朝食を御一緒しませんか ~小倉トーストホイップ蜂蜜添え~

閑話、土岐視点。 時季は出てきません。飛ばして頂いても大丈夫です。

+ミルクティー

 俺が初めてその小さな喫茶店に入ったのは、初夏の昼過ぎだった。  仕事ですぐ近くの理工学大に出入りし始めた頃。最近通っているカフェに行こう、とマップアプリで近道をした途中で見つけた。  扉が如何にも古そうな焦げ茶色で、海外ファンタジーの魔法の扉のような雰囲気に足を止めた。よく見ればまだ新しいのか、壁もすっきりとした白でなかなかお洒落な店だった。もし好みの甘味がなくてもココアくらいはあるかな、と誘われるように中に入った。外装からは想像がつかないほど広々として、「わ」と思わず声が出た。 「いらっしゃいませ」と白眉のマスターが出てきて「お好きな席へどうぞ」と微笑んだ。  俺はいつも独りになれる席を探す。壁を向いたっていい。自分の時間が持てればそれが一番安心できるから。  一番奥の1人掛けの席。申し訳程度に置かれたテーブルセットの横には、買ってきたばかりか瑞々しいパキラが置かれていて、俺はそこに座った。 「一番甘いのを下さい」  一か八かそう言った俺に、マスターはゆっくりと肯き「あんこはお好きですか」と尋ねた。  俺が「もちろんです」と即答すると、笑み崩して一礼しカウンターの中へ入っていった。  店内は暇な時間なのか他に客はおらず、しん、としていた。反ってその方が気が楽でいい。好きな物を食べていてじろじろ見られるのはすごく不快だから。 「どうしよっかな」  さっきかかってきた着信の内容を思い出す。電話口で開口一番『マレーシア研修どうだ。1年間』って言われてもなぁ、と大げさに項垂れる。直属のボスからの着信で、朝に顔を合わせたときは何も言ってこなかったのに。  多分上の方は、俺が行く腹づもりで話が進んでいるんだろう。うちの会社の悪い癖だ。いや別にマレーシアだってタイだって、スウェーデンだって大したことはない。きっと何とかなると思う。  でもなんだか、自分のレールを他人に敷かれている感覚がもやっとして気分が悪かった。ま、確かにいつかは行きたいってボスに言ったことがある気がするけどこんな早くじゃなかったし、まだ抱えてる案件あるのに全部渡して来月から行けってさすがになんかブラック過ぎないか?  と、先程のマスターが銀の盆から俺の前にコトリと皿を置いた。 「小倉トーストホイップ蜂蜜添え、でございます」 「わっ」 「蜂蜜はお好みで掛けてお召し上がり下さい」 「あ、ありがとうございます!」  早速カトラリーを手に「いただきます」と呟く。まさかこんなに美味しそうな物が出てくるとは思わなかった。分厚い5枚切りくらいのトーストに切れ込みが入っていて、バターの香りが香ばしい。あんはしっかり煮詰めてあったけどホイップは少し緩めでたらぁ、とトーストの温かさであんや切れ目に染み込んでいく。急げ! とばかりにサクとナイフを入れ、あんとホイップを絡めて頬張った。  ……最高!  うわわわ、とあまりの美味しさに打ち震えていると、マスターがまだ側にいてそれを眺めていることに気づいた。ハッと顔を上げ「美味しいです」と伝える。マスターは目尻を下げて「ありがとうございます。食後のお飲み物はいかがですか」と言った。  食後のミルクティーをコクリと飲んで、ほぅっと息を吐く。当たりだ。この店は当たりだった、とさっきの感動を反芻した。2口目からは蜂蜜も掛けた。それはもう一気に。しかし使われている蜂蜜のさっぱりとした口当たりに、あんとホイップとバターがケンカしない。むしろもっと甘ったるい蜂蜜との刺激を想像していたけど、食べてしまえば他の蜂蜜ではこの黄金律は崩れてしまうだろうと納得した。我知らず拳を握ってガッツポーズしてしまい、慌てて周りを窺う。本当に誰も居なくて良かった、最高の時間だった。  ミルクティーもきちんと煮出してる味がしてまた満足だった。 「あー……落ち着いた」  呟く。やっぱりあのボスからの着信を受けてから、どこか不安で焦っていたんだろうと思った。きっと何とかなると思う、なんて少し強がっていたんだなと自己分析してみた。  俺は頭の先から足の爪まですっかり穏やかな気分になって立ち上がった。少しボスと話してみよう、それで納得出来るんなら来月からでも明日からでもどこへだって行ってやろう。  勘定を済ませるとマスターが「また是非いらして下さい」と微笑んだ。俺はちょっと嬉しくなって懐から名刺を出した。 「もしかしたら間が開くかも知れませんが、必ずまた来ます」  そうしてやっと日本に、この店に再び来られたのは次の夏のことだった。

小倉トーストホイップ蜂蜜添えの良さが描写されてなかったので、まさかの土岐視点です。 え、連載になっちゃうの? という作者の戸惑いを乗せながら、お送り致します。

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