時季さんは俺より少し背が高い。
初めて並んで歩いて、彼の身長が分かった。
冷えたフレンチトーストで程ほどに満腹になった休日の朝、時季さんは「腹がくちいから」と言ってゆっくり歩いた。だから俺は時季さんを好きなだけ観察することが出来た。
***
時季さんが同じ小倉トーストを食べているのに気づいたのは秋だった。木曜にそこに通うのが習慣になり、いつも近くの同じ席で朝食を摂る男性がいるのは何となく知っていた。でも俺は男でも女でも仕事以外の関わりは極力避けていたし、顔なんて見ようともしてなかった。俺はいつも脇目も振らず奥の席に着き、パキラの生長を確認していた。
その日は、俺が仕事の都合でいつもより早く店に行ったのだったと思う。「今日はお早いですね」「仕事の約束があって」とマスターと会話していると、彼──時季さんが入店したのだ。彼はやはり奥の角に座り、お冷やを出したマスターにただ一言「お願いします」と言った。「かしこまりました」とマスターの穏やかな声におや、と思ったのを覚えている。
あの人も常連なのか、と後ろを振り向くことは出来ないまま初めて存在を意識した。すぐに消えてしまうような感慨。彼がホットサンドとかナポリタンを頼んでいたら店を出た瞬間に忘れてしまった出来事だったろう。
「小倉トーストホイップ蜂蜜添え、です」
俺は思わず振り返った。まさか同じ物を食べているとは思わなかった。それもこんな甘過ぎる甘味を。彼は自分の皿を覗き込んで口の端を上げると、すぐに食事に取り掛かり、俺の視線には気づかないようだった。
長い黒髪。寝不足なのか血色の悪い顔にクマが薄らと浮く。おまけに無精髭。少々猫背で姿勢がいいとは言えない。カトラリーを玩具みたいに見せる手は骨張って大きく、トーストを頬張る口も大きい。ペロリと行儀悪くナイフを舐める仕草にハッとして、慌てて姿勢を戻した。
彼より早く運ばれていた朝食のホイップはトーストの熱さに溶けてしまっていた。それで手順を間違え蜂蜜をかけ忘れたのだ。
それから俺より早くその席に座る彼が気になって仕方なくなった。
悠然とコーヒーを飲む彼の食べ終えた皿をチラリと確認し、自分の席に着く。彼はいつもヨレヨレのシャツか寒くなってからはタートルネックのセーターを着ていた。袖を汚さないためか腕まくりをした前腕は筋張っていて、男らしさに心臓が跳ねる。
冬になり、彼に会うと自分に嫌気が差し始める。
『男なのに』俺と同じ甘過ぎる朝食を食べている。荒れた風貌や手や腕が『男らしい』。食事中恐らく美味しくて笑う顔が『意外に』可愛い。
俺は他人が自分を見た目で評価するのを嫌悪しながら、彼を同じ目で評価していたことに気づいた。吐きそうだった。自分への嫌悪にしばらくトーストの味は分からなくなっていた。
彼がニ、と口の端を上げる時、胸に沸き上がる感慨の正体に気づいた頃でもあった。もう行くのは止めようか、他にも美味しい店はたくさんある。でも。
そしてずるずると通い続けた冬、初めて時季さんと相席をした日。
もうこれは次は無いな、と思った。余りに簡潔すぎる返答と無礼かよと思うくらい切れ味のある台詞。面倒だ、もう近づくなという気持ちが透けて見えるようだった。それでも俺も自分で誘ったからには、と意地になって声を掛け続けた。阿呆みたいにしゃべった。
時季という名。間近で見た彼の腕、大きな手。人差し指の
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KONOHANA YORU
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KONOHANA YORU
2020年11月22日 19時42分
micco
2020年11月22日 20時59分
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micco
2020年11月22日 20時59分
魚住真琴
尊い……時季さんの描写が、決してきれいではない、むしろ陰の人間でとっつきにくそう感がすごく溢れている、のに、それがどんどん愛しく見えてきてしまっているのがなんかもう、溢れてて尊いです。
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魚住真琴
2020年12月4日 18時51分
micco
2020年12月4日 19時46分
長い話を、最後まで読んで頂きありがとうございました! う、嬉しいです!(T-T) じれじれBLが、気づいたら時季さんの成長ストーリーになってしまっていました……
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micco
2020年12月4日 19時46分
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