こちら内閣府異世界通行管理局管理一課です

第二十六話 七月五日 その一 《朝》

 七月五日、午前七時半。  目覚まし時計は鳴らさなかった。今日から出勤しなくてもいいのだが、稔は自然といつもの時間に起きる。  清花はと言うと、稔のベッドの下、布団の中で丸くなっている。エアコンが効きすぎたのかな、と稔は設定温度を二十八度に上げておいた。稔は清花を起こさないようにそろりと台所に向かい、半熟ベーコンエッグを二人分作る。食パンの袋と皿を出し、部屋の隅に寄せられたちゃぶ台の上に置く。  もぞもぞと布団が動く。ベーコンエッグの匂いに釣られたのだろうか、清花が布団から顔を出した。 「……おはよう」 「おはよう」  稔は冷蔵庫から麦茶を出して、今日からはコップを二つ、ちゃぶ台に持っていく。  清花は昔と変わらず、朝が弱いらしい。スウェット姿の清花はのろのろと起き上がる。 「むいちゃ」 「はいはい、麦茶ね」  稔はそれだけで察して、麦茶を入れたコップを清花に持たせる。しっかり握ったことを確認してから、手放した。  清花は麦茶を半分ほど飲み、ようやく目が覚めてきたのか、ちゃぶ台のほうへと歩いてくる。 「さやちゃん、目、覚めた?」 「……うん」 「朝御飯だよ。はい、箸持って」  低血圧の清花の相手は、もはや、老人介護のようだ。  一つ欠伸をして、清花は箸を受け取り、目玉焼きの黄身にぷすっと刺した。 「いただきます」 「どうぞ」 「……稔お兄ちゃん、料理できたんだ」 「簡単なものはね。一人暮らしが長いから」  そんな他愛もない会話をしながら、二人で朝御飯を食べる。  そう、目の前にいる稔の倍近く年上の女性は、今年十八になるはずだった清花だ。  『あちらの世界』に行って、その後『色々な世界』を巡って、『こちらの世界』で三年近く経った今、清花を清花と認識できるのは、稔とニニ、異世界通行管理局の局員だけだ。稔の伯母、清花の実母でさえ、目の前で娘の姿を見ても信じないだろう。  可哀想に、と言うのは簡単だ。だが、稔はもっと前向きに、清花が望むことをしてやるつもりだ。だからこその自由出勤であり、局長の温情のようなものだろう。京都駅修学旅行生大量失踪事件の帰還者ともなれば、本来は隠すだけでも骨が折れるはずだからだ。  ——ということは、服部のときはどうしたのだろう。家族に会わないだけでなく、ドラゴンや鬼まで出た騒動も一切報道がなされていないし、特例措置とはいえ人一人の居場所を作るのは、上にねじ込んだの一言で済む問題ではない気がする。 「稔お兄ちゃん」  清花が不思議そうな表情をして、稔の顔を覗きこんでいた。  稔は清花が心配しないよう、「何でもないよ」と言って、ベーコンエッグを食べる。  今は、稔は異世界通行管理局員としてではなく、清花の従兄弟として接してやらなければならない、と思っていた。 「御飯食べたら、散歩に行こうか」 「お昼御飯何にする?」 「まだどこも店はやってないよ。ゆっくり考えよう」 「うん」  清花は嬉しそうに、子供のころのように笑った。

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