一条兼定(いちじょう・かねさだ)いざ参る! ~無能者と呼ばれた男の逆転劇~

6.5 帰還した姫武将

 稀代(きだい)の名将、高橋鎮種(しげたね)の率いる大友軍は、丘の上から物凄い速さで地面を揺らしながら駆け下りると、その勢いのまま西園寺軍を目掛けて突っ込んだ。 「我は大友が高橋鎮種(しげたね)! 一条と宇都宮に味方するべく戦場に馳せ参じたり! そのまま横から突き破れ!」  疾風怒濤(しっぷうどとう)の攻撃、西園寺軍に反応できるはずもなく、大友軍が西園寺軍の隊列に大きな風穴を開ける。 「全軍、転進せよ! 弧を描いて反転し、再び突撃だ!」  鎮種(しげたね)の号令に従い、まるで天空の龍が曲がりくねるように反転すると、再び西園寺の横腹に突撃する。大口を開けたその龍は、西園寺軍を散り散りに食い千切(ちぎ)る。 「姫様、どうやら大友の援軍が来たようです! ……でも、あれはいったい誰でしょうか? まさに戦神が舞い降りたようです」 「あれほどの動きは、ただの将ではないでしょう。どうやら運も私達に味方したようですね。さあ、今が好機です! 北から河野の援軍が到着する前に、こちらもさらに突き進んで決着をつけましょう。敵を黒瀬城まで追いやるのです!」  結衣と鎮種(しげたね)の二つの波が合流して寄せ合い、一つの大波となって西園寺軍を飲み込んでいく。  そんな中、総大将の西園寺家の八代当主、西園寺公広(きんひろ)は、次々と討ち取られる家臣達の報を聞いていた。  今城能定(いましろよしさだ)殿の隊――壊滅!  法華津前延(ほけづさきのぶ)殿の隊――壊滅!  魚成親能(うおなしちかよし)殿――討死!  観修寺基栓(かじゅうじもとあき)殿――討死! 「土居清良(どいきよよし)殿が必死に抵抗しておりますが、どうやら敵の援軍はあの高橋鎮種(しげたね)のようです。一条の先頭を走る謎の猛将の手により西園寺が誇る武将達が次々と討ち取られ、山から紅い天狗(てんぐ)が舞い降りたと、兵の士気が下がって逃げ出す者もおる始末です。形勢は我らの圧倒的不利につき、このままではいずれ潰走(かいそう)の危機に(ひん)しましょうぞ!」 「対峙してから、たったの数時間でこの有り様とは……」  公広(きんひろ)は手に持っていた各地からの戦況報告の紙を、力なく地面にひらひらと落とした。 「河野氏は……河野氏は何故、援軍をこちらに寄越さぬのか。鎮種(しげたね)天狗(てんぐ)とやらが来たのは全くの予想外であったが、大友の援軍が来ることは予め分かっていたからこそ、西園寺と河野氏で力を合わせて一条の連合軍を破る手筈であったろうに。河野氏と合流すれば、抵抗することも十分にできたであろうに」  この時の河野家の軍隊は、河野家の居城・湯築(ゆづき)城方面に軍を進めた兼定の偽装侵略によって、自領土を侵略から守るために北伊予へと引き返していた。  つまり、西園寺家は見捨てられたのだった。  兼定の戦略、鎮種(しげたね)の戦術と、結衣の猛攻により、もはや西園寺家の負けは必須。  壊滅を免れないと悟った西園寺軍は撤退を決意し、続いてそこから北の宇和島城、黒瀬城にまで軍を引いたが――  勢いに乗った一条と大友の軍を前に篭城虚しく、包囲により城を守りきることができなくなって。  西園寺家の居城、黒瀬城は一日として耐え切れず、あえなく降伏。  西園寺家は一条家の、正確には宇都宮家の結衣の軍門へと取り込まれる事となった。  この戦に勝利した結衣は、黒瀬城からさらに進軍し、かつての宇都宮家の居城、今は河野家の傘下となっている大洲城までやって来た。 「五郎左! 宇都宮家の旗を掲げてちょうだい!」  宇都宮の左三ツ(どもえ)の描かれた家紋。それは西園寺の家紋と似た紋様が、結衣はその旗を鮮やかな赤色に染め上げていた。  新たな宇都宮の軍旗。 「直之(なおゆき)! いるのでしょう? 私です、結衣です! 門を開けてください!」  その声を聞いて、城の奥から亀のように一つ、二つとひょっこり首が出てくる。  その首の一つが大野直之(なおゆき)だった。  大野直之(なおゆき)は大洲城の現城主であり、彼は結衣の父、豊綱(とよつな)に仕えていたが、豊綱(とよつな)が追放されてからは河野家の傘下となっている。しかし豊綱(とよつな)は、河野家の事を内心では快く思ってはいなかった。 「あれは……まさか本当に結衣姫様?」 「私は……宇都宮家は、大洲城に再び帰ってきました! 宇都宮家の復興のため、四国の平穏のために、もう一度だけでいいから、どうか私に力を貸してください!」  その結衣の声を聞いて、ゆっくりと、大洲城の門が中から開かれた。 「姫様、一条家が西園寺と戦っている話は聞いておりましたが、よもや姫様がここにお帰りになられるとは思いもよりませんでした」 「直之(なおゆき)……門を開けてくれてありがとう、再び私に力を貸してくれるのですね?」 「勿論でございます。私も河野家には思うところがありつつも、恥ずかしながら、それに抗う力を持ち合わせてはおらず、今日まで河野家の傘下に下るより致し方ありませんでした。ですがまさか、このような日が再び来ようとは……」  五郎左と直之(なおゆき)は懐かしそうに互いの肩を抱き合った。直之(なおゆき)は、ぐすっと鼻水をすする。 「みんな、この大洲城から宇都宮家の再興を宣言します! 私達の手で戦乱の世に終止符を打ち、必ず平和な国を築き上げましょう。勝ち(どき)を! 戦の勝利と、これからの私達の未来を祝って勝ち(どき)を!」  えいえい、おおー! 「もう一度! 天に向かって!」  えいえい、おおー! 「殿、殿!」  黒瀬城より去り行く西園寺公広(きんひろ)の背を追う、西園寺の家臣、土居清良(どいきよよし)。 「おお、清良(きよよし)か。どうした、そんなに慌てて。それにもう私は、殿ではない」 「いいえ、殿。お喜びくだされ。宇都宮の結衣殿が、殿が黒瀬城に入られることを安堵すると言っております」 「ああ、その話か。無論、それは知っておるよ」 「では、いったい何処に行かれるというのですか? 城とは逆方向になりますが」 「実は大名を辞めて、出家しようと思ってな」  出家とは隠居して寺に入る事だが、まだ40にも満たない公広(きんひろ)の決断に清良(きよよし)は驚き、納得することができなかった。 「な、なぜですか。まだこれからではありませぬか!」 「いいや、もう終わりであろう。戦国の世は――私を選ばなかった。私にはこの世を治める力が、才能が無かったのだ。それはあの力を、宇都宮の娘を見てそう思った。これからの伊予の国を治めるのは、宇都宮家の娘が適任だろうて」 「まだ西園寺の力は完全には失われてはおりませぬ。宇都宮の元で、また再起すれば良いではないですか」 「なればこそ引かねばならん。清良(きよよし)、もし私がいれば、家臣達が私を再び持ち上げようとして内乱が起きるやもしれん。一度は伊予の支配を、土佐の支配を夢見たもの。それに敗れた今となっては……もう戦をしてここを掻き回しとうないでな」  その秘めた想いを、主君の心の内を聞いて涙を拭う清良(きよよし)。「では、私も」と主君と共に出家すると志願をしたが、公広(きんひろ)はそんな清良(きよよし)(とが)めた。 「お前はまだやれるであろう。新しい主君を仰いで、この伊予を良き国にするように尽力すると良い。だが私は、もう先に休ませてもらうよ……なあに、これが今生の別れではない。良き茶を入れるゆえ、疲れたら飲みに来るといい」  公広(きんひろ)は遠くに映る黒瀬城を懐かしそうに眺めた。その城は、つい先日まで自分が暮らしていた城。 「黒瀬山 (みね)の嵐に散りにしと 他人(ひと)には告げよ 宇和の里人(※)」  そう言い残して、彼は黒瀬城から去っていく。  その去り行く背中を、彼の背中が見えなくなっても、清良(きよよし)は頭を下げて続けて、かつての主君への敬意を示した。  公広(きんひろ)のその行方を聞いた結衣は、「そうですか……」と言って、大洲城から黒瀬城の方を眺めていた。 「どうやら私は誤解していたようですね、公広(きんひろ)殿のことを。ですが、互いに争い合って命を奪い合った身、今すぐに分かり合えはしないでしょう」  直接的には公広(きんひろ)のせいでは無かったのかもしれないが、それでも今の結衣には、西園寺の軍が平太を、町の人々を斬り捨てた事が許せなかった。だが彼女は、大名として城を追われた公広(きんひろ)のその姿に、かつての自分の父の姿を重ねたのかもしれない。 「――そうは言っても、いつか互いを許し合える日が来たのなら、わたくしも、その茶を飲みに訪れたいものですね」  戦とは憎しみの連鎖である。  結衣の復讐劇は、また新たな復讐を産み出したに過ぎない。  しかしそれでも、いつかこの戦いが終わるのを信じて戦い続けなければならない。  彼女は思う。  自分の愛する兼定も、そのような矛盾と戦っているのだろうか、と。  いつか平和な世を眺めながら、笑い合える日が来るのだろうか、と。  その答えは今の彼女には分からない。  だが、それでも彼女は前に進むことを決めたのだった。    1573年月。    宇都宮結衣は大洲城にて宇都宮家を復興させた。  それは同時に、西園寺公広(きんひろ)が戦国大名としての、独りの男としての夢を終わらせた日でもあった。  

(※1)西園寺公広(きんひろ)の辞世の句。『私は黒瀬山の峰の嵐の木の葉のように、自然と散っていったと皆には告げなさい。それが宇和に住む里人のためなのだから』

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  • レイ・スターリング(デンドロ)

    轟幻志郎

    ♡200pt 2019年11月7日 19時20分

    由衣姫が、ジャンヌダルクに被って見える。 私も姫武将の登場する小説があるので、励みになります。 この小説の登場人物は、みんな生きてると実感させる様な方々なので、更新が楽しみです。

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    轟幻志郎

    2019年11月7日 19時20分

    レイ・スターリング(デンドロ)
  • 十二単風ノベラ

    結城直人

    2019年11月7日 19時46分

    一つ前の話になりますが村人を集めるシーンは、『あなたが何者であるかを放棄し、信念を持たずに生きることは、死ぬことよりも悲しい』というジャンヌダルクの名言からきています。さすがは書き手の方です、作者の意図を見抜いてしまいますね(笑)

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    結城直人

    2019年11月7日 19時46分

    十二単風ノベラ

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