王は声高らかに天を衝いた。  ムン族の連合は大楢を囲む大森林を進み始めた。  大森林に配置されていた多くの大楢の兵や、親大楢派の部族が抵抗を開始した。  正面からの戦いではまったくムン族に分があった。半倍や倍の数では相手にならない。  連合の多くは生粋の戦闘民族だった。戦いの腕前が違う。そして霊魂の生まれ変わりへの信仰度が覚悟の差を付けていた。  その内に大楢の兵は相手を見つけても、武器を交えず後退し始めた。  だが、森に守られて来た国には、森に守られてきた国なりの戦いかたがあった。  大楢の兵は街道に生える目立った大木に細工を施し、敵軍が通過する際に切り倒した。  そして森の比較的踏破しやすい箇所には、犬の群れをけしかけておいた。  森のあちこちで血の雨が降った。血に飢えた戦士たちへの恵みの雨。だが濃すぎるそれは大地を腐らせる。  そして光。連合内の火を崇拝する部族が躊躇なく森を焼き始めたのだ。森は秋の深まりを待たずして紅葉に包まれた。  蛮族の王は予想外の抵抗に大いに喜んでいた。娘を使うのはまだ先だ。  これは前哨戦。主戦場は見晴らしの良い草原になるだろう。そこで娘の柱を立てる。  連合は血と炎と共に進軍し、森は端から冬になっていった。奮闘した大楢の先遣部隊も万策尽き、家族の命運を本隊に託して散っていった。  いよいよ磔の進軍が城下町付近で構えていた大楢の軍団の目と鼻の先へと現れた。  再び五十七番目の男が軍使となり、王の柱を指し示し、大楢の国へ脅しをかけた。  敵の大軍を目にした大楢の兵士達は張りつめすぎた弓の弦のようになっていた。  数では勝っていたが、それが意味を為さないことは予定より早く、予定よりも多い人数で現れた敵軍が証明していた。  背には家族の居る城下町。経験の少ない兵士たち。  彼らは弓であり引き手ではなかった。己が引き手であれば、すぐに弓を地面へと投げ捨てただろう。  再び軍使は首だけにならずに済んだ。敵方の祭司長エススが了承したのだ。  王を広場で生贄に捧げることを。ただし、「国民を刺激しないために兵の大半は平原で待機させること」と条件を付けた。  姑息。  ルゴスは失望した。祭司長は初めから娘を捨て駒として使う気だったのだ。娘が王なのは間違いない。  それでこのルゴスが少数の兵と共に広場に入ったところを叩く気なのだろう。それで勝算があるとでも?  祭司長はまあ良い。あとで殺す。きっと娘を傀儡として国を牛耳ってきたのだろう? あれが真の王。  祭司長ではなく、差し詰め祭司王といったところか。そういう事だろう。  ワシが気になるのは娘の人望のほうだ。君主を晒し辱めながら街を行脚してくれよう。  火中に飛び込む行為だというのに、ルゴスは自分の死や敗北を考えていなかった。  彼は生まれ変わりを信じていない。どうでもいいと思っている。  あえて言うなら毎日欠かさずに鍛えた己の肉体のほうが魂よりも愛着があった。そして己や側近の腕前には絶対の信頼がある。  さらに敗北を考えないもう一つの理由。それは大楢の本隊の連中の様子だ。  こいつらは絶対に街中で戦うことはできない。身内の命惜しさに武器を振るうことはできないだろう。  ルゴスは敵兵の顔から、戦士ではなく、家族を愛するただの人間を見出した。  ならば叩くのはエスス祭司王とその側近だけで済ませる。大将自ら大将首を取る。なるほど豪傑に相応しいやりかただろう。  ルゴスの考えた通り、大楢の兵は一人たりとも武器を構えなかった。磔の娘を見上げながら、ただこのまま無事に戦争が終わってくれと願っていた。  だがルゴスは再び失望した。王が目の前で晒し者にされて怒りの声ひとつもあげない敵たちに。  連中の中にもこの磔の娘と同じ年頃の家族をもつ者も居るだろうに、歯を噛むそぶりすら見せないとは。  どうやらこのまま、娘の真価を見ることも無く灰にしてしまう事となるだろう。  派手さを求めて劫火で焼く気でいたが、奴らの腐った根性を奮い立たすために、とろ火で足先からじっくり焼くことにするか。  火刑は上手くやれば十日は引き延ばせる。  そのあいだに立ち上がれば良し、立ち上がらなくとも萎えれば今後の支配が容易くなるだけのこと。  御輿が城下町に入ると、人々の反応は違ったものに変わった。  多くの者が御輿へのやじ馬に現れた。  とはいえ、正面から堂々と見物するものは少数で、大抵は家の中や物陰から陰湿な視線を向けていた。  ルゴスは喜んだ。なんだ、良い目をするじゃないか。  こちらを兵にすれば良かったのではないか? そうだ。ワシを憎め。そして娘が火に掛けられる前に飛び掛かってくるが良い!  物陰から御輿を連れた集団へと石が投げられた。御輿は止まり、石の飛んできた先へと側近が槍を向けて構える。 「よい。ここはワシが行く」  兵を制し族長自ら前へ出る。 「大楢の国民よ! これよりワシらムン族の連合は、貴様らの王であるこの娘をいけにえに捧げる!  王の血をもち、祭司の儀式によっていくさを治めるのだ! 小娘ひとりの犠牲で国は救われるのだ! これに文句のある者はおるか?」  豪傑の声は町中に響いた。街は静まり返った。 「死ね」  ひとつの声が投げられた。それを呼び水に、零下の言葉が溢れる。 「死ね」「殺してやる」 「お前のせいだ」「お前が悪い」 「死んでしまえ」  戦いや復讐というものは血を熱で沸騰させて行うものだ。ルゴスはじめ、戦士たちはそう考えていた。  だが、いったいどうしたことだ。この町から溢れる冷気は。  言葉の一つ一つが、研ぎ澄まされたやいばのように、ルゴスの背骨を刺した。  恐怖? まさかワシが怖気を覚えるとは。戦士でもないこいつらに? もしもこいつらの前で、娘を焼こうとすれば、どうなる?  この凍えに割れたナイフを持って連中はワシの懐へ飛び込んでくるというのか。  ――素晴らしい!  勝って当然の戦いには飽いて来たところだ! 如何に腕前で劣ろうとも、その氷の信念があれば、このルゴスの首を獲ることが叶うかもしれんぞ!  ルゴスは御輿を前へと進ませた。血も凍る恨みの道。族長だけでなく他の兵たちも国民の怨念を感じていた。  一歩一歩が重い。凍った湖の表面を踏み抜くようだ。 「娘よ。お前は確かに王だ。ワシよりも遥かにな」  そして大楢の国の王であるルーシーン・エポーナは、街の広場に立て掲げられた。 ***

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